【コラム】南アフリカW杯を想起させる勝利…リスク排除のために繰り返したこととは

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 後半が残り5分になると、スタンドが動き出した。徒労感を滲ませた地元の観衆が、名残惜しさを感じさせずに席を立つ。

 後半がアディショナルタイムに突入した直後、モハメド・アルラキのシュートが大きくワクを逸れていく。すでに敗戦が決定的なだけでなく、痛打を浴びせることさえできなかったチームに、観衆の反応は正直だ。すでに空席が目につくようになっていたスタンドに、ゲートへ向かう行列ができあがっていく。

 やがて、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。対照的なコントラストが、ピッチ上に描かれる。プライドを破壊された白いユニフォームのすぐそばで、青いユニフォームの選手たちが拳を突き上げ、握りしめ、互いを労っている。

 現地時間3月23日に行なわれたUAEとの2018 FIFAワールドカップ ロシア アジア最終予選第6戦で、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督率いる日本代表は2−0の勝利をつかんだ。昨年9月のホームゲームで1−2の苦杯をなめた相手から、敵地で勝点3を奪い返した。

 サッカーはミスが折り重なっていくスポーツだけに、パーフェクトなゲームなど存在しない。それでも、相手の良さを消すという意味では、批判は最小限にとどまるはずだ。

 勝敗に大きな影響を及ぼしたのは、前半14分の久保裕也の先制点だった。4−3−3の右ウイングで先発した彼は、右サイドバックの酒井宏樹のスルーパスに反応し、ゴール右から同サイドの狭いスペースを撃ち抜いたのだ。

 この一点が持つ意味は、とてつもなく大きかった。この日の日本は、チームのベーシックな布陣である4−2−3−1から4−3−3へシステムを変更し、スタメンも入れ替えていた。GKに西川周作ではなく川島永嗣を、長谷部をケガで欠く中盤には今野泰幸を起用した。「落ち着いたメンタルの選手が必要だった」とハリルホジッチ監督が話したように、彼らの経験値を拠りどころとしたのだが、今野は「試合前は不安もあった」と明かす。それだけに、敵地で奪ったリードはチームに落ち着きをもたらした。「裕也がうまく点を取ってくれたので、そこからはうまく試合を運べた」と、原口元気は振り返った。

 様々なリスクを背負ったなかでの勝利である。システムの変更、川島と今野の起用、長谷部の不在、準備期間の短さ……。昨年11月以来のゲームだというのに、練習は実質的に2回だけだった。

 そうしたリスクを排除するために、ハリルホジッチ監督はミーティングを繰り返した。長友佑都によれば、「ミーティングを何時間もやって、選手同士でもかなり話し合いました」という。日本人選手の学習能力の高さと、チームを最優先に考える献身性と、さらにはホームでUAEに敗れていた事実が結びつき、スキのない戦いにつながったと言える。大会直前のシステムとスタメンの変更からベスト16入りした、2010年の南アフリカW杯を思い起こさせた。

 この試合からマン・オブ・ザ・マッチを選べば、文句なしに今野である。UAEの攻撃を司るオマル・アブドゥルラフマンを、長友、原口との連係で流れから消し去った。オマルがポジションを変えた場面でも今野の影響力は及び、それだけでなく攻撃でも決定的な仕事を果たした。後半開始直後の51分に久保のクロスをペナルティエリア左で受け、胸トラップから右足でプッシュした。攻守にわたる圧倒的な存在感は、日本代表におけるキャリアのハイライトに値する。

 重圧をはねのけたアウェイでの勝利によって、日本は勝点を「13」にのばした。タイに3−0で勝利したサウジアラビアと同勝点で、イラクと引き分けたオーストアリアとは3差、UAEとは4差とした。自動出場圏の2位以内を確保しているわけだが、チームは勝利の余韻に浸っていない。西野朗サッカー協会技術委員長によれば、「試合が終わったロッカールームでまずあがったのが、『次の試合に勝たないと意味がない』という声だった」という。

 油断や慢心がほんのわずかでも心に忍び込んだら、足元をすくわれるのがW杯予選である。日本はまだ、何も手にしていないのだ。

文=戸塚啓