近年、政府与党内や一部の野党も含めた永田町界隈で「敵基地攻撃能力」を保有するべきとの意見が盛り上がっている。

 稲田防衛大臣は3月9日の衆院安全保障委員会で、敵地攻撃能力の保有を示唆した。また、3月8日のロイター通信は「(敵基地攻撃能力保有について)自民党は、抑止力が高まるとして今年夏前までに政府への提言を再びまとめる考えだ」と報じている。

 背景にあるのは、ミサイル攻撃力を顕著に高めている北朝鮮の存在である。そして東シナ海で日本を威嚇し、日本を射程圏内に収める弾道ミサイルを大量に配備している中国の脅威もある。「敵基地攻撃能力」の保有を唱える人々はそうした背景を踏まえ、(1)抑止力が向上する、(2)MD(Missile Defense:ミサイル防衛)を配備するよりもコストが安くつく、としている。

 しかし実際には、“現時点での”敵基地攻撃能力は、抑止力を向上させることはないし、コストは安いものではない。

 以下では、敵基地攻撃能力の構築には意味がない4つの大きな理由を見てみよう。

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【理由:その1】米国が敵地攻撃を許さない

 仮に北朝鮮なり中国への敵基地攻撃を実施する必要に迫られたとしよう。そこで日本政府は敵地攻撃を敢行できるのだろうか。結論から言えば無理だろう。

 北朝鮮への攻撃の場合は米中韓が、中国への場合は米国が間違いなく強硬に停止を求めてくるからだ。日本の都合で予期しない全面戦争への引き金を起こされて喜ぶ国はない。

 実際、韓国は2010年3月の天安事件や10月の延坪島事件に際して、米国の圧力によって報復できなかった(延坪島事件では即応の砲撃のみ実施)。ゲーツ元国防長官は回顧録で、韓国側が空爆・砲撃を実施しようとしたが、大統領、国務長官、国防長官、JCS議長が何日間も電話して辞めさせたと述べている。

 要するに日本単独で使用できる状況はほとんどないのである。

【理由:その2】相手の全面攻撃を惹起しかねない 

 エスカレーション管理上の懸念もある。政経中枢地域や軍事施設などへの攻撃は相手の反撃を呼ぶことを忘れてはならない。中国の場合は、たとえOTHレーダーのような施設であっても、本土への攻撃を許したことで間違いなくナショナリズムが沸騰し、指導部は責任問題を恐れるために何百発ものミサイル攻撃や重要施設へのゲリラコマンド攻撃を選択するだろう。

 また、北朝鮮の場合は、ミサイル戦力等が破壊されることによるダメージを軽減するために、もしくは権威の象徴である建造物(日本のわずかな戦力で軍事以外の固定目標を狙うならそこだが)を破壊されたことによる威信の低下を補うために、一気に弾道ミサイル攻撃に踏み切るだろう。その場合、MDでは対応不可能な何十発(下手をすれば百発以上)もの攻撃となり、国民保護体制の整っていない日本としては重大な事態になりかねない。

 この意味でも、やはり敵地攻撃能力は使い方が難しい。

【理由:その3】北朝鮮のミサイル発射機の捕捉は困難

 現在議論に上がっている敵地攻撃能力は航空機による空爆もしくは巡航ミサイルである。だが、これらは着弾まで1〜2時間かかることを忘れてはならない。

 当然、北朝鮮側は各種通信傍受やレーダーで監視しているだろうし、日本各地で監視している工作員などが、爆装したF-2支援戦闘機の発進や巡航ミサイルの発射を報じるであろう。それによって北朝鮮の弾道ミサイル部隊はさっさと移動し、防空壕に退避してしまうだろう。

 北朝鮮のミサイル戦力の大部分は車載式である。そして、彼らは国中で強靭な防空壕を建設している。たとえ防空壕に入らなくても、移動する車両を航空機で射貫くのは難しく、固定目標を前提とする巡航ミサイルでは不可能である。なぜならば、発見から攻撃までの時間がわずか30分だとしても、スカッドミサイル発射機の車両は最大時速60キロメートルなので、30キロメートル移動してしまう。1時間ならば60キロメートル移動してしまうのだ(注)。

 実際、あの米軍ですら、湾岸戦争やイラク戦争で大々的なスカッドミサイル狩りを繰り返し敢行したが、湾岸戦争ではデコイやタンクローリーばかりを破壊するにとどまるか、発射を探知しても攻撃機が間に合わなかったという。イラク戦争では55%の発射機の破壊に成功したが、それでも第一撃の発射を阻止できてない(注)。

 特に北朝鮮は、平地の多いイラクと違って山岳に恵まれている。また、イラク軍と異なり、デコイと防空壕の配備に抜かりなく、GPS妨害等の電子戦能力も高い。そんな北朝鮮の移動式ミサイル発射機を、米軍に比べて質量ともに不十分な航空自衛隊の攻撃力で壊滅させられるだろうか(最新の米国防総省の報告書によれば北朝鮮の弾道ミサイルの移動式発射機は200を超えるとされている)。

(注)高橋杉雄「専守防衛下の敵地攻撃能力をめぐって――弾道ミサイル脅威への1つの対応――」『防衛研究所紀要』第8巻第1号、2005年10月、105〜121ページ。

【理由:その4】莫大なコストがかかる

 何より、敵基地攻撃能力は莫大なコストがかかる。ミサイル防衛よりも安いというのは大きな誤りである。

 一口に「敵基地攻撃能力」と言っても、以下の通り必要なアセットは多岐にわたる。

・偵察衛星の新たな打ち上げ
・対地早期警戒管制機の配備
・グローバルホークのような無人偵察機の増勢
・敵防空網を制圧するSEAD機部隊の配備と人員の教育
・巡航ミサイル部隊の編制
・電子戦機(現状は老朽化したYS-11やC-1改造の訓練機が若干あるのみ)の増勢
・偵察・電子戦機の護衛部隊の編制と訓練
・有人機が墜落した際のパイロット救出のための体制構築

 これらには言うまでもなく高額なコストがかかる。また、これらを揃えたとしても破壊できる発射機はたかが知れている。そもそも、これらが戦力化するのは早くて2030年以降だろうが、その時期に日本の財政はもっているのか。これらの維持費や後年度負担は膨大な額であり、防衛費を2倍にしても追いつかない。北朝鮮という国家自体が存続しているのかという根本的な疑問も拭い去れない。

日本が注力すべき2つの施策とは

 このように考えてみれば、日本の敵基地攻撃能力に実効性がないことは明らかである。では、いかにして北朝鮮などの弾道ミサイル戦力に備えるべきか。MDを単純に強化するというのもすでに限界なのは、指摘としてもっともな面も多い(将来的なレーザー方式は別として)。

 第1に注力すべきは、やはりサイバー戦能力の構築である。

 例えば米国は、リビア空爆に際して敵防空網制圧にサイバー攻撃を検討した(政治的判断で実施はしなかった)。また、イスラエルはイランの核濃縮施設の遠心分離機をスタックスネットで破壊している。

 サイバー戦能力は、優秀なハッカー集団を獲得し組織化することによって構築できる。確かに設備投資や何より人件費は必要だが、100億円以上のF-35を1機増やすよりは費用対効果ははるかに上回る。何よりも北朝鮮軍は上意下達であることを考えれば、ミサイル軍と党指導部間の通信網の切断やサイバー部隊への打撃はきわめて有効であり、それこそ大きな抑止力となるだろう。今や我が国よりも電子ネットワークに大きく依存した作戦展開を行っている中国軍への有効性の高さは言うまでもない。

 第2に注力すべきなのは、日本における国民保護計画の見直しである。現状の国民保護計画は非常にお粗末であり、そもそも訓練もほとんど行われていない。我々はそうした現状を冷静に見つめ、ミサイル防衛や敵基地攻撃の効果の限界を受け止めなければならない。つまり、着弾を前提とした被害極限の施策を充実させる必要があるということである。

 繰り返しになるが、現状で議論されている敵基地攻撃能力は、本当に必要な装備や人への投資を阻害し、その高額な維持費で少ない予算をさらに圧迫する有害無益なものでしかなく、むしろ抑止力を低下させかねない。そろそろ、脊髄反射的に一手先を議論するのではなく、実効性や相手の反応や維持費も含めた二手三手先を読んだ防衛論議に移行すべき時期だろう。

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筆者:部谷 直亮