IBMがデザイナーを1000人雇い、デザイン思考を推める理由

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現在発売中のForbes JAPAN 4月号では、biotope・CEOで『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』の著者・佐宗邦威氏に「世界的企業は今、なぜ『デザイン×経営』なのか」という記事を寄稿していただいた。佐宗氏が「協働、共創、創発のOS(基本ソフト)として活用している」として、先進的事例をもつグローバル企業のIBM、SAP、セールスフォースへのインタビューを掲載していく。

第1回目の相手は、IBMのダグ・パウエル氏。IBMディスティングィッシュド・デザイナーを務め、同社ではじめてデザイナーとして理事に就任した人物だ。

IBMではデザイナーをよりスピーディーに顧客体験を統合できるための鍵を握る人材とし、デザイナーとエンジニアの比率を「1:30(2013年)」から「1:8」を目指して、デザイナー1000人以上を大規模採用。グラフィックやプロダクトのデザイナーだけでなく、共創を促進できるデザインシンカーもデザイナーと呼んでいる。今回のインタビューではIBMにおける施策の現状から哲学までを聞いた。

佐宗 : まず初めに、簡単に私の紹介をいたします。佐宗邦威と申します。主に日本企業を主軸に、デザインドリブンなイノベーション支援をする仕事をしています。私のキャリアは プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のマーケティングから始まり、SONYのクリエイティブセンターで共創や人間中心デザインなどの方法論を使った新規事業や新規プロダクトの支援を経て、biotopeという戦略デザインファームを立ち上げました。

P&Gでは消費者ニーズをもとに顧客中心のブランドづくりを現場で実践し、SONYでは大企業の中であらゆるプロトコルで働く人達を動かす大変さを経験しました。
 
さて、今日のForbes Japanの読者は主に大企業のエグゼクティブです。多くの読者は自分のマネジメントがどう組織をクリエイティブに、そしてアジャイル(俊敏)にできるか、知りたがっています。

パウエル:奇しくも、数週間前にテキサス州のオースティンにある我々のスタジオに、P&Gのデザイン思考チームが訪れました。彼らはこの分野のリーダーです。実に面白い一日を過ごしました。デザイン思考の同僚たちとの交流はとても好きですね。

佐宗 : 本当ですか? P&Gは、私の卒業したイリノイ工科大学が21世紀初頭にデザイン思考を全事業部で導入する支援をしたエピソードもありますが、デザイン思考を取り組みが進んでいる企業の一つですよね。P&GとIBMの文化の違いは感じましたか。

パウエル : もちろん感じました。そもそも消費財の企業と企業向けテクノロジー企業なのでとても違いますが、同時に多くの共通点もありました。両社とも大きな組織特有の似た問題に直面し、企業内で様々な「島」ができてその間を行き来することがとても難しくなるという問題も同じです。佐宗さんもきっとこの問題をよく見ていると思います。



佐宗 : これはとても大きな問題ですよね。デザイン思考は、そうしたタコツボ化された組織や社会の中で断絶してしまっている人たちを繋げるきっかけとなりますが、これについては後ほどお聞きしたいと思います。

まずはパウエルさんのキャリアについてお聞かせください。2013年に米IBMに入社するまでは、自ら立ち上げたデザイン会社で働かれていました。なぜ、米IBMという大企業で働くことを決めたのでしょうか。

パウエル : 私はデザイナーのキャリアのなかで、中小企業も含め、多くのクライアントと仕事をしてきました。同時に、教育者でもあり、米国内のデザイン団体のコミュニティリーダーでもありました。これまでやったことがなかったのが、グローバル企業に対して、グローバルなスケールでデザインを用いることでした。

そう思っていた時に、IBMが新たなデザインプログラムをはじめると聞き、感動しました。当時、P&GやGEなどの例外をのぞいて、大企業がデザイン思考を用いることが珍しかったため、とても興味深く、驚きました。米IBMの大胆な投資と決意に感心し、私もキャリアに大きな変化を求めていたため「これだ!」と決めました。

佐宗 : そうして入社したIBMですが、どのような印象を持ちましたか。働き方や文化、何もかもが今までと違ったかと思いますが。

パウエル: 当時、IBMは、とてもエンジニアリング主導で、一世代前のために作られた伝統的なテクノロジー企業という印象でした。そして、巨大だった(笑)。それもそのはずです。一世代前には、そのようにビジネスが行われていたのですから。しかし、世界もテクノロジーも、急速にかつ大きく変化しており、情報にアクセスする方法も、私たちの働き方も大きく変わっています。

IBMもその新しい働き方に移行する必要があり、2013年はまさにそうした新しい働き方に向けての”はじまり”の一年でした。アジャイルで、クリエイティブで、レスポンシブな企業への変貌の第一歩とも言えるでしょう。

佐宗 : IBMに入社してから、まず最初に何から取り組みを始めたのですか?

パウエル : 新たに雇用したデザイナー向けのブートキャンプ・プログラムをつくっていました。3年で1000人近くのデザイナーを雇用しましたが、採用後、彼らにノートパソコンだけ渡して、チームの席に座らせて、「貢献しろ」というのは無理があると気付いたからです。

IBMは巨大かつ複雑な組織で、製品のテクノロジーも複雑です。デザイナーが入社後、それぞれのチームに入る前に”橋”をかけるようなサポートを行う必要がありました。現在、新たなデザイナーに対して3カ月のブートキャンプ・プログラムを実施していますが、私は、その設計と運営、管理を行いました。
 
また、このデザイナー向けのプログラムを実施していく中で、IBM全社員に対しても、デザイン及びデザイン思考について教育を行い、会社を変化させないといけないことがわかりました。なぜなら、全社員も、企業としてどのような方向に変化していくのかを知る必要がありますから。

そこで一人でも多くのIBM社員がデザイン及びデザイン思考を体験し理解するための教育プログラムをつくりました。デザイナー向けから全社員向けに、私の役割はここ数年でこうした変化を遂げてきました。

佐宗 : 特に気になったのは、コンサルタントやエンジニアといったノンデザイナーの社員コンサルタントとデザイナーの社員との文化や考え方の違いです。うまくコミュニケーションをとるためにどのような工夫をしたのでしょうか。

パウエル: デザイナーがノンデザイナーといいコミュニケーションをとるためには、ノンデザイナーにデザインの体験をさせることが最良の方法だと我々は思っています。なかでも、デザイナーの発想法を論理化し創造的にビジネス課題を解決する「デザイン思考」の取り組みは、とくによい方法だと思います。
 
デザイン思考は、デザイナーがプロセスを導き、コーチングを行い、ファシリテーションした時に、最も威力を発揮します。問題解決のための最適な環境が整うからです。新しいデザイナーには、デザイン思考アクティビティを”引っ張る力”も必要となるため、デザイナー向けに「デザイン思考の教師」となれるよう、多くのファシリテータートレーニングも行います。
 
ノンデザイナーには、デザインについて話すのではなく、体験してもらうこと。それがデザイン思考の価値をわかってもらうための説得材料にもなります。

佐宗 : デザイン思考を日々の実務に活用する方法を考える際、その障壁となるのが「忙しさ」ですよね。ノンデザイナーは現状の自分たちの仕事があるため、新たな取り組みに多くの時間を割くことができないという声を聞くことが多いです。興味は持ってもらえるものの、片手間だとしっかりとした効果にまで繋がらないケースは多く見られると思うのですがIBMではどのようなことをされましたか。

パウエル : おっしゃる通りで、彼らは忙しいです。だからこそ、凝縮された体験を提供しました。様々な人に様々な方法で提供しましたが、たとえばエグゼクティブ向けのデザイン思考プログラムでは、「DESIGN DAY」という1日ワークショップを行いました。1日を通して、とてもアクティブなデザイン思考のワークショップを体験してもらいます。
 
これまでIBMのエグゼクティブ1000人以上が同プログラムを体験しましたが、とてもいい影響が出ています。変化を起こすためには、プロダクトやプロジェクトのチームとその責任者であるエグゼクティブというレイヤーがありますが、エグゼクティブにデザイン思考を体験し「デザイン思考信者」になってもらうことで、彼らは自らのチームにデザイン思考の活用が促され、急速に動き出しはじめます。
 
ジニー・ロメッティCEOが率先してデザイン思考を推進し出すと、急に皆が話を聞いてくれるようになりました。彼女のサポートはとても力になっています。2015年の社内レポートでも、デザイン思考について触れていましたが、「フォーチュン50」に入る企業のCEOが社内レポートでデザイン思考に触れることなど、かつてないことでした。とても恵まれています。

佐宗 : とても面白いですね。エグゼクティブはワークショップに対してどのような反応でしたか? デザイン思考はアウトプットまで時間がかかることも少なくなく、アウトプット重視なエグゼクティブに1日で価値を感じてもらうためにどう体験をデザインするかがとても気になります。

パウエル : エグゼクティブたちが1日のワークショップを通して達成できる期待値を明確にします。具体的には、デザイン思考に何ができるのか──ということです。それは、チームがより効率的かつ協力的に、そしてよりアジャイルに働くことを促すことです。それが実現した時に、期待されている「結果」もついてくるということです。
 
ですので、その道筋をしっかりと示す必要があります。デザイン思考が1週間で効果を発揮するような技術ではなく、真摯に取り組んで、はじめて、数四半期後に素晴らしい結果が待っているということを伝えます。
 
それは、新しいスキルの習得と同じです。テニスをはじめるときも、まずはラケットとボールを持って、ボールをあそこまで打たなければいけないと、複雑な動作を習うわけです。練習していくうちに、ボールがネットを越えるようになり、繰り返していくうちに、プロフェッショナル、マスターとなり、結果が見えてきます。もちろんこれはどんなメタファーでも表現できます(笑)。ビジネスリーダーに対してはこのように説明しています。[後編は3月25日公開]