中村俊輔からマリノスの背番号「10」を受け継いだ齋藤学【写真:Getty Images】

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無双状態の背番号「10」。マリノスの新たな旗頭・齋藤学

 チームの象徴だった司令塔・中村俊輔が移籍するなど、このオフにチームの陣容が大きく変わった横浜F・マリノス。不安のほうが大きい中で臨んだ今季は「10番」とキャプテンを受け継いだMF齋藤学を中心に、若さとスピードを前面に押し出す痛快無比なサッカーを繰り出している。序盤戦を2勝1分け1敗で終えた新生マリノスが秘める可能性と、現時点で見えてきた課題を追った。(取材・文:藤江直人)

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 背番号「10」にボールがわたっただけで、スタンドのボルテージがあがる。左腕にキャプテンマークを巻いた横浜F・マリノスの齋藤学がドリブルをはじめると、スタジアム全体にゴールの予感が充満する。

 久しぶりに現れた、一挙手一投足でファンやサポーターの視線を一身に集められるJリーガー。このオフに「10番」とキャプテンを中村俊輔(現ジュビロ磐田)から受け継いだ26歳は、さらに増した自覚と責任感とを触媒にして、ときに無双状態のパフォーマンスを見せる存在となった。

 たとえば、開幕戦でマリノスに逆転負けを喫した浦和レッズのミハイロ・ペトロヴィッチ監督は、公式会見でこんな言葉を残している。

「マリノスに負けたというよりは、齋藤選手に負けてしまった」

 左サイドに開いた状態で、もっといえばタッチタインを背にしながらボールを受ける。ドリブルに入る刹那に対面の選手が間合いを詰めすぎると、一気にギアを上げられて置き去りにされる。

 前半13分に生まれた今季のJ1第1号ゴール、新外国人のMFダビド・バブンスキーの先制弾は、ドリブルによるカットインでDF森脇良太を手玉に取った齋藤のアシストに導かれていた。

 よほど強烈な残像として、森脇の脳裏に刻まれてしまったのだろう。その後は逆に齋藤との間合いを空けてしまう場面もあった。後半アディショナルタイムにMF前田直輝が決めた決勝ゴールも、自由なスペースを与えられた齋藤のパスから生まれていた。

 慌てて間合いを詰めてくる、あるいは怖がって飛び込めない。相手の心理を見透かしながら、スピードに乗った状態でプレーを的確に選択できる。なおかつ視野を広く保てているから、味方も巧みに使うことができる。開幕2戦でマリノスがあげた6ゴールのうち、齋藤が4つをアシストしたのもうなずける。

 一転して齋藤が右ふくらはぎの違和感で欠場した鹿島アントラーズとの第3節は無得点に終わり、マリノスも初黒星を喫している。指揮を執って3年目になるエリク・モンバエルツ監督は、齋藤の不在を最大の敗因としてあげている。

「我々にスピードと突破力をもたらしてくれる一番の存在は(齋藤)学だ。チームに決定的な影響を及ぼしたひとつの要因だ」

違いを生み出す新旧のトップ下。変化の象徴に

 相手ボールのときは「4‐4‐2」となり、最前線の2人を「一の矢」として執拗なプレスをかける。マイボールに転じると「4‐3‐3」へと変わり、左右に開いたウインガー、齋藤とマルティノスのスピードと突破力を生かしてチーム全体を前へ押し出していく。

 昨季中盤以降から形を成しはじめていた、ピッチを左右に大きく使ったカウンターが、今季はさらに切れ味を増している。マリノスに新たな力を加えた存在として真っ先に名前を挙げられるのが、マケドニア代表にも選出されているバブンスキーである。

 2トップの一角としてプレスの「一の矢」を担い、攻撃時には主戦場であるトップ下に戻る。相手守備網の隙間を巧みに見つけ出してボールを受けては、ストロングポイントでもある左右のウインガーを走らせるパスを通し、自らも積極的にゴールを狙う。

 1990年代の中ごろにガンバ大阪でプレーしたDFボバン・バブンスキーを父にもつ23歳は、幼少期を日本で過ごし、外国人選手ではJリーグ史上初となる「親子ゴール」を達成。豊富な運動量で多くのパスコースも作り出すなど、マリノスで確固たる居場所を築きつつある。

 昨季までは、マリノスのトップ下と言えば俊輔だった。代名詞でもある「黄金の左足」から繰り出されるスルーパスや、Jリーグ記録を更新中の直接フリーキックからのゴールは何度もファンやサポーターを酔わせ、チームを勝利に導いてきた。

 いま現在でも「違い」を生み出すことはできる。もっとも、38歳という年齢を考えれば、それを継続的に求めるのはどうしても厳しくなる。昨季の2ndステージはけがもあって、わずか4試合、228分間の出場にとどまっていた。

 日本代表で「10番」を背負った系譜に俊輔とともに名前を連ね、いまはジュビロ磐田を率いる名波浩監督も、俊輔の技術や存在感を称賛したうえでこうもつけ加えている。

「球際(の強さ)とか、空中戦ももちろんですけど、そういうところを求めるのは酷ですけど」

急速に進む世代交代。若さがマリノスの新たな原動力に

 2014年5月にマリノスの株式の20%弱を取得。いまでは経営だけでなく戦力編成の面でも大きな影響力をもつイギリスのシティ・フットボール・グループ(CFG)が、マリノスの世代交代を推し進めようとした理由は、タイトル争いに絡めなかった昨季の軌跡を見ても明白だ。

 しかし、世代交代の方法で誤ったと言っていい。俊輔と並ぶ大ベテラン、DF中澤佑二に年俸の半減を通告し、メディアを通じて「非情だ」と大騒動になるや、一転して条件を再提示したのはその象徴となる。

 俊輔に対しても「引退後の監督手形を約束」なるものが報じられ、俊輔本人が「聞いていない」と不快感を露にしたこともあった。外資系企業ならではのドライな改革を断行するCFGと、日本人ならではの情も大切にしたい既存の選手たち。その板ばさみになった俊輔は、新天地ジュビロでこんな言葉を残している。

「純粋にサッカーができる環境を与えてもらっていることに、恩返しがしたい」

 俊輔がマリノスの絶対的な象徴であったがゆえに、このオフには感情論が上回る形で大騒動が巻き起こった。GK榎本哲也(浦和レッズ)、DF小林祐三(サガン鳥栖)、MF兵藤慎剛(北海道コンサドーレ札幌)ら30代の功労者が続々と移籍したことも、騒動に拍車をかけた。

 しかし、小林が抜けた右サイドバックでは、新加入の24歳・松原健(前アルビレックス新潟)が躍動。背番号を「5」に変えた22歳の喜田拓也と、同じく「14」に変えた25歳の天野純がボランチに君臨し、特に後者は左サイドバック・金井貢史との連動で、齋藤がフリーになる状況を巧みに作り出している。

 昨季はストライカーとして期待されたカイケ(現サントス)が、練習への遅刻など度重なる規律違反でトラブルメーカーとなった反省からか。CFG主導で獲得している外国人選手も、バブンスキーに代表されるように真面目な選手がそろった。

 最終ラインではオーストラリア代表に選出された22歳のミロシュ・デゲネク(前1860ミュンヘン)が中澤とセンターバックコンビを結成。最前線ではバブンスキーとともにレッドスター・ベオグラードから加入した27歳のウーゴ・ヴィエイラが、時間の経過とともにフィットしはじめている。

齋藤だけでないマリノスの強み

 昨季開幕直後にFCボタシャニ(ルーマニア)から加入したキュラソー代表の26歳、マルティノスは日々の練習から攻撃陣で切磋琢磨していると明かす。

「正規の練習が終わった後に、僕とバブンスキー、ウーゴの3人で、左、真ん中、右の位置からそれぞれ5球ずつシュートを蹴るようにしている。自分たちの技術をより向上させるために、意識して自主的にやっているんだ」

 アルビレックス新潟を日産スタジアムに迎えた18日の第4節。両チームともに無得点の均衡を破ったのは、マルティノスの利き足である左足だった。右サイドに開いた状態でバブンスキーからのパスを受け、対面のマークが甘いと見るや、中央へ切れ込んでから左足を一閃。

 意図的にカーブをかけた渾身の一撃は、アルビレックスの守備陣を巻くような軌道を描き、ゴールの左隅へ鮮やかに吸い込まれた。

「ああいうシュートも、居残り練習でやっていること。あの位置からはいつもファーポストを狙う。誰も触らない場合はもちろん、味方の誰かが触ってもゴールになるので」

 もっとも、アルビレックス戦では齋藤のカットインからの変幻自在な攻撃が封じられた。対面で対峙した元日本代表のDF矢野貴章は「決定的な仕事はさせなかったのかな」と振り返る。

「彼の足元だけを狙いにいってしまうと、僕の背後を狙ってくる上手さもあるので。足元を狙うような姿勢を見せておいて実は裏もケアしているよ、というポジショニングの駆け引きを意識しました。同じタイミングで走り出していくなら、スピードでは負けない、という自信があるので」

 レッズ戦のパフォーマンスがあまりに鮮烈だったがゆえに、今後は対戦チームも「齋藤封じ」を講じてくるはずだ。ドローに終わったアルビレックス戦における矢野のプレーは、MF加藤大と挟み撃ちにする場面などを含めて、他チームに大きなヒントを与えたかもしれない。

エース躍動の裏で突きつけられた課題。チーム一丸で一歩ずつ前へ

 エースは必ず標的にされる。それでもアルビレックス戦では主導権を握り続けたからこそ、作り出したチャンスを確実に仕留めなければいけないとマルティノスは力を込める。

「試合内容だけを見ると、4連勝していてもおかしくない。アントラーズ戦でもチャンスを作り出したなかで、得点できなかったことが課題だった。チャンスがあるときに勝ち切らないと、これからの戦いは難しくなる。決定力の部分をしっかりと向上さえながら、勝ち点につなげていきたい」

 アルビレックス戦ではヴィエイラが2度の決定的なチャンスを逃した。故障から復帰した齋藤も前半36分にカウンターから抜け出して、ハーフウェイライン付近からペナルティーエリア手前まで疾走。相手守備陣を翻弄しながら放った右足からのシュートはしかし、GK大谷幸輝に防がれてしまった。

 ホームで2試合ぶりの勝利を手にすることはできなかった。もっとも、負けたわけではないからと、齋藤は試合後に努めて前を見すえた。

「引かれた相手に対して何度かチャンスを作れたし、途中から入ったケイタ(遠藤渓太)やナオキ(前田直輝)、ショウ君(伊藤翔)も勢いを出してくれた。あとはゴールを取るか取らないかの、ほんのちょっとのところなのでポジティブにとらえたいし、一喜一憂するよりもいまやっているサッカーをしっかり進めていくことが大事だと思う」

 ヴィエイラや伊藤翔、23歳の富樫敬真を含めた前線の選手たちの決定力の向上。齋藤を封じられたときの新たな攻撃パターンの構築。進んでいる方向は間違いない中で、突きつけられた課題をどのように克服していくのかという点に、一気に若返った新生マリノスの浮沈もかかっている。

(取材・文:藤江直人)

text by 藤江直人