週刊ダイヤモンド3月25号の第1特集は「国鉄vsJR〜民営化30年の功罪〜」。今からちょうど30年前の1987年3月31 日、日本国有鉄道(国鉄)は崩壊した。国鉄改革を主導した若手メンバーの一人、葛西敬之・JR東海名誉会長に、国鉄末期の状況や、30年を経て鉄道事業者が果たすべき役割、自身の出処進退について聞いた。(聞き手/「週刊ダイヤモンド」副編集長 浅島亮子)

──葛西さんは“国鉄改革三銃士”の一人。40代半ばの若さで、国鉄経営陣に反旗を翻して改革の必要性を訴えたのはなぜですか。

 一言で言えば、政治がだらしなかったからです。国鉄の最後の経営改善計画(1981〜85年度)を見た途端に、絶対に失敗すると確信した。国会が経営の重要事項を決めている限り、転落の一途をたどると思いました。

 国鉄末期は、経営対労組という対立軸が崩れた時期でもあります。それまでは、経営側は自由主義陣営、労組側は社会主義陣営と、対立軸がはっきりしていました。

 それまでは、日本経済団体連合会(経団連)は社会党が政権を取ることを阻止するための組織。日本経営者団体連盟(日経連)は社会主義を支持している日本労働組合総評議会(総評)を阻止するための組織でした。

 ところが、国鉄の経営が行き詰まり、労組も本音では社会主義の限界を感じるようになると、経営と労組がなれ合うようになった。経営が自民党を動かし、労組が社会党を動かし、両者共に「国鉄を現状維持で守っていこう」という気持ちが強くなっていった。自社は、表向きは対立しているのに、テーブルの下では手を握っている構図です。

 国鉄はつぶれそうなくらい追い詰められているのに、運賃や賃金、設備投資といった必要な重要施策を取るには国会の承認が必要です。でも、経営と労組にたきつけられた政治は事を荒立てないように妥協する。国会で議論が紛糾するとあらゆる問題が解決しなくなるので、なるべく事を荒立てないように政治的妥協が続きます。

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