今も語り継がれる名軍師・山本勘助は、武田家の宿老である板垣信方から、スカウトの話を持ちかけられたという。

 この時のスカウトにおける武田側の募集要項は、「城取り」の技能者だったわけであるが、その要求スペックに勘助の実力が適っていたことは言うまでもないことである。しかし勘助の凄さは、この自分の得意分野での実力発揮に留まっていないことである。

 もし、勘助が並の「軍師」や「軍配者」であれば、あるいは、ただ単に「城取り」にのみ優れていたものであれば、おそらく450年後の今日まで、その名が語り継がれることはなかっただろう。つまり、自分に期待された役割の範囲で、実力を発揮するだけでは不十分なのだ。  このことは、今日の我々の会社生活でも言えることである。

 たとえば、自分は技術者だから営業や販促のことは判らない、あるいは、口出しすべきではないと思い込んでいることは一般によくあることだろう。おそらく、普通に平凡に平穏な会社生活を送りたいのであれば、そういう当たり前の範囲での仕事の仕方でも構わないだろう。けれどもそうした仕事振りでは、上長の評価は所詮、当初に予測され期待される範囲での採点に留まることだろう。

 当初、勘助は武田家の諏訪侵攻に必要不可欠な「城取り」の達人として、わざわざ他国から招聘された人材であったが、彼の活躍はそうした軍事分野に留まってはいなかった。

 並み居る武田家の国人衆を説得してまで、信玄の意を汲む形で、「諏訪御料人」を信玄の側室に迎え入れることに成功したことや、武田家による領国支配の要として、「信玄家法」の制定による法令整備を行なったことは、単なる「軍事顧問」の枠を越えて、山本勘助という1人の人間が、その全人格を賭けて推し進めた改革の一貫であったとみなすことが出来るだろう。

 この勘助の行動を現代の我々の会社生活に置き換えてみると、自ずと何をすべきか、判ってくるだろう。

 例えば、自分が正しいと思えば、役員や上司を説得してまでも、意見を述べることも大切だ。あるいは、社内のルールや規定の整備が不十分であれば自ら改革に乗り出すことも時には必要かもしれない。

 特に、コンプライアンスや企業倫理が問われる昨今では、こういう形での実力発揮は歓迎されるものだ。経営陣や会社の方針が正しいとは必ずしも限らないことは多い、という風潮も散見されるご時世であるからである。