ディナモ・ザグレブU-18との一戦で後半から登場した中村。2シャドーの一角を担い、攻撃を活性化させた。写真:安藤隆人

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 3月23日、ガバナーカップの開幕戦が、中村駿太の青森山田における“正式”デビュー戦となった。相手はクロアチアの名門、ディナモ・ザグレブのU-18チームだ。
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 ベンチスタートの中村は、1-0リードの状況で迎えた51分(40分ハーフ)にピッチへ。U-18日本代表のMF郷家友太と2シャドーを組んだ。その郷家とともに高い位置でボールを積極的に受け、タメを作っては、左サイドのMF壇崎竜孔や、1トップから右MFにポジションを移したバスケス・バイロンにいい状態でボールを供給。攻撃にリズムを生み、素早いサイドアタックを促進した。
 
 守備面でも長いスプリントでプレスバックを仕掛けたり、果敢にフォアチェックに繰り出すなど、終始チーム全体の状況に気を配りながら、献身的にかつ積極的に動き続けた。ゴールこそ奪えなかったが、東欧の強豪を相手に1-0の勝利に貢献。デビュー戦としては上出来と言える内容で、30分間のプレーを終えた。
 
 試合後、充実の表情を浮かべながら、この試合に至るまでの心境を語ってくれた。
 
「ずっと高校サッカーへの憧れはあったんです。柏U-15からU-18に上がるときも、『高校サッカーに行きたい』と言ったんです。そのときは決断を下せませんでしたが、ずっと心の中で『高校サッカーに行きたい』という想いがありました。柏には小学校の時からずっと育ててもらって、恩しかないのですが、どうしても心の中にその想いが燻っていて……。気が付いたらもう高3を迎えるし、ここで決断をしなきゃいけないなと思ったんです」
 
 柏U-12時代には、全日本少年サッカー大会でチームを優勝に導き、自身も31年ぶりに歴代最多得点を塗り替える、23得点を叩き出した。今と変わらない風貌から「和製ロナウド」と称され、一躍注目を浴びた。その後も、柏U-15、柏U-18で着実に成長し、柏U-18では1年時から出番を掴むと、昨年は2年生エースとしてゴールを量産。プレミアリーグEASTで得点ランク3位の8得点を叩き出した。
 
 今年も当然のように柏U-18のエースとして君臨するはずだった。しかし──。長年続いた葛藤の末に、彼の心の中に不退転の決断が生まれるのだ。
 
「僕はずっとレイソルで育ってきて、外の環境をほとんど知らない。高校サッカーに行きたいと思ったのも、選手権に出場したいという想いから、徐々に『今とまったく違う、より厳しい環境に身を置いて、サッカー的にも人間的にももっと成長したい』という想いがどんどん強くなっていったんです。レイソルという環境は素晴らしい環境だったのですが、もっと精神的に強くなるためには、このままではダメだと、強い危機感を覚えるようになったんです」
 もっともっと成長したい。膨らんでいく想いを、もう自分では止めることができなかった。とはいえ、レイソルから高体連のチームへの転入を決断するには、まだ勇気がなかった。それを後押ししたのは、ひとりの偉大な先輩の存在があった。
 
 湘南ベルマーレのMF、神谷優太だ。
 
 彼は東京Vジュニアユースからユースに昇格するも、高2の冬に青森山田へ転入した。当時、神谷は決断に至った経緯をこう話してくれた。
 
「自分がもっと精神的にも、人間的にも成長するためには、環境を変えなきゃいけないとずっと思っていた。柴崎岳選手に憧れていて、ユースに上がるときも『青森山田に行きたい』と伝えた。その時は叶わなくてユースに進んだけど、どうしてもその想いが消えないどころか、日に日に強くなっていった。そうこうしているうちに、もう高2の終わりになっていて、もう決断しないと一生後悔すると思った」
 
 そう、中村駿太が発した言葉とほぼ同じだ。神谷はずっと青森山田に憧れを抱き、高2の秋のプレミアリーグEASTで青森山田と対戦をした際に、自身の憧れの気持ちを再認識した。すぐに神谷は行動に移し、クラブに転校希望の意思を伝えたのだ。
 
 神谷は高校最後の1年間を青森山田で過ごし、インターハイ、プレミアリーグEAST、選手権のすべてに出場。プレミアで2位、選手権ではベスト4の原動力となった。そして、複数のJクラブからのオファーを受け、湘南に入団。1年目から出番を掴んでみせた。
 
 その神谷と中村は昨年、U-19日本代表でチームメイトとなった。韓国遠征、国内合宿、そしてバーレーンでのU-19アジア選手権をともに戦う中で、あるとき、神谷が発した言葉が中村の心に突き刺さった。
 
「最後の1年間、あの決断を下して本当に良かった。青森山田に行って、Jユースよりもはるかに厳しい環境でサッカーに打ち込んで、それを仲間や監督、スタッフが支えてくれて……。本当に人間的に大きく成長したし、精神的にも肉体的にもすごく逞しくなった。青森山田に行って、本当に良かったと思っている」
 
 この言葉に、中村の身体は震えた。そして心の奥底で抑え込んでいた想いが、一気に溢れ出していったのだ。そこからは、決断をすべきか、すべきでないか、苦悩の日々を過ごしたが、ついに決断を下す。新たな挑戦の場を、神谷と同じ青森山田に決めたのだった。
「突然、学校に連絡があって驚き以外なかった。でも、駿太が本当に覚悟を持って決めたことなのかを確認する必要があった」と、黒田剛監督は振り返る。中村が青森山田高校に直談判し、その一報を受けた黒田監督が、すぐに意思確認を行なったという。

「神谷優太のように、自分を成長させるために、相当な覚悟を持って青森山田に来てくれることが分かった。彼がいた柏日体と、青森山田の学校間における履修科目、転入試験をクリアできたので、こちらも受け入れさせていただくことにしました」(黒田監督)
 
 神谷同様に、自ら決断し、行動し、人生を変えるような大きな行動を起こした中村。もちろん、これから彼が神谷のように、順調に成長する保証はどこにもない。当然、リスクはある。だが、それをすべてひっくるめて彼は覚悟を決めて、緑のユニフォームに袖を通す決意を固めたのだ。
 
「もう覚悟はできています。今は青森山田のすべての人のために、お世話になった人たちのために、そして送り出してくれた柏レイソルの人たちのために、がむしゃらに全力を尽くすだけです。僕はそうすることで感謝を伝えていきたいと思っています」
 
 この決断が正解だったか、そうではないかは分からない。言葉通り、彼がこれからそれを身をもって周りに表現をしていかなければいけない。当然、それは平坦な道のりではないだろう。しかし、人生の岐路に立たされ、そこで逃げずに決断を下した。そのことだけでも、彼は人間的に大きな成長を果たした。彼ならばきっと、この茨の道をしっかりと歩んでいくはずだ。
 
 来月8日には、プレミアリーグEASTが開幕する。青森山田の一員として臨む高校最後の1年。彼の覚悟は、すべてプレーで表現されていく。
 
取材・文:安藤隆人(サッカージャーナリスト)