BIGMAMA

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 BIGMAMAが通算7枚目となるアルバム『Fabula Fibula』を完成させた。

(参考: BIGMAMA 新アルバム『Fabula Fibula』収録曲のMVはこちら

 バイオリンロックバンドというスタイルで唯一無二の音楽を作り上げてきた彼らが10周年イヤーを迎えて作り上げたのは「収録されている全ての曲に街の物語とテーマがあり、アルバム1枚で一つの地図ができあがる」というコンセプト・アルバムだ。

 10月には初の武道館公演も決定し、バンドは飛躍のターニングポイントを迎えている。想像力を爆発させた新作の意図について、バンドの首謀者・金井政人に聞いた。(柴那典)

■「『BIGMAMA金井政人、何で勝負するの?』、それが問われていると思った」

――曲ごとに街があって、そのストーリーを描くという新作のアイデアは、どういうところから生まれたものだったんですか?

金井政人(以下、金井):実はシングルの『MUTOPIA』を出したときが発端だったんですよ。それこそ、前回柴さんにインタビューしてもらった時に話したこととすごく繋がってくるものがあって。

――1年半前のリアルサウンドのインタビューで話してましたね(参考:http://realsound.jp/2015/09/post-4471.html)。音楽でどうやって体験を作るのかということを考えている、と。ディズニーランドみたいなテーマパークも含めて、全てのエンターテインメントがライバルだって。

金井:やっぱり、CDを作っていても、発売日から1カ月経ったらお店に置かれる場所がどんどん狭くなっていくんです。世の中にいるアーティストが毎月のように新譜を出してるからなんですけれど。そこで、ちゃんと長く売っていけるものを作ろう、長い年月が経ってもちゃんと人の心を惹き続けるようなものにしようと考えたんです。そのために「どうする、お前?」と。「BIGMAMA金井政人、何で勝負するの?」っていう。バンドをはじめて10年経ったタイミングで、それが問われていると思ったんです。

ーーそれはどういうものだったんですか?

金井:バイオリン・ロックで、USとUKの真ん中の邦楽をちゃんとやる。そこに自分の世界観から来る妄想を爆発させる。そういうものがルールとしてあるんです。自分が人様に差し出す表現のマナーみたいなものとしてある。ただ、「MUTOPIA」のときにはそういう指針みたいなものはなく、単純にスタジオワークの中で突然変異で曲ができてしまった。それがすごく現実から跳躍力のある音楽で、楽園をテーマにしたものだったからこそ、その後作る曲に、それぞれが持つ世界とか場所みたいなイメージが広がっていった。だから、アルバムの中でトータルでパッケージングした時に、これは「音楽で旅をさせる」ということになるんじゃないかと思ったんです。曲ごとにコンセプトがあって、それが街を象徴していて、それぞれの街にはどこかこじれているところがある。それを一つの作品として出すことが、このタイミングでBIGMAMAにとっての武器になる、と。

ーーそれが「音楽で見せる仮想現実」というキャッチコピーに結実した。

金井:なぜ自分がそういう風にできたかというと、自分がいる下北沢のUKプロジェクトというレーベルは、作曲とか歌詞に対する縛りが全くないんです。自分が好きに歌詞を書けて物語を作れる環境だからこそできたことなのかなって思います。

――ただ、「縛りがない」と言ったけれど、このアルバムって縛りを自分で作っていると思うんです。そういう感覚はデビューしたてのバンドにはないですよね。とにかくやりたいことをやるだけだから。でも、続けていくと「じゃあ、次は何しようか」とか、「自分たちが進む道はどこだろうか」みたいに、ある種のコンセプトを自分で供給しなければいけない。今のBIGMAMAはそういう位置に立っているとも思うんですよ。その辺はどうですか?

金井:そうか、俺、究極に矛盾してますね。「縛りがない」って言って、めちゃめちゃ縛ったものを作ってる(笑)。

――そう。しかも、その縛りは外から与えられるものじゃないんですよね。自分で作らなきゃいけない。

金井:はい。話が飛ぶんですけど、最近、フランスに行ってルーヴル美術館を見てきたんです。もともと『Roclassick』のときから思ってたけど、今自分が作っている音楽が消耗品みたいなものかどうか、何百年ちゃんと伝わるかどうかみたいなことをいつも考えているんです。すごく愛情と魂をこめて、人生をかけて作ってるものだからこそ、ちゃんと世にある音楽と切り離したいんですよね。で、縛ることってより孤立しやすくなる方法だと思ったので。メンバーは縛ってないけれど、自分が作曲をする時にはちゃんと縛るポイントを作っていく。テーマ設定みたいなものをしていく。そうすると、何年か先に振り返った時にもちゃんと良い目印になると思うんですよ。新しく出会ってほしい人もたくさんいるけど、やっぱり、悔しいかな、10年やってきたことでBIGMAMAの新譜って、ある程度のパブリック・イメージが生まれちゃっていて。「BIGMAMAってこういうバンドでしょ?」みたいな。それを覆したいというのもありました。自分たちがアーティストとして強く存在証明をするために、僕はこの方法が一番向いてるんじゃないかなと思ったというか。

――わかりました。まず今はアルバムの中身の話よりも外枠の話が続いているんですけど、10年やってきてBIGMAMAというバンドのイメージが固まってきたと金井さんは言いましたよね。これまでに6枚のアルバム、それと『Roclassick』のようなコンセプトアルバムが出ているわけですけれども。これをいくつかの時期に括ることはできますか?

金井:自分の現在地からすると、アルバム3枚が一つのタームになっている感じはしますね。1枚目、2枚目、3枚目が最初のターム。ライブハウスで、メンバーにバイオリニストがいるという体制でスタートしたバンドが、5人のバンドの内側を見ながら曲を作っているのがその3枚ですね。それから、4枚目、5枚目、6枚目が次のターム。その3作は、一つの方向だけどちゃんと外を向いている。で、7枚目になってその両方を見るようになった。自分たちの内側にある情熱的な部分も見つつ、それをどう発散させていこうかっていうことも考えている。ただ、この7枚目までを第一期にしたいなっていう意思はあります。それは10年という括りもあるんですけど、ここまでがファースト・シーズンだったなっていうバンドの歴史にしたいなって思っています。

――なるほど。今語ってもらったのはバンドの歴史の縦軸の話ですよね。で、さっき言った「ヴァイオリン・ロックで、USとUKの真ん中の邦楽をちゃんとやる」というのは、海外の音楽シーンとの同時代性という横軸の話だと思うんです。このあたりはどうでしょう? たとえば『MUTOPIA』の時のインタビューではAviciiやZEDDに刺激を受けたという話もありましたけれど、ここ最近のUSやUKシーンはどう見ています?

金井:最近、Spotifyのグローバルトップ50を流して聴いてるようなことが結構あるんですけど。今、誰を聴いてもみんな一緒じゃないですか。

――そうですね。軽い音色のシンセを使ったトロピカル・ハウス以降のポップソングが7割くらいを占めてる感じがある。パッと聴いたイントロで区別がつかなかったりね。

金井:そうそう。何というか、ずっと同じ感じの音で、あたかも一つの作品かのようにトップ50が流れている瞬間があって。で、自分としては、BIGMAMAでやろうとしてること、似合うものにはちょっと距離感があるなと正直思ってます。例えば、Clean Banditとか、バイオリン奏者がいるバンドで、要素としては近いし良い音楽を作ってるなとも思うけれど、やっぱり今このアルバムでやろうとしてるとは違っていて。

ーーと言うと?

金井:ロックバンドとして肉体的なところはちゃんと担保していたいんです。そこを軸にしたいという欲求は過去の中で今が一番太くなっている。母体としてはロックバンドだって、自分たちで強く願うところがありますね。『MUTOPIA』のタイミングではおもちゃを作る感覚で飛び道具的なものを作ったけれど、そこから先に進んでる今、自分の中では特にUSのシーンを見て「この感じ、早く終わらないかな」みたいなことは正直思ってます。

――なるほど。実は僕がアルバムを聴いてまず思ったのも「ロックバンド回帰」という第一印象だったんですよ。それも、どちらかと言うとハード・ロックというかサイケデリック・ロックというか、いわばLed Zeppelinを想起させるようなもの。BIGMAMAがスタート地点であったのは00年代のエモとかパンク・ロックだから、そことも違う気がする。

金井:そう。でもそれは、狙ってやったことじゃなくて。スタジオワークの中で偶然生まれたんです。1曲目の「ファビュラ・フィビュラ」ができたときに、他の人は過去のいろんな音楽と照らし合わせて「これとこれの掛け合わせだ」って思うかもしれないけど、僕の中ではすごく発明感があったんです。このギターリフからオケが入ってきて、喧嘩してると思いきや最後に抱き合うみたいな。で、そのオケに負けない言葉をつけるために何か俺も発明しなきゃって思って、思いついた言葉が結果タイトルにもなった。これってまず、自分にとってすごい喜びだったんですね。で、それが作品全体にも及んだという、これまで「Sweet Dreams」とか「MUTOPIA」とか、そういう曲がバンドのイメージになっていたと思うんです。「イベントでラスト任されがち」みたいな。そこで一番良いハッピーエンドを作るのがBIGMAMAだっていう。

――フィナーレとかアンセムのイメージ?

金井:そう。それに対して「どんとこい、任せろ」みたいな思いもありつつ、ちゃんとエッジな部分を作った方が、より際立つというか。攻める部分、というか、ちゃんとロックバンドとして肉体的に格好いいところを見せなきゃな、っていう思いがあって。それが作曲に影響してきていて、メンバーの年齢とスキルが合わさって、今この形でアウトプットされたんだと思います。

――端的に言うと、ギターのリフがすごくフィーチャーされていますよね。そこで「これは発明だ」と思ったポイントってどの辺にありましたか?

金井:ロックバンドってもともと衝動的なものが美学としてあるじゃないですか。で、その逆に僕の中ではクラシックから来てるんですけど、緻密なものが格好いいというカルチャーもある。その真ん中にいかに挑戦し続けるか、ロックバンドでありながら緻密な部分をちゃんと組み込むというチャレンジを一番体現したのがその曲だと思ったんです。この曲、オーケストラのアレンジのレコーディングをしてる時に、そのリーダーの方が、「格好いいですね、この曲!」って言って、どんどんのめり込んでいってくれたんですよ。実感したのはその瞬間ですね。

――なるほど。そういうサウンド面の手応えと、最初に話してもらったコンセプトの部分、曲ごとに街のイメージがあるという部分って、関連はしてました?

金井:そこはあんまりないですね。BIGMAMAって、作曲・BIGMAMAで、作詞・金井政人なんですよ。音楽的なところ、スタジオワークの話はバンドの目線で喋ってる。で、街とかコンセプト的なところは、金井政人として喋ってるというか。そこに関して他のメンバーはアンタッチャブルで、事後報告でしかない。

■「大事なことはだいたいシェイクスピアに書いてある」

――では後者の部分、「妄想を爆発させる」っていうポイントに関してはどうでしょう? 「ファビュラ・フィビュラ」という曲はアルバムのタイトルにもなり、世界観の中でも大事なものを担うものになった。どういうところから曲のイメージができていったんでしょうか。

金井:先に音楽が仕上がって、これにどういう歌詞を載せたらいいんだろうなっていうときに、世の中にすでにある言葉をつけたくなかったんです。で、僕の中で言葉を発明しようと思って「ファビュラ・フィビュラ」という言葉を当て込んだ。これをどう説得しようか、どうこの言葉を着地させようかを考えて、この街の構想が生まれたんです。曲ごとに一つの街を作って、その中にルールがある。曲について説明しすぎたくないんですけど、自分が持っているイメージの中で曲を楽しんでほしい。この曲が持っている情景を共有したい。それをどう解釈するかは聴く人に委ねたくて。そのためには場所を作ることだな、っていうことがその時点で明確になっていった。

ーーこの曲の場所はどういうイメージだったんですか?

金井:まずサウンドから出てきたテーマは「裏切り」なんですね。「ブルータス、お前もか」っていう有名なセリフがあるじゃないですか。僕はあのときに王の方に「もしこう言ってくれたら」って思ってたことがあって。それが<ブルータス私もだ>。所詮この世は裏切りの連鎖っていうことを歌詞に落とし込んでるんです。そこで終わりじゃないっていう。そういうフレーズを曲の中で言ってみたいっていう欲求から「嘘をついた人は不幸の味の飴を舐めさせられる」という街の話として曲にしたんです。

――曲でいうと、去年の夏に「Merry-Go-Round」が先行公開されている。この曲はどうでしょう? どういう風にできていったんでしょうか。

金井:バンドの歴史からすると、これはさっき言ったような自分たちの誇れるライブのイメージ、アンセム的なの延長線上にある曲ですね。そういう曲も、書きたいし、書かなきゃいけない。で、曲の歌詞を書くモチーフの中で、はじめに決めてたのは<背中の杭が痛いよ>というフレーズです。メリーゴーラウンドの馬が<背中の杭が痛いよ>って言う。ただ最後に<後悔はない>、つまりそっちの「悔い」はないと言って終わる。それを一つの物語として、街のストーリーとして完結させるっていうのが、「Merry-Go-Round」の曲作りですね。

ーー「眠らぬ街のメリーゴーランド」という絵本も金井政人名義で発売されましたよね。これも曲とリンクした物語になっている。

金井:自分の中で、絵本を書くことはMVを作る感覚と似てるんですね。音楽だけにとどまらないものを見せるというか。今回は特に自分の作家性を突き詰めていると思います。生々しい手紙のような歌詞を書いたり、プライベートなことを歌うタイミングもあると思うんですけれど、今回のタームはフルサイズのアルバムで自分を作家だと思いこんで歌詞を書くっていうのが、僕の中で流行と距離をとる方法であったし、自分のバンドとしての一番強い流れを作る方法であったと思います。

――自分の作家性を突き詰めるっていうことに思い至った経緯みたいなのはあるんですか?

金井:思い至った経緯? うーん…なんだろう、執着心かな。やっぱり、いきなりこれができるようになったわけでもないし、ただ曲をたくさん作っていって、かつ、他の人と一緒じゃつまんないって漠然と思っていて。じゃあどうやったら面白くなるんだろう、どうやったら他の人がまだ使ってない言葉とかで曲が書けるんだろう、っていうことに対してはやっぱりずっとハングリーなところがあって。最近思うんですけれど、大事なことはだいたいシェイクスピアに書いてあると思うんです。実はそれが僕の中の教科書的なものになっていて。

――大事なことはシェイクスピアに書いてある?

金井:それが一つのヒントなんじゃないかなと思っていて。そこから派生していくイメージですよね、ジャケットも歌詞も、世に出るのは2017年ですけど、昔か未来かわからないけどとりあえず今じゃないっていう時間設定になっている。やっぱり普遍的なものでありたいからこそ、良くも悪くも今っぽくしない方法を考えていた。それでシェイクスピアを読んでいたんです。あんまり詳しくは語れないんですけど、まだ誰も歌詞に書いてないようなセリフがすごく多いんですよね。「これで歌詞書いてみたい」みたいなことを思うようになった。週に1冊くらいは何かしらの本を読むんですけど。そのときにふと、「大事なことシェイクスピアに書いてあるな」と思った。発見みたいな瞬間はありましたね。これは俺がやることかもしれない、みたいな。

――これはでも、すごく面白いですね。っていうのは、BIGMAMAのキャリアを改めて振り返ると、初期ってほとんどそういった類の作家性ってあんまり出てきてない気がする。

金井:多分、英語で歌っていることによって、そこがあまり関係なかったんでしょうね。たぶんその時にも、自分の中で落とし込んではいるんですけど。

――そういう意味でいうと、大きなターニングポイントになったのはやっぱり4枚目の『君がまたブラウスのボタンを留めるまで』だったと思うんです。ただ、この時点では私小説的な意味合いがとても強かったのではないかと。

金井:はい。僕、いまだにずっとそう思ってるし覚えてるんですけど、当時26くらいで4枚目のアルバムを作ったときに「自分の人生にタイトルをつけるとしたらこのアルバムのタイトルをつけます」「自分の自叙伝、遺書を書くとしたら同じタイトルをつけます」って言ってて。それってまさに、私小説ってことじゃないですか。

――うん。そういう意味で金井政人という人の作家性が示された。

金井:画家でいう自画像みたいなことですよね。

――そうですね。自画像を描いた。でもこれって、毎回やることではない。つまり、「心をこめて作ったものがこれです」と差し出した以上、次に同じことをやったら過去作と新作を両方汚しちゃうわけですよ。だから、サウンドの話はまた別として、作家性としてはまた新しい何かを目指さないといけない。その結実が『君想う、故に我在り』と『The Vanishing Bride』だったのではないか、と。

金井:はい。でも今思うと、5枚目と6枚目は、まだ私小説に近い世界の上ではあったかもしれないですね。距離感でいうと。

――なるほど。書き方を変えて、モチーフも変えて、テーマも設定してるけど、そのモチーフは私的な、内発的なものであると。

金井:うん。そう思います。

――それを経てきたことで、今回は架空の街を舞台にした物語を書くという方法論に転じた。そういうものに興味が向いてきたのか、それができる技量が備わってきたのか、何らかの変化があったんだと思うんですが。どうでしょう?

金井:その両方だと思いますね。単純に、10年やってきてBIGMAMAに関してまだまだ自分の中で届けるのが下手くそだなって思うようなときに、じゃあどこを尖らせるかみたいなことを考えるんです。そのときに、さっきも言ってた話で、じゃあバンドのトータルで考えることはありつつも、それとは別に僕個人が歌詞を書く人の中で絶対負けないところってどこだろう、僕にしか作れないものってなんだろうって、そこを突き詰めて考えた。そのときに、何か綻びのある世界を描くのがすごく、自分の中で提供できるエンターテインメントとしてはそれが自分なりに一番のもてなし方なんじゃないかなと思って。自分は底抜けに明るいハッピーエンドのものを見せられても、何も心を揺さぶられないんです。自分なりに何か面白いものを作ろうと思うと、意図的にネジを外しちゃうところがある。それは、さっき言ってた一つひとつの街の設定に反映されてくる。何かがないことによってその大切さがわかるというか、日頃暮らしている中で、普通のまま過ぎていっちゃうものを、一つ何かを奪われた瞬間に気付くことってありますよね。それを街ごとに描いたというか。「不自由さが自由を教えてくれる」みたいなことが、たぶん自分の作家性の中のキーワードだったのかもしれない。ただ、あまり救いのないものを書き続けるつもりもないし、ちゃんと最終的に笑えるオチは用意したい。そういう、誰もやってないところで勝負したいと思ったんですね。

■「ちゃんとBIGMAMAを武道館で着地させたい」

――アルバムを聴いてて「おっ!」と思ったのは、10曲目の「レインコートになれたなら」なんですけど。これはもう、インタールードも込みで、アルバムの流れの中でも突出して聴こえるような作りになっているし、ちゃんとバラードをやっている。ロックバンドがバラードを歌うっていうことの、BIGMAMAなりのやり方を貫いている気がするんですけど、この曲はどうですか? どういう手応えがありますか?

金井:えーと……歳取ってもバンドやれるなっていう。

――ははは(笑)。うん。

金井:まずこのテンポ感で自分たちが納得いく曲を作れるか。自分たちがちゃんとこの先も良いロックバンドと思えて先に進めるかは、こういう曲をちゃんと作れるかどうかだよね、って感覚はメンバー内にもありますね。で、曲のモチーフになったのはたった1行なんですよ。たとえば野外のライブを思い浮かべて、そこで雨が降ってるときに言いたいセリフとして「あなたのレインコートになりたい」が出てきて。それが<あなたのレインコートになれたなら>という歌詞になって。その1行を歌いだしたときに、「あ、もうこれ曲できるな」と思ったんです。そこから「誰かが泣いているとずっと雨が降ってる」という街を作ろうという流れになっていった。これもこのアルバムを街の設定にしようって後押ししてくれたタイミングの曲です。

――なるほど。サウンドにしても、歌詞の書き方やコンセプトにしても、どんどんオンリーワンの方向にバンドが向かっている感じがします。

金井:そうですね。それはやっぱり、自分としては当然なんですよね。今までのフルアルバムもそういう気持ちでは作っているので。ただ、今この年齢になって、バンドとしての10年のキャリアがあって、新しい作品を組み立てて行くときに、今までで一番ちゃんと整頓された上で物を作り上げることができた実感があって。それがもう建物に見えたんですよね。で、一つひとつの曲が街だったんですよ。自分の中では、作品ごとにコンセプトがあるのって当たり前のことで。特に今回のアルバムは、こうすることで長く自分の中で語り続けることができるなって。きっとこれを聴いてくれた人の中にも楽しむ時間が長いアルバムになるだろうし、そうあってほしいなと思う。このアルバムが瞬間的に判断されることも覚悟しつつ、どう長く愛されていくかっていうことをすごく意識したんです。

――今回のインタビューでは、いろんな話の中で「10年」というタームがキーワードになっていますね。そして秋にはアニバーサリーライブとして初の武道館公演が決まっている。今の状況とそこに向かって考えていることってどんな感じでしょうか?

金井:まずは集大成にしたいなと思っていますね。ただ、それだけじゃなくて、ちゃんとその先の未来を楽しみにしてもらえるような準備をしなきゃ、っていう風に思っています。このアルバムのツアーがあってそのゴールが武道館っていうわけじゃなくて。単純に、この10年間の僕の中でのゴールですね。ちゃんとBIGMAMAを武道館で着地させたい。そのために絶対に成功させたいっていうのがあって。ただ、そこでいかにBIGMAMAの未来にベットしてもらえる状況をライブで表現するかっていうのが今の僕の課題です。そこに対しては、単純に人生で一番、今音楽のスイッチ入ってるし、メラメラしてる部分は当然あるし。そろそろ僕らの番が来るだろうな、っていう気持ちでいます。

――BIGMAMAっていうバンドはちゃんと打席に立ち続けている。バットを振り続けている。そういう印象はあります。

金井:だから、そろそろBIGMAMAのターンが来ると僕は信じています。で、嬉しいことに信じてくれている人が周りに沢山いるんで。BIGMAMAはちゃんと格好いいことだけをしなきゃいけないっていう自覚はあります。その上で、もう待ってるだけでもないかなって。もう準備はいいかなって思ってます。

(柴 那典)