ウクライナとロシアの関係が再び急速に悪化している。3年前にロシアがクリミアを併合してから、ウクライナ東部地域における対立はミンスク合意以降、小康状態にあったかに見えた。

 しかしながら、特に2017年に入って戦闘が激化し多数の死傷者が出てミンスク合意は事実上反故にされているほか、様々な形の対立が進んでいる。

 まずは文化面での対立だ。

 欧州最大の音楽イベント、「ユーロ・ヴィジョン・ソング・コンテスト2017」はウクライナで開催されることになっている。

 しかし、ロシアを代表する歌手でソチ・パラリンピック大会開会式でも車椅子から美声を披露したユーリヤ・サモイロワさんがクリミア併合を祝う席で歌ったことを理由に、ウクライナが参加拒否の姿勢を示している。

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コンクリートで封鎖されたロシア資本の銀行

 さらに経済面での対立としては、先週、ウクライナ・ズベルバンクのキエフ支店前の玄関が、ウクライナ民族主義派によりコンクリートとセメントで文字通り封鎖されるという事件が発生した。

 その実力行使の様子は映像で見ることができる。ロシアとウクライナの対立の根深さを象徴するものだ。

 ズベルバンクとはロシア最大の国営銀行であり、ウクライナ・ズベルバンクは、その100%出資子会社である。ロシアの金融機関であるという理由で民族主義派らの憎悪の標的となった。

 民族主義派の過激行動は1店舗に限らず、他の多くの地域で同行のATMが破壊されたほか、同じくロシア系の金融機関であるアルファ・バンクのシャッターや壁などにペンキで落書きがされるなどの破壊行為が報告されている。

 これは、2017年2月18日付の大統領令でウラジミール・プーチン露大統領が親ロシア派の占領しているルガンスク、ドネツク地域で親ロシア自治政府が発効したパスポートを身分保障書類として公式に認めるよう要請したことに端を発する。

 ウクライナ・ズベルバンクはこの要請を受け入れたとされ、東部ウクライナでの独立に強く反対する民族主義派らの反発を招いた。

 ウクライナ・ズベルバンクによれば、3月9日にこの要請受け入れを撤回すると表明していた。14日からキエフ支店での営業が停止されたほか、翌15日から個人普通口座からの現金引き出し額を3万グリブナ(約1120ドル)までに引き下げている。

 これに関連して3月15日には、ウクライナ国家安全防衛会議でロシア国家資本が入っている銀行のウクライナ国内における営業停止を求める決定がなされた。

 ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領はこれを翌16日に採用し、今後1年間のウクライナ・ズベルバンクをはじめ計5行のウクライナにおける営業に制限をかけた。同大統領は、西側に対しても同様の制裁措置をとるように求めている。

 制裁が禁止する内容は、親銀行を利するようなあらゆる金融取引、配当、金利、銀行間取引、劣後ローンのコルレス勘定からの資金の支払いを禁止している。

 具体的には、ウクライナ国外での資金の引き出しが禁止されるが、ウクライナ居住者と親銀行に勘定のある顧客との間の決済は禁止していない。

 2017年初時点で、ウクライナには96行の商業銀行があり、そのうち外国資本の参加している銀行は25行ある。

 今回制裁対象となったのは、ウクライナ・ズベルバンク(資産残高484億グリブナ、ウクライナ商業銀行中第6位)、プロムインヴェスト銀行(資産残高343億グリブナ、同第11位)、ヴィテベ銀行(資産残高206億グリブナ、同第15位)、ヴィエス銀行(資産残高39億グリブナ、同第32位)、そしてビーエム銀行(資産残高18億グリブナ、同第47位)の5行である。

上位15行のうち3行が制裁対象に

 上位15行のうち3行が制裁対象となり、ウクライナ経済全体にとっての意味は小さくない。5行の資産総額はウクライナ銀行業界の全資産額の8.8%を占める。

 ロシアには国営銀行で資産残高第1位のズベルバンク(貯蓄銀行)と同じく国営銀行のヴィテベ(対外貿易)銀行が存在するほか、国営の開発銀行として対外経済銀行があり、いずれもが何らかの形で国策銀行として機能している。

 今回の5行はいずれもこれらの子会社で、プロムインヴェスト銀行が対外経済銀行の、ヴィエス銀行がズベルバンクの欧州子会社であるズベルバンク欧州の、そしてヴィテベ銀行とビーエム銀行がロシア・ヴィテベ銀行のそれぞれ子会社である。

 ウクライナ側にロシアの国家資本の入った銀行がウクライナから利益を奪い取っているという意識があるのは明白で、ウクライナ中央銀行は、今回の措置を通じてこれらの銀行が適切に売却されウクライナからの退出を望んでいるようだ。

 ロシア側も対外経済銀行はプロムインヴェスト銀行を今年前半にも売却する予定で、タス通信によれば、その売却先も見つかっていたという。

 ヴィテベ銀行もビーエム銀行を売却予定で投資家を探していた。これに対して、ウクライナ・ズベルバンクはこうした方策を全く検討していなかった。

 一般にロシア資本の中東欧地域への進出は、ロシア国家の安全を守るといった特異な意図を持っている。

 とりわけ2007年のミュンヘン会議でのプーチン演説を契機として、利益確保主体ではなく、より安全保障確保を優先したディールを開始しているとの見方がある。

 2008年のジョージア紛争を経て、CIS諸国における政権転覆の動きが強まるなか、これに有効な反対行動を可能とするように対象国の政治体制へも手を伸ばせる形で経済進出を図っているという。

 ロシア資本の金融支配が原因で一国の金融制度全体を揺るがせた事例として、ブルガリアにおける大手銀行の1つ、コーポレート・コマーシャル銀行の2014年の破綻がある。

 ここにはヴィテベ銀行の子会社、ヴィテベ・キャピタルが参加していたが、資金引き上げを契機として破綻し、ブルガリアは信用不安に見舞われた。

 これらの動きを念頭にウクライナにおける3つの国営銀行の進出実態を考えると、まだまだウクライナの政治情勢をロシア有利に動かせるほどの実力はなかったとはいえ、ウクライナが懸念を持つのもある程度は理解できよう。

 しかし現在のロシア・ウクライナの対立は、文化や銀行問題にとどまるものではない。

深刻さ増す東部地域の経済封鎖

 むしろこれよりもはるかに深刻な問題の一端として銀行問題などが表出したというのが実態だ。より深刻なのが東部地域の経済封鎖問題である。

 ウクライナ東部地域には無煙炭の産出地があり、一帯は親ロシア分離派に占拠されているものの、ウクライナ人の実業家が経営に従事し、ここからウクライナの他の地域に暖房用燃料や製鉄用の原料として供給されている。

 戦闘が起こっても、対立が激化しても、ウクライナの西側は石炭供給に関しては東部地域に頼ってきていたのだ。

 しかしウクライナ民族主義派にとっては、この石炭供給が親ロシア分離派およびロシアを利するのではないかとの懸念が強く、2017年1月からこの石炭供給を差し止めるため、実力で封鎖行動に出ていた。

 この問題はポロシェンコ大統領にとっては頭痛の種だった。

 なぜなら、切実な問題としてウクライナの暖房用燃料の約半分が東部地域の無煙炭により賄われており、特に冬場にその供給がストップすれば、外国から高い燃料を急いで買う必要があり、ただでさえ苦しい同国の経済事情を大いに悪化させる危険性がある。

 さらに政治的な問題として、東部地域との間を経済封鎖すれば、ウクライナから切り離された東部地域がかえってロシア側との結びつきを強め、分離独立の口実を一層与えてしまうからである。

 そもそも経済封鎖自体がミンスク合意に反するという問題もあった。発電の燃料不足にも拍車がかかり停電が頻発するなど、ウクライナ政府は1か月あたり40億グリブナ(約1億5000万ドル)の経済的損失を被っているとしている。

 ウクライナ政府は何度も経済封鎖を解除するよう求めたが、これが長期化したため東部の石炭産業は炭鉱などの操業が事実上停止していることを3月上旬に認めていた。

 こうした状況を背景に、ウクライナ政府は突如3月9日、東部地域との道路・鉄道交通の遮断措置を自らとることを決めた。結局、国内の政治状況からウクライナ民族主義派の圧力にポロシェンコ大統領が屈したのである。

 これに対して、親ロシア分離派は素早く対応した。

 翌週3月15日、ウクライナで一番の富豪と言われるリナト・アフメトフ氏の所有するSCMグループのエネルギー部門であるDTEKエナジーの占領地域における資産を差し押さえ、ウクライナとの貿易も禁止した。

 ウクライナ情勢における東部地域の分離独立問題は、新たな段階に入ったと言える。

トランプ政権誕生が1つの引き金

 こうした事態の急変を受け、国際通貨基金(IMF)はウクライナへの新たな175億ドルに上る融資のうち、10億ドル分のディスバースメントを中止した。結局、ウクライナの方が、ロシア側よりも大きな犠牲を払いそうである。

 しかしながら、政府がそうした措置をとらざるを得なかった理由は、国内政治状況のみで語れるものではない。

 ロシアとの関係改善を訴えて大統領選挙を勝ち抜いたドナルド・トランプ米大統領の登場がその理由だ。

 トランプ氏のロシアとの和解路線はどうやら簡単には進まなさそうであるものの、ウクライナにとって米国・ロシアの和解は、どういう形になるかは不透明とはいえ、現状の追認、場合によっては既に失ったクリミアを回復することはおろか、東部地域の分離独立問題でも何らかの譲歩を求められることになったであろう。

 このため、民族主義派らもポロシェンコ大統領もウクライナ問題は過去のものではないと言うことを示す必要があったのだ。

 同様のことを政府もまた考えていたことを示す例が、本年1月17日に東部地域でのテロ支援を理由にロシアを国際刑事裁判所に提訴した事例だ。

 ウクライナは既にクリミアの併合を巡って国際司法裁判所に訴えてきたが、ロシアは2016年11月、同裁判所がクリミア併合を事実上の占領状態に該当すると判断したことを不服として離脱を表明している。

 このように見てくると、ウクライナとロシアではまだまだ紛争が長期化することが予想され、両者の和解は非常に困難であろう。同時にそのことが米国の対ロシア政策にも大きな重石になるのは避けられないであろう。

筆者:杉浦 史和