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●「ジャズってどんなもの?」に答えを
音が"聴こえてくる"ジャズ漫画に夢中だ。ページに極薄のスピーカーが仕込まれているワケではなく、もちろんこれは比喩で、あくまでそんな"感じがする"ということなのだが、この作品を読んだ時の気持ちを説明するのにこれ以上ぴったりの表現もない。実際にファンからも同様の声が多く寄せられるという。仙台の高校生・宮本大が、世界一のサックスプレーヤーを目指す姿を描く漫画『BLUE GIANT』のことだ。高校生の青春がメインだが、ジャズにあまり触れたことがない10代から、かつてジャズブームをけん引したずっと上の世代まで幅広い支持を得ている。

2013年に連載がスタートした本作は、「第62回小学館漫画賞一般向け部門」「第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞」など数々の漫画賞を受賞。審査委員からは、「漫画表現の中でも難しいといわれる音楽世界をその画力によって表現している」「主人公が成長する過程の人間関係を巧みに描いた感動作」と絶賛された。3月10日に発売された最新刊『BLUE GIANT』10集で作品は完結するが、舞台を海外に移した『BLUE GIANT SUPREME』で、現在も物語は続いている。

この作品のすごさは、ジャズに詳しくなくても楽しめること、そしてジャズに対する読者の「難しい」「古い」「静か」といった認識をガラリと変えてしまうところにある。世界一を目指す主人公・大のひたむきな姿に、楽器を始めたくなった読者も少なくないだろう。

なぜ、『BLUE GIANT』はこんなにもおじさんたちを熱くさせるのか。そして、なぜジャズに詳しくなくてもジャズを"感じる"ことができるのか。「小学館漫画賞」授賞式で作者の石塚真一氏を直撃した。そこで見えてきたのは、ジャズの感動や衝撃を「かっこよさ」「熱さ」「激しさ」「自由さ」といった人の根っこの部分の感覚に移し替えていく石塚氏の「変換力」の巧みさだった。

――この度は「第62回小学館漫画賞」の受賞、おめでとうございます。

ありがとうございます! 恐縮です。

――今回の受賞作『BLUE GIANT』は、第54回で受賞した『岳』とはまったくテーマが違う作品ですが、これは当初どのような企画としてスタートしたのでしょう。

なにか企画書のようなもので提案したわけではなくて、ひたすら担当編集の方とこんな話にしよう、あんな話にしよう、と打ち合わせを繰り返した中で生まれた作品です。物語の先はあまり決まっていなかったんですけど、とりあえず1話目をやってみよう!みたいな。それが積み重なってきた形です。

――漫画で音楽を表現する、その中でもジャズを表現することは特に難しいと言われています。どうしてジャズをテーマに据えられたのでしょうか。

そこはすごく単純で、ジャズが"好き"の一点なんですよ。前の漫画(『岳』)も、やはり登山が"好き"というところからでした。ジャズって年配の人が聴く音楽というイメージだったので、若い人のあいだでもっとワ〜っと盛り上がったらいいなということを夢想して始めました。

――若い人に向けてということですが、けっこう上の年齢層の方の反響も多い印象があります。

だからあまり「若い人に向けて」って言ってられなくなっちゃって(笑)。でも年齢問わず、全体に広がっていくのはすごく感謝です。こうやって30・40代の方にも読んでいただけているのは、すごく重要だと思っています。実は今ちょっと夢見ていることがあって、その親から子どもに広がって、ジャズをやる子どもが増えたりしたらスゴいなと。音楽教育は早いほうがいいですからね。

――実際に寄せられた声の中で、特に心に残っているものはありますか?

有名なジャズ喫茶を営んでいる人で、ジャズとともに生きてきたようなおじさんがいるんです。その人に、漫画を読んで「プレーヤーになりたいと思った」って言われたんですよ。彼は、ずっとレコードをかけてきた人、リスナーとして長年生きてきた人なんです。そんな人に、こう言ってもらえたのはうれしかったですね。

――先日、某老舗ジャズ喫茶にも膨大なジャズの資料とともに『BLUE GIANT』が並んでいました。主人公の大は作品の中で、同級生に「ジャズってどんなもの?」ということを尋ねられ、うまく説明できない場面があります。『BLUE GIANT』は漫画全体を通して、この「ジャズってどんなもの?」という問いに対する答えを提示しているように感じます。

ジャズについてはいろんな捉え方があると思うんです。でも僕はミュージシャンじゃないので、描く時に「ジャズは熱くて激しいもの」と勝手に決めることにしたんです。いま人気のある音楽にはロックなどいろいろありますけど、若い人たちというのはそういったものがもつ"激しさ"とかが非常に大事じゃないですか。だから僕も自分の中で「ジャズは激しくて熱くてかっこいいものなんだ!」って。そこは大も一緒だと思います。

――連載が始まって、「この作品はイケそうだな」と思ったカットやシーンはありましたか?

最初で言うと、主人公が自転車で走って学校に向かうシーンがあるんですよ。その自転車をこいでるシーンを見て、「イケる!」って。「イケる!」というか、「いいな、この話は」と思いました。まだ演奏もしていない、話もなにも始まっていないのに、です(笑)。でもこのシーンで、「この子がこれからサックスを吹くんだな」と思っただけで僕はもう楽しかったですね。「あの一生懸命自転車をこいでいる彼が、サックスを吹くんだ」というだけでちょっとワクワクしました。

●100点を取るよりも、大のように自由に表現したい
――そういえば、なぜ主人公の担当はサックスだったのでしょう?

しかもなぜテナーというところですよね。すごく単純なことを言うと、ネックの部分が一回上がって下りる形じゃないですか。それがかっこいいと思って……本当に単純ですね。それに、横から見ると「J」の形に見えるんですよ。それにトランペットはクラシックにもあるじゃないですか。でもサックスはクラシックではめったに使われない、ジャズを代表する楽器なので。

――作品を読んでいると、演奏シーンでは実際に音が聴こえてくるように感じることがあります。

けっこうそういう言葉をいただくんですよ。でも、担当編集とも話していて判明したんですけど、これは読んでいただいている読者の方たちの想像力がすごいんです。本当にそうなんだなというのをすごく実感しています。描く時は、音符を使ってみたり、ときには音符がなかったり、斜線をいっぱい入れてみたりといろいろ試みていて、毎回「これで鳴っているといいな……」という気持ちです。だから、音が聴こえるって言っていただけるのはとってもうれしいですね。

――人気の漫画作品が次々に実写化されるという例が最近特に多くなっています。仮に実写化の話が出たとして、ここだけは譲れないというところはどこでしょう。

実写のことは今まったく考えていないんですよ。ここは譲れない……というよりも、そうですね……、なにはどうあれ"カッコよさ"はあってほしいです。

――作品の設定のお話をお伺いしたいと思います。東北を舞台に描いたのはどのような狙いがあったのでしょうか。

地方都市で始めたい、ということがありました。担当編集の方が仙台出身だったので、せっかくだったら方言がわかるし土地勘もある仙台がいいなって。震災との関連もあるのではないかという声もいただくんですけど、震災に関して僕がどうこう描くのはとてもおこがましいことで、もちろん意識はしていましたがテーマにするのはちょっと違うかなと思っています。

――地方都市を舞台に物語を展開するのには、作者としてどのような魅力があるのでしょうか。

東京もいいんですけど、「自然と若者と楽器」というのが見たかったんですよ。これは田舎すぎても成立しないなと思っていて、そうしたときに仙台や新潟が思い浮かびました。結果として、仙台に。広瀬川という良い川もありますし。

――大がサックスを練習する川は、実際にある川がモデルなんですね。

そうですね。実際に行きました。よくわからないですけど、僕の中では「楽器=川原」という連想なんですよ。

――作品の中では、"計算してもできないソロ"が演奏の到達点として描かれます。これはジャズに詳しくない身からすると、どんなものなのだろうと興味が湧くのですが、これは実際に演奏を聴いていて感じるものなのでしょうか。

ジャズに限定しなくてもいいんです。例えば物語でも、「100点の物語が描けた」というのはたぶんない。もちろん、「これは100点だ」と自分で毎回思ってもいいと思うんです。でも「100点であること」よりも、いろんなことを試していく大のように、自由に描きたいなと。きっとあんなふうに内からくるものを表現できたら楽しいだろうなと。これは音楽以外の表現にもあることだと思うんです。

――先ほど、大が自転車で走って学校に向かうシーンで作品に手応えを感じたということでしたが、これも描く側からは制御できないところなんですね。

全然できない。こういうのは、もう本当に無意識ですね。

――単行本の巻末には、"ブルージャイアント"(世界一のジャズプレーヤー)になったであろう大の関係者へのインタビューが掲載されています。これも面白いアイデアですね。

あれは担当編集さんのアイデアです。実験的な試みで、何がどうなるかわからないけどやってみようと。でも、あれを描くのは面白いですね。毎回非常に楽しんで描いています。単行本の中のわずかなページなんですけど、こんなことができるんだなって。

――でも、途中でやめられないですよね。

ゴールを先に描いてしまってますからね(笑)。そこまで読者が読んでくれるのか……と不安もあったのですが、その過程である物語も気にしていただいているようなので。だから一番考えることは、僕が健康でなきゃいけないということなんです(笑)。「なんとか主人公をあそこまでたどり着かせてほしい」と、何者かにお祈りするように、願いながら描いています。

(公文哲)