photo by Joi Ito  CC BY 2.0

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 マイクロソフト社の創業者であり、史上最年少で米国長者番付1位、そして世界長者番付で13年連続1位となり、名実ともに現代社会で世界一の億万長者であるビル・ゲイツ

 彼はいかにしてその地位を築き上げたのか。その秘密を彼の伝記『ビル・ゲイツ 巨大ソフトウェア帝国を築いた男』(ジェームズ・ウォレス&ジム・エリクソン・著 奥野卓司・監訳 ※絶版)から紐解いていきたいと思います。

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 まずは彼と彼の盟友、ポール・アレンがマイクロソフト社を創業するきっかけとなるエピソードから見ていきましょう。

 当時、雑誌「ポピュラー・エレクトロニクス」を読み、世界初の個人向けコンピュータ、アルテア8080がMITS社によって開発されたことを知った2人は、これにプログラミング言語のBASICを移植することを決意します。

 そして、まだ実際には完成していなかったのにもかかわらず、ゲイツはMITS社に電話をかけ、同社のエンジニア、エド・ロバーツに向かって「アルテアコンピュータ用のBASICを開発した」とうそぶくのです。

 電話が終わった2人はその言葉がウソにならぬよう、すぐに開発に着手します。そして苦労の末に、ロバーツと約束した期日までに見事、BASICを完成させました。

 彼のこうした「ハッタリをかます」という習慣は、マイクロソフト社を創立してからも一貫しており、同社がコンピュータ業界の覇権を握るきっかけとなったウィンドウズシリーズも、1983年11月に記者発表された時点ではまだ設計すらできていなかったと言われています。

 そして、2年後にようやくウィンドウズ1.0がリリースされて以降、ヴァージョンアップを重ね、1995年にウィンドウズ95が発表されるとこれが世界を席巻して市場シェア1位となり、コンピュータ市場における絶対的な地位を築き上げるのです。

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 次に幼い頃のエピソードを見てみましょう。

 彼はとにかく無類の競争好き、かつ異常な負けず嫌いで、トランプ、ジグソーパズル、ピックルボール、水泳、水上スキー、カーレース、テニスなど、さまざまなゲームやスポーツを行なっては、そのスコアや勝敗を競い合うのに夢中になったそうです。

 そしてそうした性格は大人になっても変わらず、ビジネスマンになってからはもっぱら「時間」を競うことに夢中になっていたと伝えられています。

 例えば飛行機に乗る際は、だいたい離陸時間の5分前に会社を出るというのが常だったそうで(空港近くにオフィスがあったとはいえ)、そのために彼の秘書はゲイツが時間に間に合うかやきもきすることのないよう、離陸時間を実際よりも15分早めにゲイツに伝えていたと言います。

 また、車の運転に関しても、彼はスピード狂としても知られており、どこに行くにも時速130km以下で走ることはなく、彼の友人は「彼は車の最高速度をテストするのが好きだった」と証言しています。また同時に、ゲイツの友人は誰でも1度はゲイツの愛車に乗って恐怖体験をしているとも述べています。

 彼のこうした競争好きで負けず嫌いな性格はビジネス上の取引にも色濃く反映されています。彼の取引スタイルは「顧客が疲れておとなしく同意するまで押しまくる」というスタイルで、それがあまりに激しすぎて取引が不成立に終わることもしばしばあったそうです。

 そこで、ビル・ゲイツはマイクロソフト社の最初のマーケティング部長であるスティーブ・スミスと作戦を練り、刑事ドラマなどでよくあるような「鬼刑事」役と「仏の刑事」役を演じることにしたそうです。

 すなわち、鬼刑事役のゲイツ氏はその取引に厳しい立場で臨む最終決定者として向き合い、スミスはそれに対して、顧客の機嫌をとりながら実際の交渉を行なう仏の刑事のようなスタンスをとります。そしていざ、交渉が難しい局面になると「ボスであるゲイツが厳しすぎて自分ではどうにもならない」と泣き言を言って、ゲイツを悪者にしながら交渉を有利に進めるという訳です。