[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

マダヴァ・グレゴリー・ライプニッツの公式

 Σの呪縛を解くシリーズ第7弾のテーマはπ公式の鑑賞です。

 前回、「Σの数式を鑑賞するおもしろさ」として数学公式集を紹介しました。今回はπ公式です。

 π公式はΣの数式のオンパレード。これまでの連載でもπを何度も取り上げてきましたが、今回はπ公式の中からΣの数式だけを選んでみました。

 一般には「ライプニッツの公式」と呼ばれる公式は1674年にライプニッツ(1646-1716)によって発見されたものです。正式名称は「マダヴァ・グレゴリー・ライプニッツの公式」と呼ばれます。

 その由縁を追ってみます。

マダヴァ・グレゴリー・ライプニッツの公式


 この数式を見たライプニッツは「ここに神がいる」と叫んだと言います。なるほど、このπ公式は見れば見るほど魅惑的なシンプルなフォルムをしています。

 ライプニッツの数年前1671年にスコットランドの数学者、天文学者グレゴリー(1638-1675)が次の公式を発見しました。

グレゴリー級数


 ニュートン(1642-1727)と同時代を生きたグレゴリーによるこの公式は微分積分学初期の成果と言えるものです。ライプニッツはこのグレゴリー級数にx=1を代入することに気付きました。なぜならtan 45°=1だからです。

 45°を弧度法で表すとπ/4なので、次が成り立ちます。

 このtanの式のπ/4と1の関係を逆にしたのが次のarctanの式です。

 arctanのarcとは弧という意味で、正接関数tanに対して逆正接関数と呼ばれます。上の式はtanの値が1となるような円弧の長さがπ/4であることを表しています。こうして、ライプニッツは冒頭のπ公式を導きました。

 グレゴリーがなぜ自分が発見した数式にx=1を代入することに気づかなかったのが不思議ではあります。

 しかし、もっと驚かされることがこの「ライプニッツの公式」がライプニッツよりも300年も前にインドの女性数学者マダヴァ(1340頃-1425)によって発見されていたという事実です。

 マダヴァは三角法、無限級数を研究し円周率を11桁まで計算していたと言われています。我が国で関孝和が同じ11桁の円周率の計算に成功したのが1681年のことですから14世紀のインド数学がどれほど進んでいたかが分かります。

 こうして冒頭のπ公式は関わった3人の数学者の名前を順につけて「マダヴァ・グレゴリー・ライプニッツの公式」と呼ばれます。

マチンの公式

 1706年に英国の天文学者ジョン・マチン(1680-1752)は次のπ公式を発見しました。

マチンの公式


 これは、マダヴァ・グレゴリー・ライプニッツの公式とarctanを用いているところは同じですが、計算効率の点では全く異なります。

 マダヴァ・グレゴリー・ライプニッツの公式を用いてπを計算して見ると、3.14を算出するのに627項のたし算が必要です。それに対してマチンの公式はたった2項のたし算で3.14が算出されます。

 10項のたし算をすれば、3.14159265358979(小数点以下14桁)まで正確なπの数値が得られる収束の速さです。マチンは100桁のπの計算に初めて成功しました。

 このマチンの公式はarctan型公式とも呼ばれます。マチンの発見を機にπ計算公式としてarctan型公式は次々と発見されていきました。グレゴリー級数とはarctanがΣで表された数式ですから、arctan型公式の正体はΣの数式です。

arctan型公式


高野喜久雄の公式

 arctan型公式一覧の一番下にあるのが高野喜久雄の公式(1982年)です。2002年、金田康正が率いるチームがπ1兆桁計算に使用されたのがこのπ公式でした。

 チームスタッフは日本人、電子計算機も日本製、そして高野の公式のオールメイドジャパンで成し遂げられた世界記録です。

ラマヌジャンのπ公式

 2013年に近藤茂とアレクサンダー・J・イーによってπ12兆桁の世界記録が作られました。そこで用いられたπ公式がΣで表されたチュドノフスキー兄弟の公式です。この源流にあるのが1914年のラマヌジャンのπ公式です。

 最初に紹介したインドの女性数学者マダヴァ(1340頃-1425)の故郷が南インドです。その500年後同じ南インドに生まれたのがラマヌジャン(1887-1920)です。

 ラマヌジャンの公式から80年後、ロシア出身の数学者チュドノフスキー兄弟はこのラマヌジャンの公式と同じ型の公式を発見しました。

 ラマヌジャンの公式はΣのたし算を行うたびにπの正確な桁数が8桁ずつ増える高速なものです。それに対してチュドノフスキーの公式は14桁ずつ増えるさらに高速な公式です。

 π1兆桁の記録を作った金田康正チームでも、高野喜久雄の公式の前にラマヌジャンの公式が使われたほどです。

ボールウェイン兄弟の公式

 ところで、チュドノフスキー兄弟がラマヌジャンの公式を改良できたのにはボールウェイン兄弟の貢献がありました。

 ラマヌジャンは1914年にπ公式を発表した際に証明を残しませんでした。74年後の1987年に、ボールウェイン兄弟は、ラマヌジャンの公式がモジュラー方程式に関係することを証明してみせました。

 そして、ボールウェイン兄弟はΣのたし算を行うたびにπの正確な桁数が25桁ずつ増える次の公式を1989年に発見しています。

ボールウェイン兄弟の公式


 ラマヌジャン、チュドノフスキー兄弟、ボールウェイン兄弟らのπ公式はラマヌジャン型公式と呼ばれています。

ベイリー・ボールウェイン・プラウフの公式

 πを2進数で表すと

π=11.00100100001111110110110101000…

 では、この小数点以下1京位の数字(0か1)を、それまでの数字を計算しないで求められるでしょうか。

 πの専門家──ボールウェイン兄弟の予想はしばらくの間、否定的でした。ところが、突然この予想が覆されます。1995年、画期的なπ公式が発表されました。

 サイモン・プラウフ、デイヴィッド・ベイリー、ピーター・ボールウェインらの共同研究によって発見されたのが次の公式です。

ベイリー・ボールウェイン・プラウフの公式


 これを使うと、πの2進展開における数字の何桁目でも計算することができるという驚くべき公式です。

 この発見以来、多くのこれと同じような公式が発見されています。これらは3人の名前の頭文字を取ってBBP型公式と呼ばれています。

BBP型公式


 BBP型公式には黄金比φ(=1.618…)を用いた次のような美しい公式もあります。

2007年にベイリーによって発見されたBBP型公式


πとΣの芸術作品

 このようにπはΣなくして表現できない数だと分かります。以上はそのほんの一部の公式にすぎません。ゼータ関数とπの関係など、紹介したい公式はまだまだあります。

 最後に、私のお気に入りのπとΣの芸術作品とも言うべきラマヌジャンの公式を紹介してπ公式の鑑賞を終えたいと思います。

 

筆者:桜井 進