「すばらしいショットだ! そういうのが大切なんだよ!」

 コーチのデイビッド・テイラーは、よく通る声で称賛の叫びをあげた。


マイアミ・オープン初戦を難なく突破した大坂なおみ 3月9日〜19日にかけて米国インディアンウェルズで開催された「BNPパリバオープン」2回戦前日の練習での一幕。地元の男子学生相手に練習する大坂なおみが、スピードをやや落としたフォアのクロスショットを鋭角に決めたとき、昨年9月から大坂を指導するオーストラリア人コーチは満面の笑みでうなずいた。

 テイラーコーチと大坂のふたりは、これまでの取り組みについて常々「テニスを知ること」と声を揃えてきた。テニスIQを高めること――。それが新たな師弟が追い求める、より安定した強いテニスプレーヤーになるためのカギである。

「なおみには、サーブやフォアハンドなどの大きな武器がある。才能に恵まれているために、戦術などを学ばずとも、ここまで勝ってこられたのでしょう」

 そう大坂の資質を高く評するテイラーは、だからこそ「どこに打てば、相手はどこに返してくるか?」「どう相手を動かせば、ポイントが獲りやすいか?」などの戦術のイロハを彼女に教えてきたという。同時にそれら戦術を実践するために、必要な新たな技も体得中。現在はフォアのスピン量を増やし、安定感とバリエーションの向上を目指している。

 ちなみにこの日、大坂の練習相手に男子学生が選ばれたのにも、ちょっとした理由があった。

「なおみは女子のトップ選手と練習すると、すごく萎縮するんですよ」

 テイラーコーチが、苦笑いとともに明かす。

「試合では違う。試合のコートでは、彼女は相手が誰でも遠慮はしません。でも練習だと、ミスをしては『sorry, sorry』と言っている。それでは、彼女の持ち味が伸びる練習はできない。でも男子が相手だと、彼女は伸び伸びと強打を打ちますから」

 果たしてコーチの狙いは、見事成功したようだ。練習相手を務めた学生は、「この大会でビーナス・ウィリアムズや、男子選手のヒッティングパートナーも務めたが、彼女は、ビーナスや一部の男子選手より速くて重いボールを打つ」と証言した。

 充実の練習を経て迎えた2回戦は、彼女にとってひとつの試金石であり、成長を示す試合であった。対戦相手のジャン・シュアイ(中国)は、昨年9月に日本で対戦した際に3-6、2-6で敗れた相手。強打を放っても打ち返してくる相手の粘り強さと、少しペースを落とした遅めの展開にリズムを崩され、自分の持ち味を出せずに敗れた一戦だった。

 その難敵と再戦した大坂は、立ち上がりこそ「緊張から」硬くなり自分のゲームを落とすが、すぐに奪い返し、以降は主導権を握り続ける。彼女が試合前にコーチと話したことは「相手のセカンドサーブを踏み込んで叩く」、そして「常に攻撃的な姿勢を貫き、試合を支配すること」。細かい戦術に関しては多くを明かさなかったが、「今の私は、以前よりも多くの戦術パターンを持っている。以前よりもいい選手になっている」と断言した。

 この大坂の自信を、コーチの言葉も裏づける。

「今日の彼女は、試合前に話し合っていたことを最後までやり抜いた。慌てて作戦を変えたり、相手に合わせることなく、自分のやるべきことをやったのがよかった点です」

 ポイントパターンを増やし、戦略性を磨くと同時にふたりが現在目指しているのは、大坂の最大の持ち味である攻撃力を伸ばし、相手に最後まで流れを渡すことなく試合を支配することだ。

 また、「テニスIQ」の研鑚と並行して、テイラーコーチが最重要項目として挙げたのが、フィジカルの強化である。

「テニスには『攻撃』『ニュートラル』『守備』の3つの状態があり、自分がどの状況にいるのか見極めながら、プレー選択をするのが大切です。ただ、フィジカルを強化すれば、『守備』だった状態を『ニュートラル』に持っていける。『ニュートラル』であった状況も『攻撃』に変えることができる」

 身体の表現力を上げることで、より多くの状況を『攻撃』で占めていくのがふたりのプラン。現在の大坂のフィジカルを「ポテンシャルの20%程度」だと見るテイラーは、2〜3年の長期的視野に立った強化を目指していくと言った。

 インディアンウェルズでの大坂の戦いは3回戦で幕を引いたが、続くマイアミ・オープンでは、初戦で82位のクリスティーナ・クコワ(スロバキア)に6-2、6-3で快勝するスタートを切った。

「ランキングが下の選手に取りこぼすことが多いのが、私の課題だった。でも最近は、それが減っている」

 試合後の大坂は、いつもどおりのクールな表情ながら、声には満足気な響きを乗せた。確かに今季の大坂は、50位以下の選手に負けていない。

 育った町からほど近いマイアミは、大坂にとってホームの大会。

「今日はとても感覚がよかった。ベスト8までは行けそうな気がする」

 ことさら気負うことなく、さらりと19歳は言う。その目指す地点の前には、2回戦で世界5位のシモナ・ハレプ(ルーマニア)が立ちはだかる。ハレプと大坂は昨年の全仏オープンで対戦し、そのときは大坂がセットを先行するも、最後はハレプの経験と試合運びのうまさの前に振り切られた。

「全仏のときは第2セットの最初のゲームで、相手の浅いボールを中途半端に打ってミスしたことを悔いている。あの試合を振り返って、今度はどうすべきか作戦を立てる」

 10ヵ月前のひとつのミスを今も生々しく覚える彼女の顔に、ほんの少し険しい陰が浮かぶ。

 過去を分析し、次の試合に向けて立てる策は、果たしてどう機能するか――。大坂とコーチの取り組みの成果を測るうえでも、次のハレプ戦は格好のテストとなる。

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