吉利汽車(Geely)のEmgrand EV(「Wikipedia」より)

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●我々があまり知らない中国の自動車市場
 
 トランプ米大統領は、日本は米国車の輸入に対しては障壁を設けている一方、アメリカは低い関税で大量の日本車を受け入れており、不公平であるとの不満を述べてきた。もちろん、その主張は的外れで、日本は米国車を関税ゼロで受け入れているのに対し、逆にアメリカは日本車に対して2.5%の関税を課している実態があることは、これまでの報道からも、今や多くの人々が知っている。

 だが、背景を知ることなく、ただ現地で走っている自動車を観察するだけでは、そんな誤解も生じやすいのかもしれない。アメリカの道路を行き交う自動車を見れば、確かに日本車は多く、日本では米国車をあまり目にしない。

 例えば、電化製品に関しては、各国の大手メーカーの商品が比較的に万遍なく世界各地に普及しやすいが、自動車に関してはなかなか難しい。自動車は人命を預かるために輸出相手国でたくさんの条件をクリアせねばならないだけでなく、各地で長期的なアフターケアも求められ、参入への投資は莫大なものとなる。そんな事情もあるだろうが、走っている車を見れば、世界市場の縮図になっているといった国は存在しないといえる。

 もちろん、日本も独特の市場である。例えば、隣国の中国や韓国の自動車すら目にしない。日本の道路で行き交う自動車ばかり見ていても、世界で流通する自動車のごく一部を見るにすぎないことになる。

 そして近年、注目すべきは、中国市場だと思われる。我々は中国で販売されている自動車を見る機会はほとんどないが、実は、中国は世界一の電気自動車(EV)大国である。日本の状況と異なり、ハイブリッド車(HV)よりもプラグインハイブリッド車(PHV)、そして、プラグインハイブリッド車(PHV)よりも圧倒的に普及しているのが純粋な電気自動車EVである。ちなみにHVとPHVとの違いは、後者のほうが大容量のバッテリーを積み、充電によって、距離は限定されるが、モーターのみで走れることにある。単にEVといった場合、PHVをEVに含める傾向がある。

●EV大国・中国
 
 2016年度、中国におけるEV販売数は35万1861台で、全世界で販売されたプラグイン車(EV及びPHV)の約46%を占めた。中国メーカー製のEVだけでも、全世界の生産量の43%を占めたのだ。

 13年の時点では、中国製EVの世界シェアは約6%にすぎなかった。いや、6%という数字は決して小さなものではなく、何年も前から中国ではバスやタクシーにEVが導入され、増加傾向はみられた。だが、近年その速度はあまりにも急速で、15年度のEV販売数は18万8700台を記録し、アメリカの11万6000台を抜いてトップに立つと、もはや独壇場である。今や中国で販売されるEVは70車種にも及ぶ。

 もちろん、その背景には、欧米諸国でも当てはまることだが、政府による購入支援がある。欧米では二酸化炭素排出量の削減が、中国ではPM2.5による大気汚染の抑制が目的にある。中国は経済成長に伴い、深刻な大気汚染の問題を抱えてきた。そのため、都市部では、自動車の購入自体にすらさまざまなハードルが設けられてきたが、排ガスを出さないEVに関してはハードルが低く抑えられている。EV購入の際の補助金は、中央政府と地方政府からのものを合わせれば日本円にして100万円を超え、税金にも優遇措置があるのだ。それが中国におけるEVの普及を後押ししている。

 具体的にどんな車が売れているのだろうか。昨年12月に最も売れたのは吉利汽車(Geely)の Emgrand EVで、6023台。人気の高いセダンのEV版で、モーターが127馬力、加速性能は0-100km/hが9.9秒、そして、45kWhのリチウム電池での航続距離は253kmに及ぶ。

 2位は、同月に発売されたばかりのBAICのEC180で、4128台。セダンタイプが多いなか、ワゴンタイプで人気を博した。1回の充電で180kmの走行が可能である。
 
 3位は、少数派PHVのChery Arrizo 7 PHEVで、2922台。9.3kWhの電池を搭載し、モーターでの航続距離は50kmである。

 4位は、2010年以来ロングセラーとなっている比亜迪汽車(BYD)のe6で、2528台。80kWhの電池で航続距離は400kmにも及び、タクシーとしても人気が高い。

 このように中国の自動車各メーカーは性能だけでなく、デザイン性も磨いたEVを次々と投入し、熾烈な商戦が繰り広げられている。

●政策に翻弄される自動車業界
 
 日本ではHVが人気だが、欧米や中国ではEVやPHVが主流である。その背景には、概して、排ガス量に応じて補助金の額に差が出ることにある。つまり、政府の方針次第で、普及する車は大きく異なってくると言える。

 思い出されるのが1990年代のアメリカである。90年、米カリフォルニア州では2003年までに販売される新車の10%以上を無排気車両(Zero-Emissions Vehicle)に規制する法律が可決し、大手自動車メーカーは巨額の投資を行い、EVの開発に取り組み、その数年後にはリース販売を開始した。

 例えば、GMは10億ドルを投じて、96年にはスポーツカーEV1を誕生させた。94年のテスト走行時に時速295kmのスピードを達成。市場にはパワーを落としたモデルが流通したが、時速60マイル(96km)に達するまで8秒以下の加速性能だった。当時はほとんどリチウム電池は普及してなかったが、NiMH電池を使用したモデルでも、1回6〜8時間の充電で航続距離は240キロという優秀なEVだった。そのため、EV1は環境問題を真剣に考える人々や、多くの著名人に愛され、生産は追い付かず、多くの人々がウェイティングリストに名を連ねる状況となった。

 ところが、2001年になると状況は一変した。同州の大気資源委員会はZEV規制を緩和して、HVのような部分的ZEVを認める方針転換を打ち出したのだ。自動車各メーカーはZEV規制故に巨額投資を行い、EVを開発してきたため、GMやダイムラー・クライスラーは、新ZEV規制が連邦政府の方針に反するとして、同州と大気資源委員会を訴えた。HVでは、燃費は改善するとしても、排ガスを出すことには変わりない点を争点としたのである。

 だが、ここで登場したのが同年大統領に就任したジョージ・W・ブッシュであった。石油業界出身のブッシュ大統領は、異例の訴訟介入を行い、規制は無排気かどうかではなく、燃費を基準として、むしろガソリン使用を前提とするハイブリッド車(HV)や、実用化まで先の長い燃料電池車を生産するよう業界に促した。そして、皮肉にも、大排気量でガソリン消費量の多いSUVの購入者には税金を控除する政策を打ち出し、空前のSUVブームが到来したのである。

 結局、これにより、各自動車メーカーはリース期間を満了したEVを回収しては、次々とスクラップにしていった。EV開発で培われた技術力も生かされず、政治の力により、いわば現状維持の路線に戻されたのである。

 1990年代のアメリカで人気を博した電気自動車が次々とスクラップにされていった現実を描いたドキュメンタリー映画『誰が電気自動車を殺したのか?』

 これまで、自動車メーカーは主にエンジンの開発に多大な努力を行ってきた。だが、EVには自動車メーカーが長年培ってきた技術などあまり要求されず、モーターと電池でシンプルに開発できてしまう。そのような意味では、彼らにとってEVの開発はあまり面白味のない商品なのかもしれない。同時にEVによって自動車業界は新規参入を許しやすくなったともいえる。

 これまで、アメリカの自動車メーカーだけでなく、日本の自動車メーカーも政策に翻弄されてきた。そんな経緯を振り返ってみると、日米の自動車業界が大統領の顔色を窺い、EVへの注力を緩めてきた空白期間に、中国自動車メーカーは着々と力をつけてきたといえるのかもしれない。トランプ大統領は今後どのような政策を打ち出してくるのか、さらに自動車業界は目を離すことができなくなりそうだ。
(文=水守啓/サイエンスライター)