世界的にインフレの見通しが強まってきた中、日銀は「出口」を見つけられるのか?


 FRB(米連邦準備制度理事会)は3月15日、政策金利を0.25%ポイント引き上げて0.75〜1%とした。利上げの最大の原因は最近の物価統計がFRBの目標とする年率2%前後になったことで、世界的にインフレの見通しが強まってきた。

 そんな中で、日銀は「出口」が見つからない。400兆円以上に積み上がった国債は、インフレで金利が上昇すると大きな評価損が出るので、へたに動けない。しかし黒田総裁が危機を脱する方法がある。それは日銀が「財政政策」でインフレを起こすことだ。

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財政ファイナンスが「デフレ予想」を生み出した

 黒田総裁が2013年4月に就任して4年たつが、日本はインフレに向かう兆しがない。その最大の原因は皮肉なことに、日銀のやっている財政ファイナンスにある。国債市場のうち、日銀の保有するシェアは4割を超える。日銀が国債を買い支えて「イールドカーブ・コントロール」で長期金利の上昇を防いでいるため、国債は「ゼロリスク」の資産になっているのだ。

 最近の10年物国債の金利は平均0.08%。小さいようにみえるが、1000億円買うと8000万円もうかる。地方ではこんなに楽にもうかる融資は少ないので、地方銀行や信用金庫は長期国債を買う。こういう現象をクラウディングアウト(押しのけ)と呼ぶ。

 日本国債はあまりにも魅力的なので、リスクの高い民間融資を押しのけている、というのが最近話題になったクリストファー・シムズ(プリンストン大学教授)の指摘である。

 国債に押しのけられて投資が減り、企業貯蓄(いわゆる内部留保)が増えて長期金利が低下した。黒田総裁の「異次元緩和」が国債のリスクを減らして民間投資を減退させ、デフレを促進したのだ。

日銀のやっている457兆円の「財政政策」

 あまり知られていないが、日銀は財政政策を行っている。日銀法43条は「この法律の規定により日本銀行の業務とされた業務以外の業務を行ってはならない」とその役割を金融に限定しているが、「ただし、この法律に規定する日本銀行の目的達成上必要がある場合において、財務大臣及び内閣総理大臣の認可を受けたときは、この限りでない」と例外を設けている。

 この但し書きにもとづいて日銀は、国債だけでなく、ETF(上場投資信託)が9.7兆円、株式が1.2兆円など、合計456.8兆円の資産を保有している(2016年9月現在)。これは日銀が総需要を増やす財政政策である。

 資産の規模があまりにも大きいので実感がつかめないと思うが、その評価額が2%変動しただけで約9兆円の評価損が出る。これは日銀の自己資本(約6兆円)を上回るので、債務超過になる。これは一般会計で埋めるしかないので、政府と日銀の統合バランスシートでみると、日銀は(国会の承認なしに)巨額の公共投資をしているのだ。

 今まではデフレで評価益が出たのでリスクが見えなかったが、これからインフレになると逆転する。世界的に金利が上がると、日銀は評価損をこうむるので、バランスシートを縮小しなければならない。これが出口政策である。

 アメリカは出口政策の第1段階であるテーパリング(量的金融緩和の縮小)から、金利を引き上げる第2段階に入っているが、日本は第1段階にも入れない。それは日銀が財政ファイナンスで国債を買い支え、民間投資をクラウディングアウトしたからだ。

 黒田総裁の任期はあと1年。それまでに出口への道筋をつけないと、いずれ国債が枯渇して、財政ファイナンスは絶対的な限界に逢着する。しかし日銀が国債を減額してバランスシートを縮小すると、投資家が国債を売って金利が上がり、大きな評価損をこうむる――というジレンマに日銀は陥っている。

「インフレ税」で所得分配は公平になる

 このジレンマを脱却する方法はあるだろうか。1つは政府が財政赤字を減らして国債の発行を減らすことだが、これは逆効果になるかもしれない。政府が財政赤字を縮小すると投資家が予想すると、彼らは安全な国債を買うので物価が下がり、実質債務(借金÷物価)は増えるおそれがある。

 もう1つは、インフレ税をかける(政府がインフレにして借金を踏み倒す)ことだ。日銀が保有している国債を売れば、長期金利は上がり、国債が投げ売りになって債券市場が崩壊する・・・というのがよくある話だが、今まで日本国債ではそういう大パニックは起こったことがない。2003年の「VaR(バリュー・アット・リスク)ショック」(国債価格の歴史的な暴落)では長期金利が0.43%から2%近くまで急上昇したが、その後は落ち着いた。

 今度もその程度でおさまると想定すると、日銀が400兆円の国債を売れば、インフレを起こすことができる。このとき日銀=政府は、シムズの表現でいうと、政府債務をインフレで返済すると約束することが大事だ。

 物価が2%上がると実質政府債務は20兆円ぐらい減るので、消費税8%分ぐらいだ。税法上は日銀が「課税」を行うことは許されないので、日銀法43条のオペレーションとしてやればよい。ただ政府の同意は必要で、日銀に説明責任はある。

 これはケインズの赤字財政とは違う異次元の財政政策である。日本経済新聞はそれを「無責任」だと批判しているが、財政の責任とは何だろうか。歳出が税収の2倍にのぼる国で、増税と歳出削減だけで1100兆円もの政府債務をなくすという不可能な約束をすることが責任ある態度だろうか。

 シムズの理論は奇想天外にみえるが、1930年代にもケインズ理論は奇想天外だった。インフレ税が消費税や所得税より有害かどうかは自明ではない。少なくとも理論的には、インフレで預金が目減りするので、それは金融資産への一律課税となり、最も損するのは富裕層だから所得分配は公平化する。徴税コストはゼロで、捕捉率の違いもない。

 さらに年金などの社会保障債務も減額できるので、世代間の所得分配も公平になる。インフレ予想が定着して金融資産が減価すると、人々は金利などの「不労所得」に頼らないで、生産的な労働をするようになるだろう。これはケインズの推奨した「スタンプ付き貨幣」と同じである。

 もちろんこれは危険なギャンブルである。国債の暴落が暴落を呼び、リーマンショックのような大パニックとハイパーインフレが起こる可能性もある。通貨価値を毀損すると、日常的な取引のコストも大きくなる。わざわざ日銀が危ない橋を渡る必要はない、という反対論が多いだろう。

 しかしシムズも指摘するように、このまま問題を先送りしていると「急激な変化」が起こるリスクが大きい。それを100年後まで先送りできると考えるのは楽観的だが、20年後ならいいだろうか。そのころは高齢化で、ショックに耐えられないかも知れない。インフレ税は壮大な社会実験だが、少なくとも検討する価値はある。

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筆者:池田 信夫