インド南部バンガロールのInfosys本社。


 IoTというと、ドイツやアメリカなど先進国の動向が取り上げられることが多い。しかし、近年のIoTブームでは、インドに関心を持つ日本企業も少なくない。今年2月には、日本のIoT推進コンソーシアムと、インド・ソフトウエア・サービス協会(NASSCOM)の間でIoT分野における協力の覚書が結ばれ、両国の協業余地にも期待が高まっている。

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圧倒的なデジタルパワー

 なぜ、インド×IoTが注目を浴びるのか? 理由として、インドの(1)ITコスト競争力、(2)優秀なIT人材、(3)豊かなIT人材プール、の3つがある。

 コスト競争力の点では、他のアジア諸国を圧倒する安い人件費と、低いオフィスインフラ費用を挙げられる。人材の質の面では、名門インド工科大学をはじめ、毎年200万人近い優秀なエンジニアリング人材が、高度な英話力や積極的な対人コミュニケーション力、貪欲な成長志向を持って労働市場に供給される。加えて人材の量を見ると、インドIT産業には毎年約370万人が就職し、その数は中国の1.7倍以上、フィリピンの3倍以上にも相当する。

 これらを背景に、インドのIT産業は著しく成長。“デジタルパワー”を高めてきた。中でも“BIG4”と呼ばれるITジャイアント(TCS社、HCL社、Wipro社、Infosys社)は、事業の多角化と高付加価値化を積極的に推し進めている。加えて、新興企業の勃興も見逃せず、年間約50億米ドル(約5740億円)にも達するインドスタートアップへの投資のうち、IT関連企業が占める割合は高い。

 競争力の高い圧倒的なデジタルパワーを背景に、インドはIoTにおける“Enabler(=IoTを実現するツール提供者)”としての役割が期待され、注目を集めているわけだ。

フルーガルエンジニアリングとデータアナリティクス

 ”IoT Enabler”として、インドはどのような価値を提供できるのか? 鍵を握るのは、「フルーガルエンジニアリング(倹約志向の設計開発)」と「データアナリティクス」のノウハウだ。

(1)フルーガルエンジニアリングにおけるノウハウ蓄積

 “廉価なものづくり”の領域でインドの能力を鍛えてきたのは、欧米企業であった。欧米系の製造業企業は10年以上前から、製品開発の一部工程をインドのエンジニアリング会社にアウトソースし、開発コストの低コスト化を実現してきた。結果として、インドのエンジニアリング会社はものづくりの領域で「フルーガルエンジニアリング力」を鍛え、ノウハウを蓄えている。

 例えば、自動車業界の製品開発に目を向けると、ボディ開発などにおける詳細設計や作図、CAE、競合分析などをインドのエンジニアリング会社に委託することは、リソーセス効率化の策として常識的に実施されている。

 結果として、TCSやWiproなどのIT派生型のエンジニアリング会社や、KPITやTATA Elxsiなどの作業支援ツールや業界特化型の会社が存在感を高め、彼らはものづくりの工程に深く巻き込まれることで、メカトロニクスの知識や経験を蓄積。IoTのコンテクストでも価値を発揮する基礎体力をつけてきた。

(2) データアナリティクス

 さらに近年は、データアナリティクスの領域で強みを発揮し、インド発の高付加価値サービスを提供する事例も増えている。例えば、”DO THE MATH”をスローガンとして掲げるMu Sigma社や、Fractal Analytics社は、マーケティングやサプライチェーン領域でのビッグデータ解析を武器にサービスを提供。事業を急拡大させている。また、データ分析の前段階となるデータクレンジング(データ表記などの調整)を行う企業も増えており、インドは収集データからの付加価値抽出の工程に幅広く関わっている。

 収集データのクレンジングと分析は、IoT時代の鍵である。同領域におけるインドの強みは、今後益々脚光を浴びるはずだ。

インドをテコにしたデジタルツール開発

 歴史的に、欧米企業はインドのITリソーセスのレバレッジに長けており、IoTの脈絡でもインドをバリューチェーンに上手く組み込んできた。

 例を挙げると、IoTの代表的プラットフォームであるGEのPredixには、TCS社がアプリケーション開発やデータ分析で参画している。Industry4.0を推進するシーメンスは、3500人近くのR&Dリソーセスをインドに抱え、開発体制を整備。アマゾンは、顧客嗜好別おすすめ機能向けのデータ分析やアルゴリズム開発をインドで一部実施している。彼らはデジタルツール開発の重要拠点としてインドを位置づけ、IoT Enablerとしての力を活用してきた。

 一方のインド地場企業も、自らソリューション提供者となるべく、付加価値向上に余念が無い。TCS社は、金融大手のCitiグループの一部バックオフィス部門を買収。顧客の業務プロセスを深く理解することで、ソリューションプロバイダーとしての能力を高めようとしている。

 欧米企業が”IoT Enabler”としてインドを積極活用する一方、インド地場企業は自ら顧客接点を深掘ることで、来るべきIoT時代に向けて切磋琢磨している。

IoTブームを機に、インドへのマインドシェアを高める

 対する日本企業は、インド活用の点では周回遅れの様相だ。インドIT企業の輸出サービス売上内訳を見ると、日本向けは1%程度。そもそも、インド事業そのもので収益化に苦労しているケースも多い。

 背景には「文化や言語面での壁」「政治や経済、社会面でのリスクやボラティリティ(変動の大きさ)」「地理的距離感」「品質面での妥協の壁」などがあり、結果としての「インド事業の優先度の低さ(=本社のインドに対するマインドシェアの低さ)」がある。商慣習が異なり、交渉もタフなインド企業を英語でハンドリングするのは容易ではなく、そこに本気になれるほど、インド活用・インド事業にリソースを避けないケースが多い。

 しかし、上述したグローバルでのトレンドと、中長期のインド経済の成長余地を考えると、インドを無視するのはあまりに大きいリスクだ。本来ならば、組織のエース級人材がインド事業、インド活用を強力に推進し、本社におけるインドのマインドシェアを高めていく必要がある。

 先進的な事例も出てきた。三菱重工業と日立製作所は、人工知能(AI)を活用する石炭火力発電所の運転制御システム開発にあたり、タタグループと提携。TCS社と共同開発を進める活気的な取り組みを実施している。

 本来、先端技術開発やハードに強い日本と、ソフトに強いインドは相性が良い。IoTを経営に織り込む手法を検討する中で、インドのデジタルパワー活用を真剣に検討し、「事業のR&D」の視点を持って、インドの活用案を練るのはいかがだろうか。

 IoTブームを通し、日本企業におけるインドのマインドシェアが少しでも高まることを願いたい。

筆者:松原 正尚