3月21日に最終回を迎えたTBSドラマ『カルテット』。最終回の視聴率は9.8%、平均視聴率は8.9%に終わったが、視聴率以上のサムシングを視聴者に刻んだドラマだった。TBSさん、劇場版つくるならこのドラマですよ。

『カルテット』ほど、深読み、裏読み、解釈、考察を楽しまれたドラマはほかにない。あのシーンにはこんな意味があるんじゃないだろうか、このセリフにはこんな意味があるんじゃないだろうか、あのシーンの○○は××の象徴だ! などなど。毎回、放送終了後のツイッターを見ると、ファンによる「わかった!」という金田一耕助シリーズの加藤武ばりの書き込みや「○○は××じゃないだろうか……ミゾミゾする」という書き込みが飛び交った。


ドラマの中の時間軸がズレているのではないかという話題は、『カルテット』の深読み、考察の最たるものだ。ファンたちの盛り上がりがヒートアップしすぎて、佐野亜裕美プロデューサーが公式に否定することになった。

最終回もコンサート会場に現れた帽子を被った女性が、主題歌を歌った椎名林檎なんじゃないかという話題が盛り上がった。「5年前に音楽をやめた」という手紙の内容と、椎名林檎のバンド・東京事変が5年前に解散していることを結びつける書き込みもあったが、椎名林檎はずっと音楽続けてるよ! という冷静なツッコミもあった。

つまり、それだけ坂元裕二による脚本、土井裕泰、金子文紀、坪井敏雄というベテラン陣による演出、そして松たか子、満島ひかり、松田龍平、高橋一生ら出演者たちの演技が緻密かつ的確だったということだろう。

『カルテット』の細部を見つめて、深読みするのは面白い。どこまでも作りこまれていて、どこまでも情報が詰まっている感じがする。だから余分な部分まで読み取ってしまう。

これは何度も言われていることだが、『カルテット』はまったく“ながら見”に適さないドラマだ。人物のわずかな表情、言葉のニュアンス、無音のショット、ロケ場所、小道具など、あらゆるものに意味を感じさせていた。それは作り手への信頼と言い換えてもいい。このドラマの作り手なら、ここまで考えて作っているんじゃないだろうか、と。

『カルテット』は三層構造


『カルテット』には視聴者をグイグイ引っ張っていくようなわかりやすい物語がない。同じ出演者が同じ場所で軽口を叩くシーンが続き、人が死んだり、激しく言い争ったり、何かが爆発するようなドラマチックな盛り上がりがない。小さな盛り上がりがあっても、物語はすぐにまた別荘の中に戻っていき、再び登場人物たちは軽口を叩く。

『カルテット』は三層構造だ。一番上の層は、真紀に関するミステリーをはじめとする表面的なストーリー。二番目の層は、ドラマを見続ける人がわかる細かな伏線や仕掛け。そして一番奥のほうでカルテットが奏でる通奏低音のように流れているのが、物語が言い表そうとしているテーマだ。

高橋一生は完成披露試写での舞台挨拶で、『カルテット』のことを「寓話的」だと表現した。その通りで、『カルテット』は大人のための寓話だった。寓話とは「擬人化した動物などを主人公に、教訓や風刺を織りこんだ物語」(デジタル大辞泉)という意味。たとえば、『カルテット』でも重要なモチーフになっていた寓話「アリとキリギリス」なら、単にストーリーを追うだけではなく、なぜキリギリスは最後に凍えてしまったのだろうと考えることが重要になる。

表面のストーリーだけを追っていても『カルテット』の魅力は伝わらない。登場人物の恋愛模様は宙ぶらりんで終わるし、ミステリー要素はあっという間に解決したり、逆に何も解決しないまま終わったりする。最終回後のレビューの中には「スッキリしない残尿感漂うエンディング」「雰囲気重視の中途半端なドラマ」というものもあった(ビジネスジャーナルより)。表面のストーリーを追うだけでとどまっていたから、そう感じるのだろう。

ドラマをじっくり見て二番目の層に気づいた視聴者は、深読み、裏読み、解釈、考察で盛り上がることができる。三番目の層、つまりテーマは声高に語られることはない分、見落とされがちだが、二番目の層に気づいた人たちなら容易に到達することができる。

『カルテット』は与えられた物語を受動的に消費するだけではなく、能動的に物語を取りに行く熱心な視聴者(ファン)を生み出した。そう言ってもいいんじゃないだろうか。小説などでは村上春樹を代表にそのような作者、作品とファンは大勢いるが、ドラマの分野ではあまり例がない。

『君の名は。』で記録的なヒットを飛ばした映画プロデューサーの川村元気は、先日行われた香港フィルマートでのセッションで、「レイヤー(層)を複雑に重ね、多層的な楽しみ方ができるもの」じゃないとエンターテイメントはヒットしないと語っていた。以前は一言でコンセプトやストーリーが説明できる作品が求められたが、今はそうではないと言うのだ。

『君の名は。』、『シン・ゴジラ』、『この世界の片隅に』といった昨年ヒットした劇場映画は、いずれも情報量が多く、一つの作品の中にさまざまな読み取り方ができるドラマが織り込まれていた。ドラマでいえば『カルテット』、アニメでは『けものフレンズ』がそうだ。

『カルテット』のファンの盛り上がりをドラマの作り手、送り手たちがどのように捉えているかはわからない。でも、今後、映画、ドラマ、アニメのつくり方が大きく変わっていく予感がする。
(大山くまお)