古代から文明が栄え、3つの宗教の聖地が集まる中東の国、イスラエル。日本人には馴染みの薄い国ですが、近年ビジネス面で世界中から注目されているのをご存知でしょうか? Apple、Google、Microsoftといった世界的な企業がイスラエルの企業を買収しているのです。

イスラエルはスタートアップ大国として知られ、人口800万人という小国ながら約6000のスタートアップ企業があり、国民1人あたりのベンチャー投資額は世界一です。

今回ライフハッカーでは、イスラエル企業のデータベースや分析、新規事業開発を含めた日本企業へのコンサルティングなどで知られるAniwoのコファウンダーおよびCOOを務める植野力(うえの・ちから)さんにインタビューをして、イスラエル企業の特徴やイスラエル人の起業家精神について伺いました。


植野力(うえの・ちから) |Aniwo、 Co Founder & COO)
Aniwo創業前に学生時代からの友人であるCEO寺田の想いに共感し、突如イスラエルに渡り共同創業者として参画。
現地ではスタートアップ企業へのアプローチや自社メディアの開発、エンジニアの採用などを担当。現在は東京支社を一任され、日本でのビジネス開発を担当。
オイシックス(2013-2014)、京都大学法学士

高い技術力があり、ソフトウェア系が強み


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Aniwoのコファウンダーたち。左から、CFOの大串拓也氏、CEOの寺田彼日氏、COOの植野力氏。


── 2012年に『アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?』という本が発売され、イスラエル企業に世界から注目が集まりました。それから5年が経ちましたが、現在の状況は当時と変化はありますか?

植野:大きな変化はないですが、大きなテックカンファレンスとかを見ていると大企業、グローバル規模の大企業が増えている印象はありますね。イスラエルの技術を探していて、買収したい企業だったりとか、ヘッドハンティングしたいという話もあります。2年半前に私たちが初めてイスラエルに行ったときはイスラエルに来る日本の企業はほぼいませんでしたが、最近では日本企業の方も、よくいらっしゃるようになっているので、そこが変化だと感じています。


── イスラエルのベンチャー企業の特長や強みについて教えてください。

植野:ひとことで言うと技術が優れている点です。例えば、シリコンバレーの企業でUberとかAirbnbなんかを見ていると、ビジネスモデルが優れている企業が多いと思うんですね。けれども、イスラエルの企業は高い技術力を活かして彼らしかつくれないものを作っているという点が1つの大きな特長で、実際、それが理由でIPOではなくM&Aのイグジットが多いんです。


── 例えばどういった技術が優れていますか?具体例などあれば教えてください。

植野:例えば、最近注目を集めているブレインテックの領域でブランドマーケティングをやっている会社があるのですが、どこかの企業の商品と、人の顔を並べて、この人は、そのブランドを気に入っているのか、反応はポジティブなのかネガティブなのか、クールなのか、ダサいと思っているのかを判断する技術を開発している企業があります。

もちろんそこにはメンバーとして、脳科学の博士号を持っている人と、機械学習のエンジニアもいる。最近注目を集めているブレインテックの領域で、バイオの技術とコンピューターサイエンスの技術を組み合わせたアルゴリズムを武器に活躍する企業なんですね。

つまり、そのブランドに対する潜在意識を脳から得られる情報で測ることができるんです。


── そもそもイスラエルにはどれくらい企業があるんですか?

植野:イスラエルには全体で約6,000社ぐらいの企業があります。その中で、ブレインテックの領域で活動してる企業がまだ100社ぐらいです。他の国に比べるとだいぶ多いなとは思いますけど、その中で90社ぐらいがヘルスケアなんです。医療系に使われてる技術を、そこまでの精度は要らないから簡単に診断できるようなものだったりとか、モバイル、スマホで診断できるようなものもニーズがあって広がってきています。


── 他にはどんなスタートアップがありますか?

植野:例えば、ニューロフィードバックと呼ばれる治療、診断方法を広めようとしている「Myndlift(マインドリフト)」というイスラエル企業があります。ADHDだったりとか、多動性障害みたいなものを診断するときに中枢神経の活動が正常かどうかっていうのを診断する必要があり、それ自体は、お医者さんがやっていたんですが、対応しているお医者さんが少ないのと、お金がかかるのを解決するために「診断用ゲーム」を作ってるスタートアップがいます。そのゲームはスマホのゲームで遊んでるだけで、その人の神経がどんなふうに動作してるのかを測り、フィードバックできるというものです。しかも、診断するだけじゃなく、この能力がちょっと弱い、ということがわかればその症状に合わせたゲームを作ってその神経の動きを強化できるそうです。

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BrainTech2017にてBrainMARC社の提供する集中力モニタリングを体験するAniwo代表の寺田氏。


── ユダヤ人は商売に長けている、金融に強い、起業家マインドがある、なんて言われていますが、近年のイスラエルの盛り上がりは、そういったものに基づくものなのでしょうか?

植野:それはベースであって、それがあるから最近すごく伸びてるっていう直接的な原因ではないと思いますね。どちらかというと外部からの影響が大きいと思います。シリコンバレーが以前ほどの勢いが出ていないのもあるし、最近で言うと、中国からの投資がかなり入ってきてる、という動向もあります。


── イスラエルの治安はどんな状態でしょうか?

植野:イスラエル自体は基本的に安全で、イスラエル国内でテロみたいなのはありますが、基本的にパレスチナ人が明かにイスラエルの警察や軍隊に対してナイフで刺しかかるみたいなものが多いんですね。なので、日本人とか、明らかにユダヤ人じゃない人が狙われるっていうことはほぼないので、外国人にとって危ないことはほぼないですね。


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テルアビブのビーチは国内外から多くの観光客がやってくるリゾート地になっている。


── スタートアップの中でもソフトウェア系が目立つ印象があるんですが、ハードウェア系の企業もあるのでしょうか?

植野:ハード系もあるのはあるんですけど、背景的には最近までイスラエルはハードが弱かったんですね。1990年、2000年代ぐらいから、スタートアップのエコシステムは進んできてるんですけど、ハードウェアに関しては遅れていました。

ただ、最近やっとクラウドファンディング、Indiegogoだったりとか、Kickstarterみたいなところが伸びてきて、イスラエルからもハードウェア系のおもしろい製品が出てきています。例で言うと、「SCiO(シオ)」というデバイスがあって、小型分子センサーなんですが、リンゴに付けると糖度が測れたり、どういう分子で構成されてるのかをスマホで教えてくれてるデバイスです。

とはいえ、全体的に見ればハードというよりは、その裏側のソフトウェアや画像処理の先進技術がやっぱり多いですね。


── 植野さんの会社、Aniwoはイスラエルでどんなビジネスをしていますか?

植野:われわれの事業は大きく2つで、1つはウェブのサービスを作ってるんですけど、一言で言うとイスラエルのスタートアップ企業を探したり、連絡したりを容易にするデータベースです。データベースだけでは使いづらいので、京都大学と一緒に人工知能の開発をやっていて、より検索性を高めるために、ユーザーの行動履歴と、スタートアップの分析をすることで、より最適なマッチングを提供するサービスを展開してます。あとは、そのデータベースを使って日本の企業向けにイスラエルの新規事業開発やR&Dのパートナー探しを、調査代行やコンサルティングという形で提供させてもらっています。


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Aniwoのエンジニアたち。


一般的なイスラエル人にとって言語の壁はない


── スタートアップでのコミュニケーションは英語なんですか?

植野:そうですね。公用語はヘブライ語とアラビア語で、ユダヤ人は日常会話ではヘブライ語を話してることがほとんどなんですけど、ビジネスの文脈ではみんな英語でコミュニケーションしてますし、ウェブサイトとかアプリみたいなのも始めから英語で作るっていうのが一般的ですね。


── そのあたりはイスラエル人にとって、英語は外国語になるとは思いますが、言葉の壁はないのでしょうか?

植野:ないですね。


── 幼いころから英語を教えてるからですか?

植野:そうですね。義務教育で英語を学ぶというのもありますが、民族的にユダヤ教の人たちはいろんな国にいて、みんな集まってくるという感じなので、統一できる言語があったほうがコミュニケーションがしやすい、という背景もあります。家ではヘブライ語だけど、学校では英語みたいなことがあったりします。いろんなタイプの人がいてごちゃごちゃしているので一概にこうとは言いにくいですが、日常で英語が必要なシーンが多かったりとか、テレビの番組とかも少ないので、英語の番組を見ざるを得ないみたいな状況もあります。まとめると、英語に触れる機会も多いし、教育としても推進してるのでみんな話せるっていう状況ですね。たばこ屋のおばちゃんとかでも英語を話せることが多いです。


── 外国人にとってはビジネスがしやすそうですね。

植野:そうですね。ただ、イスラエルの建国からもうすぐ70年なんですけど、建国した当時はヘブライ語は話されてなかったんですね。ヘブライ語は口語としては一度絶滅した言語で、一部の宗教関連の人たちがしゃべってたんですが、建国後にやっぱり国を盛り上げるためには自分たちの言語を持たなきゃいけないということで、民族の誇りを彼らはいまだに持っています。だから、日本人が少しでもヘブライ語をしゃべると気に入ってもらえます。


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テルアビブ市内のロスチャイルド通りとナハラトビンヤミン通りの交差点。看板は、ヘブライ語、アラビア語、英語で書かれている。


イスラエル人の起業家精神は「大胆さ」


── 人口が800万人しかいないイスラエルで起業マインドがここまで発達してるのはなぜだと思いますか?

植野:いろいろあると思いますが、1つは、歴史的な背景だと思います。ユダヤ人には長い間虐げられてきた歴史があります。土地を持っても取られてしまってはどうしようもない。じゃあ何をしたらいいのか、と考えた時、商売をするためのマインドは誰にも奪われないし、どこにいても役に立つ。いつ誰に何を取られるか分からないという状況で過ごしてきた人たちなので、その歴史的に起業家的マインドが育ちやすかったのだと思います。


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5月14日の独立記念日を祝うイスラエル人。この日は現役軍人たちによるダンスパフォーマンスなども行われる。


── アメリカやヨーロッパとはまた違った形の、イスラエル人ならではの合理性みたいなものを感じますか?

植野:イスラエル人は、ある意味、失礼な人が多いと思います。これは必ずしもネガティブな意味ではないんですが、ものすごくストレートで、他人の言うことをまったく気にしないし、厚かましい。でもそれが良しとされている風潮があります。ヘブライ語に「フツパー」という言葉があって、「勇猛かつ無礼」みたいな意味なんですが、こんな言葉もあるくらいです。

実際、大学の教授とかに対しても、普通は◯◯さんだったりとか、日本だったら◯◯先生とか付けると思うんですけど、イスラエル人は完全に下の名前で呼び捨てなんですね。

これは軍隊でも一緒で、ふつうの軍隊ではサーとかコマンダーとか敬称を付けて呼ぶんですけど、イスラエル軍では下の名前を呼び捨てで呼んでいるようです。


── おもしろいですね。

植野:イスラエルで起業文化が発達している理由として、こういうイスラエル的なマインドが大きい気もしています。例えば、クラウドストレージ向けのセキュリティーサービスを作ろうと思ったら、もうすでにこの分野にはMicrosoftとか大企業が参入しているわけで、日本人だったら普通は「自分たちには勝てっこない」って思いますよね。でも、イスラエル人はそれでも挑戦していくし、結果的にMicrosoftが買収するんですね。

こういう「他の人が作ってる分野のプロダクトだから」とかを全然気にせずにビジネスを始めてしまう大胆さがイスラエル人の起業家精神に直結している気がします。


── その起業家精神は、欧米ともまた違うと感じられるところはありますか?

植野:イスラエル人はデザインに関してはやらなきゃいけないっていう意識がそこまでないですね。いちおうイスラエルにも、デザインファームとかあるし、デザイン学校とかもあるんですが、どちらかといえばプロダクトの裏側のアルゴリズムとか、技術が優れてるからリソースも割いたほうがいいっていう戦いをする企業のほうがやっぱり多いですね。

今は割とUIとかUXが大事だと言われてる時代だと思うんですけどね。


── なるほど。デザイナーというようりは、技術者という感じですね。ありがとうございます。



植野さんによると、最近は日本とイスラエル間で、国レベルの働きかけも増えているそう。それによって、日本企業からイスラエル企業へのアプローチも増えてきて、盛り上がっているそうなので、今後もっとイスラエル関連のビジネスニュースを聴く機会も増えてきそうです。


(聴き手/米田智彦、文/大嶋拓人)