キヤノンの上海ショールーム


 “サトーカメラ流”店づくりが中国で大きな成果をあげた。威力が炸裂したと言ってもいいかもしれない。

 上海の中心市街地に、高級ブランドショップが立ち並ぶ「淮海中路」という通りがある。日本で言えば銀座の目抜き通りに相当するその通りで、ガラス張りのキヤノンのショールームがひときわ大きな存在感を放っている。

 土曜日の昼過ぎに訪れたショールームは、大勢の中国人客でにぎわっていた。

 店内のテーブルでは、スタッフと客がカメラの使い方、写真の撮り方などについて熱心に話し込んでいる。カメラを手にして丁寧に説明するスタッフ、話を聞きながら質問を浴びせる客・・・。店の奥で開かれている写真教室は、立ち見客が出る盛況ぶりだ。集まった客はみんな肩からカメラバッグをぶら下げている。写真教室のあとは、そのまま外に出て野外撮影会に向かうのだ。

 スタッフと客の距離の近さ、密度の濃いコミュニケーションが醸し出す店内の熱気は、まさに宇都宮のサトーカメラを彷彿させるものがあった。

ショールームでは複数のテーブルでスタッフと客がカメラ談義をしていた


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モデルはサトーカメラ宇都宮本店

 2016年春からキヤノンの上海ショールームで、サトーカメラが店舗運営と接客のコンサルティング、指導を行っている。

 サトーカメラは栃木県宇都宮市に本社を構え、県内で約20店舗を展開するカメラ販売チェーンである。北関東では20年近くにわたって一眼レフカメラ販売でトップシェアの座を堅持しており、その販売力は他の追随を許さない。

(参考・関連記事)
「喧嘩上等のカメラ店が「ど素人」に教わった商売の極意」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/29764

 キヤノンの中国法人、キヤノン中国にもサトーカメラの名前は知れわたっていた。キヤノン中国の役員が実際に宇都宮の店舗を視察に訪れ、独自の店づくりと接客に感嘆したという。

 サトーカメラの実力を高く評価したキヤノン中国は、上海ショールームの運営にサトーカメラ流を取り入れる。まず2015年3月にショールームをリニューアルする際、サトーカメラの宇都宮本店をモデルに店内を設計した。

 それまではどちらかというとカメラの上級者向けの店構えで、“素人”は入りにくく、居づらい雰囲気があったという。それを、カウンターの位置を変えるなど店員と客の距離を近くすることで、誰もが足を運べるような温かみのある店につくり替えた。

 だが、なかなか売り上げが増えない。ハードは変えても、接客などのソフト面が伴っていなかったからだ。そこで、キヤノン中国はサトーカメラに「現場で指導をお願いできないか」と依頼する。こうして2016年春からサトーカメラの社員が上海ショールームに出向き、直接、販売方法や接客の指導をすることになった。

 その効果は絶大だった。サトーカメラが現場指導に入ったことで売上は倍増した。キヤノンは中国での成功を受けて、インドでの販売においてもサトーカメラ流の導入を検討している。

 キヤノン上海ショールームでサトーカメラはどのような“改善”を行ったのか。サトーカメラの中国法人、佐藤商貿の2名の副総経理、陳彭齢氏と佐藤勇士氏に話を聞いた。

接客でプリント販売を強化

──サトーカメラはキヤノン上海ショールームで何を担当したのですか。

佐藤勇士氏(以下、敬称略) オペレーションの改善から実際の接客の指導、スタッフ育成までを行いました。

──それによって売上はどれくらい増えましたか?

佐藤 月の売上が約2倍になりました。

──目を見張る成果ですね。カメラの売り上げが増えたのでしょうか。

佐藤 カメラ、レンズはもちろん、プリントの売り上げが伸びました。お客さんの携帯やスマホとかカメラの中のデータをプリントしてもらうんです。

 これは日本も同様ですが、中国ではスマホやカメラの中の写真をプリントする人はごく少数です。カメラメーカーも「プリントしましょう」という宣伝はしていません。そこで、接客を通してお客さんにプリントの楽しさを教えてあげることで、プリント販売を強化していきました。写真をプリントしてみると、その楽しさに気づくし、もっといいカメラが欲しくなります。

佐藤商貿の陳彭齢氏(左)と佐藤勇士氏(右)


どんな写真を撮っているのか聞いてみる

──ショールームのスタッフはみんな現地の中国人ですね。接客の方法は具体的にどう変えたのですか。

陳彭齢氏(以下、敬称略) それまで接客はあってないようなものでした。お客さんから言われたままに商品を渡すだけ。あとは値段の交渉をするだけです。お客さんの困っていることは何か、お客さんはどんな写真が撮りたいのかなど、スタッフが考えることはありませんでした。

 それではお客さんに本当に合っているカメラを買ってもらうことができません。買ったカメラは使い勝手が悪いかもしれないし、もしかしたら必要以上にハイスペックのカメラを買ってしまっているかもしれない。

 だからスタッフに最初に教えたのは、まずお客さんが撮った写真を見ましょう、どういう写真を撮っているか聞いてみましょう、ということでした。話を聞いてあげることが接客の第一歩になります。

──お客さんの情報収集をするのですね。それは中国人のお客さんにとっては新鮮なんでしょうね。

 そうですね。なぜそんなに私の話を聞いてくれるの、なぜそんなに教えてくれるの、と驚かれることがあります。中国でそういう接客がないわけではないけど、やはり少ないですね。

対等に接したらスタッフはびっくりしていた

──スタッフはそういう接客方法を受け入れてくれましたか。

 最初はスタッフの意識を変えるのはなかなか大変でした。研修で、商品の説明だけでなく、お客さんのことを考える心構えの大切さを教えるようにしたら、だんだん分かってくれるようになりました。

佐藤 そして、実際に店頭に立って、こうやって売るんだよと売ってみせてあげるんです。陳が接客すると、圧倒的に売れますから。効果がはっきりと目に見えるので、みんなついてきます(編集部注:陳氏は日本で店長を務めていた)。

──スタッフの教育にあたって心がけたことはありますか。

佐藤 スタッフにとってのメリットをきちんと説明することです。こちらがプリントを売ろうといっても、彼らは単価が小さいプリントは売りたがらない。高いカメラやレンズが売れれば、それでいいわけです。

 そこで、「お客さんがこれだけプリントしてくれると、これだけ儲かりますよね」「それがリピーターにつながって結果的に売り上げが増えますよね」「売上が増えたら、あなたのインセンティブも増えますよね」と、相手にとっていかにメリットがあるかを具体的に説明しました。

──理詰めでいくわけですね。

佐藤 また、スタッフに上から命令するのではなく対等に接するようにしました。

 中国は基本的にタテ社会なので上からの命令は絶対です。現場に権限はありません。黙って上の言うことを聞くだけです。だから中国の店員はみんなうつむいて仕事をしています。

 僕らはそこに横から入っていき、対等に話をしました。あなたの売上をあげるために我々も頑張ります、一緒に頑張りましょう、というスタンスで接したんです。最初はみんなびっくりしていましたが、それによって見違えるほどモチベーションが高くなり、結果が出るようになりました。

どこの国でも結局は「人対人」

──サトーカメラはキヤノン・インディア(キヤノンのインド法人)のサポートもするそうですね。インドでは何をするのですか。

佐藤 まず、ニューデリーでイベントを行います。ショッピングセンターのイベント会場などで、カメラやプリンターをお客さんに実際に触ってもらいながら販売するイベントです。イベント自体は電通が計画して、中身の運営や接客を僕たちが行います。

──中国のように販売店に入って指導することはしないのですか。

佐藤 それはまだ先でいいと考えています。中国でのカメラ販売はピークを過ぎましたが、インドのカメラ市場はまだまだ成長している段階です。まずは写真の楽しさや写真文化の奥深さをお客さんに知ってもらうための啓蒙活動をしようということです。

──中国からインドへとサトーカメラ流がどんどんアジアに広がりますね。

佐藤 中国に来る前は、中国の客は値段しか考えないと聞いていました。でも実際にこちらで売ってみると全然違っていました。

 ショールームの近所には地元のカメラ屋があってキヤノンのカメラを安く売っています。ネット通販ならばもっと安い値段です。一方、ショールームは定価に近い値段で売っています。それなのに「ここで使い方を教えてもらったほうがいい」「あなたは信頼できるからあなたから買うよ」と言って、わざわざショールームに来てくれるんです。

 自分の悩みを聞いてもらって、親身になって解決してくれたら、やはり嬉しいんですよ。結局は「人対人」なんですよね。実際に来てみて、日本も中国も一緒なんだということが分かりました。サトーカメラ流を、もっともっとアジアに広げていきたいと思います。

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筆者:鶴岡 弘之