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 『カルテット』は今晩遂に最終回を迎える。彼ら4人にもう会えないのだと思うと淋しくてしかたがない。

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 前回放送の9話で、別府(松田龍平)が、もうじき立ち退かなければならないことが確定している別荘の春の光景を、警察に行ってしばらく戻ってこないだろう真紀(松たか子)に向かって「春になったら見ましょうね」と語りかけていた。春になるとリスがやってきて、小さいおにぎりをあげると半分食べて半分持って帰る。雨が降ると雨宿りしながら春の雨を見上げるのだと彼は静かに語りかける。冬の終わり、もうすぐ春になるはずなのに、叶いそうにない彼の夢は、きっとそれを見ることができないだろう私たち視聴者にも、切ない夢として、彼らが嬉しそうな顔をしてリスにおにぎりをそっと差し出す姿を想像させるのだ。

 このドラマは本当に優しい。登場人物たちの不器用さも、つかざるを得なかった嘘も、夢も片思いも、辛すぎる過去も全てそのまま包み込む。穴は穴のままでいい。穴がなかったらドーナツじゃない。そう言って自分たちのありのままを肯定することができた4人は、この先何があっても大丈夫だろう。

 9話は、3人が真紀のことを、真紀が3人のことを一心に思う回だったが、何より際立って見えたのは、松たか子と満島ひかり演じる真紀とすずめの2人の友情だ。

 よく眠り無邪気に笑う天真爛漫な妹キャラだったすずめが、真紀に対して時折強い言い方をするようになったのは、夫(宮藤官九郎)と逃げるために、突然いなくなろうとした真紀をようやく見つけたコンビニの場面からだろう。元は真紀を騙していたすずめは、真紀に救われることで、今度は自分が真紀のために、懸命に強くなろうとする。ウィンドウショッピングとブランコで遊ぶ真紀とすずめの姿は、様々なことを乗り越えた親友であり、姉妹のように見えた。

 すずめが真紀を必死で守ろうとするのは、真紀はすずめに居場所を与えた人間だからだ。そして、真紀とすずめは、共に幼少期に辛い過去を抱えている。2人は自分の居場所を作るために、大きな嘘をつかずにはいられなかった。だから、すずめは真紀の居場所になろうとする。

 コンビニの場面から9話にかけて、すずめが真紀に投げかけた言葉は、これまで真紀がすずめに投げかけた言葉に対応している。7話のコンビニで夫のもとに行こうとする真紀に向かって「こっちだって同じシャンプー使ってる」と投げかけるのは、3話で真紀が「私たち同じシャンプー使ってるじゃないですか、家族じゃないけど、あそこはすずめちゃんの居場所」と語りかけたからだ。9話で小さい頃の話をするすずめが「真紀さんみたいに嘘がない人と出会っていたら」と言って真紀が内心ギクリとするのは、5話ですずめの嘘がばれる直前、真紀が「すずめちゃんなんて、嘘が全然ない人」と言ってすずめが困った顔をする時と同じだ。そして、すずめがどうしても会いたくない父親に会いに行かなければならない時、真紀が「行かなくていい」と止めたように、真紀がどうしても語りたくない「本当の自分」のことを告白しようとすると、すずめが「なんにも言わなくていい」と真紀を止める。

 「真紀さんは奏者でしょ。音楽は戻らないよ、前に進むだけ。好きになった時、人って過去から前に進む。」というすずめの言葉は、人を好きになって「まきまき」になって、結局「さおとめまき」に戻り、これから本名である「やまもとあきこ」に戻らなければならなくなる真紀への究極のエールなのである。名前が巻き戻ったとしても、奏者であり、カルテットのメンバーが大好きな真紀はこれから前に進めるのだと、すずめは渾身の言葉で真紀に伝える。

 最後に違う場所にいる2人が、それぞれ幼い頃の姿を思い浮かべる時、富山の空き地でヴァイオリンを抱えた中学生の真紀が廃船に寄りかかって星を眺める姿と、東京の地下鉄で大きなチェロを背負った小学生のすずめが改札を通る姿が交差する。場所が違っても、2人が同じ時間と同じ思いを共有していたのではないかと考えるだけで、その光景は、別荘のリスの光景と同じように、切ない夢となって胸に迫ってくる。

 このドラマは優しすぎる。完全な悪者が存在しないこの世界では、優しい人が、優しい人を断罪しなければならない時があるからだ。奏者であり続けるために「余命9ヶ月」という大きな嘘をついたベンジャミン瀧田(イッセー尾形)を、真紀は自分たちが演奏するために告発しなければならなかった。真紀の母親(坂本美雨)を殺したのは、自動車でも電車でもなく、生まれてくる弟に会うために急いでいた12歳の少年の自転車だった。その優しさの代償で、真紀はヴァイオリン教室に通い、奏者になった。真紀の人生は、考えれば考えるほど辛い。

 最終回。静かにそっと、見守りたい。(藤原奈緒)