神野大地インタビュー・前編】


 箱根駅伝から数々のヒーローが飛び出したが、学生時代の輝きがまぶしすぎると、実業団ではどうしても色あせて映ってしまう。だが、この選手の場合はグリーンからブラックへ、新たなユニフォーム姿がすっかり定着したように見えるのは、それだけ活躍した証(あかし)でもある。


ニューイヤー駅伝で最長2区を任された神野 photo by AFLO ルーキーイヤーを終えた神野大地(コニカミノルタ)は、この1年間を振り返り、「自分がやりたかったことの85%は達成できたと思います」と話し始めた。

「1年目に関しては、ハーフと30kmを冬に予定していました。そのなかで、まずはトラックで自己ベストを更新して、駅伝では主要区間を走って、チームに貢献することを目標に掲げていたんです。5000mと1万mは自己ベストが出ましたし、駅伝でも東日本とニューイヤーはともに最長区間を任させていただき、そこでも最低限の走りはできたかなと思っています」

 大学時代の自己ベストは、5000mが14分04秒58で1万mが28分41秒48だったが、卒業直後の4月に5000mを14分02秒49で走ると、5月の1万mでも28分37秒71の自己ベストを出す。さらに7月には、1万mで28分17秒54をマークして、大学時代の記録を20秒以上も短縮した。

 入社前は「自分の力では駅伝メンバーに入るのも難しいんじゃないか」と感じていたものの、実業団駅伝ではエース区間に抜擢される。11月の東日本は2区で区間3位、元日のニューイヤー駅伝は4区で区間7位と結果を残した。

 ルーキーとして十分すぎるほど活躍したが、100%に届かなかった「15%」は、トラックと駅伝の「メインレースで失敗したから」と神野は言う。

「1年の中で最も目標とすべき大会は、トラックなら日本選手権、ロードはニューイヤー駅伝になると思います。日本選手権1万mは『入賞』を目標にしていましたが、15位に終わり、タイム(29分07秒55)もシーズンで一番悪かった。ニューイヤー駅伝も4区を区間3位くらいで走れる力はついたと思っていたんですけど、区間7位ということで、狙うべき大会での結果が薄かったんです。そこがよければ、100%に近い充実感はあったんですけど……」

 悔しい結果となった両レースだが、実はある症状に悩まされていたという。「腹筋の左側がつりそうになったんです。そうなるとベストパフォーマンスは発揮できません。ニューイヤー駅伝は18kmぐらいで症状が出て、終盤ペースを上げることができませんでした。腹痛にならなかったレースはほぼ目標を達成できているので、その対策をトレーナーと考えているところです」と神野は明かした。

 1月22日の都道府県駅伝は最終7区で区間3位。一色恭志、下田裕太ら青学大の後輩たちに競り勝ち、3位でゴールに飛び込んだ。2月5日の丸亀ハーフでは大迫傑(NikeORPJT)に先着して、1時間1分04秒(日本歴代8位タイ)の好タイムで日本人トップに輝いている。

 ここまでほとんど外すことなくきた神野だが、2月19日の青梅マラソン30kmの走りについては納得していない。結果は1時間31分33秒で総合3位(日本人トップ)だった。「30kmを経験して、マラソンの課題をカラダで感じることができました。結果に関しては満足できなかったですけど、今後にはプラスになったと思っています」と話す。

 神野は大学3年生の春には、実業団2年目となる2017年シーズンでの「マラソン挑戦」を決めていたという。そのため、平坦なコースで記録の出やすい熊日30キロロードレースではなく、起伏のある青梅を選んでいた。

「熊日だと、30kmのための30kmレースで終わってしまうのかなと思ったんです。一方、青梅はアップダウンがありますし、自分で引っ張らないといけない場面もある。マラソンに近いペースで進み、なおかつコースがきついので強さが求められます。マラソンのための30kmと考えて、春の段階で青梅に出場することを決めました」

 1〜2月は、ニューイヤー駅伝、都道府県駅伝、丸亀ハーフと3本のレースに出場しており、「30km」に向けたトレーニングはそこまでやっていない。

「ニューイヤー駅伝後の合宿で、30km走と32.195km走を1本ずつやりました。30km以上の練習はこの2本だけです。青梅マラソンは絶対に優勝したいと思っていましたし、大会記録(1時間30分21秒)の更新も狙っていましたが、風が強くて、自分がマークされる感じでレースが進みました。

 自分のリズムでもう少し押し切ることができたらよかったんですけど、途中で集団のペースが落ちてしまって。反対に終盤にスパートをかけられました。それでも、最後の5kmを15分18秒でまとめることができたので、妄想でしかなかったマラソンが、30kmを走ってみて少し見えたような気がします」


マラソンデビューに向け、順調に結果を残し続ける神野 photo by sportiva 社会人になり、確実にステップアップしている神野だが、いまだに箱根駅伝での活躍がクローズアップされることは少なくない。「山の神」と呼ばれることにウンザリしているかと思いきや、神野は「一度も嫌だと思ったことはない」という。

「プレッシャーがないと言えばウソになりますけど、『山の神』ということでいろんな人に注目してもらっている。それを自分は力に変えることができたので、この1年間、成果を上げることができたと思います。ダメなときは、『山だけだったか』と倍の批判を受けるかもしれませんが、いいときは『やっぱり神野はすごい。平地も速いんだ』と倍の評価をされる。いいほうに転ぶように、とにかく自分は努力をするだけだと思って、この1年間取り組んできました。平地でも走れることは証明できたと思うので、心の声をいうと、次に平地で走れなくても、『山だけだった』という評価は控えてもらえると嬉しいなと思っています(笑)」

 柏原竜二(東洋大→富士通)は「山の神」の重圧に苦しんだが、神野は楽しんでいるように見える。そして、最初に「山の神」と呼ばれて、マラソンで現役日本人最速タイムを持つ今井正人(順天堂大→トヨタ自動車九州)の社会人1年目と比べても、神野の充実ぶりは際立っている。

「2017年シーズンはマラソンに挑戦します。結果を出して、『山の神』から『マラソンの神』になれるようにがんばります!」

 はっきりとそう話す神野だが、どのような青写真を描いているのか。マラソン挑戦に向けた、より詳しい話を聞いてみた。
(つづく)

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