トランプ大統領の支持者、全米各地で集会(AP/アフロ)

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 自由貿易を批判し、保護主義を主張するトランプ米新大統領が経済政策の見直しに着手したことで、世界で保護主義に対する警戒感が広がっている。いつもは自由貿易にそれほど好意的でない日本のマスコミでさえ、トランプ氏のあからさまな保護主義に当惑し、慌てて自由貿易の価値を説くほどだ。

 一方、自由貿易に否定的な一部の知識人は、トランプ氏の大統領選出に力を得て、保護主義の復権をいっそう声高に唱えている。たとえば日本で人気のある仏歴史学者エマニュエル・トッド氏は、「相互協力的な保護主義について議論を始めなければならない時期に来ていることを理解できるエリートが世界中で必要とされている」(2016年12月14日付毎日新聞)と主張する。
 
 しかし、惑わされてはいけない。経済の道理に照らして、保護主義は社会にとって決してプラスにならない。自由貿易でなければ人々は豊かになれない。経済学者はさまざまな問題で必ず意見が食い違うと冗談の種にされるが、保護主義の誤りに関してはほぼ全員一致で同意する。

 なぜ経済的に自由貿易が優れているか、理屈は簡単だ。商品の製造やサービスの提供は、ごく単純なもの以外、ひとりではできない。複雑な仕組みで高度な知識・技術を必要とするものほど、専門の知識・技能を持つ多くの人で手分けしたほうが効率的だ。これを分業という。

 ひとつの会社の中でも多くの人がさまざまな仕事を分業しているし、会社同士の取引も分業のひとつのかたちだ。それをけしからんと否定する人はいないだろう。しかし、自由貿易とは、国境を越えた分業にすぎない。分業の相手がたまたま外国の人や会社というだけだ。

 世界にはさまざまな技能や強みを持つ個人や会社が、多数存在する。だから分業は同じ国の中だけで行うよりも、世界に広げたほうがより大きな効果を発揮する。戦後自由貿易を推進したシンガポールや香港、ドイツや日本が飛躍的な経済発展を遂げたのは、その何よりの証拠だ。統計的にも、貿易の自由度と国の繁栄には強い相関関係がある。

●自由貿易は自国内の雇用を増やす

 それでも自由貿易に不信感を抱く人々は、さまざまな非難を浴びせる。だが、それらはいずれも的外れなものだ。

 たとえばトランプ大統領が強調する、「貿易は国内の雇用を破壊する」という言い分だ。米国のブルーカラー労働者の多くが大統領選でトランプ氏を支持したのは、この主張を信じたからである。しかし、これは誤りだ。

 輸入が増えると、それと競合する国内産業の雇用がしばしば失われるのは事実である。しかし、有権者が気づかないのは、まさにその輸入によって他に雇用が生み出されることだ。

 米国の場合、輸入の半分以上は部品や原料で、他の製品・サービスの生産に使われる。貿易で部品や原料が値下がりし、手に入れやすくなると、それを使う国内産業は競争力が高まって販売量が伸び、その結果、雇用を生み、増やす。

 同じく、外国人が米国に輸出してドルを受け取ると、より多くのものが買えるようになり、米国の輸出市場が広がる。これは米国で輸出産業の雇用を増やす。

 貿易が国内雇用に及ぼす影響は、雇用者数の増減ではなく、どの産業で何人が働くかという組み合わせの変化だ。この変化により世界の労働者は、それぞれ相対的に生産性の高い仕事を行うことができるようになる。

 次に、「貿易のせいで、豊かな国と貧しい国の格差が広がった」という批判もよく聞く。しかし米経済学者ティモシー・テイラー氏が述べるように、サハラ以南のアフリカや中国内陸部などの貧しい地域は、これまで貿易にあまり参加してこなかった。貿易のせいで貧しくなったのではなく、貿易をしないから貧しくなったのである(『スタンフォード大学で一番人気の経済学入門マクロ編』<かんき出版>)。

 また、「未成熟な新産業を国外の競争から守れ」という声もある。だが、それはむしろ逆効果になるおそれが大きい。ブラジルは1970年代、国内のコンピューター産業を守るために輸入を制限した。その結果、1980年代の終わりまでに世界の水準から10年も遅れてしまったと前出のテイラー氏は指摘する。

 さらに、「安全保障の面から貿易を制限せよ」と唱える向きもある。しかし、石油が重要な資源なら、むしろ積極的に輸入して備蓄し、いざというときに備えるべきだろう。輸入を制限し、国内資源を使い尽くしてしまったら、安全保障にはむしろマイナスである。

●保護主義と政治

 保護主義は、理屈で考えれば誤りが明らかなはずなのに、政治的な支持は根強い。なぜだろうか。

 保護主義によって損失を被るのは、より安価あるいは高品質な外国製品を買えない国内消費者である。一方、恩恵にあずかるのは、外国製品との競争にさらされず既得権を守れる国内生産者である。しかし政治で影響力を発揮するのはほとんどつねに生産者であり、消費者の声はまず反映されない。それには以下のような理由がある。

(1)個々の生産者が受ける保護主義の利益は大きいのに対し、消費者が負う保護主義のコストは総計では大きいものの、個々には小さい。

(2)生産者はよくまとまり、組織されているのに対し、消費者はばらばらで、組織されていない。

(3)政治家は保護主義を支持すると、保護される国内企業から投票、支持、献金などの見返りを得ることができる。逆に、 貿易障壁を撤廃・縮小すると、保護されなくなる国内生産者から投票、支持、献金を失うなどの代償を払わなければならない。

 国内市場に大きな既得権を持つ企業の経営者や労働者であれば、自分の商売が外国企業との競争にさらされるのは困るというのが本音だろう。その気持ちはわかる。

 しかしだからといって、政府の力を使い、保護貿易で消費者の商品購入を妨害してよいはずがない。それはあらゆる企業に共通する「顧客第一」の理念に反する。保護主義を頼みに生き延びる企業は、ロビー活動に時間や資金を費やし、やがて本来の競争力を失うだろう。そのような企業が増えるほど、国は衰退する。

 一方で、消費者は商品やサービスの品質・価格で選択の幅が狭まり、生活水準が下がる。貧困層はさらに暮らしが苦しくなる。保護主義は消費者を保護しない。保護されるのは一部の生産者だけで、消費者、すなわち一般市民はその犠牲になるのだ。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)