キャメロン・グレイブス『Planetary Prince』

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 ロバート・グラスパー『Black Radio』のリリースが2012年だから、それから5年の歳月が流れた。その頃は尋常じゃない演奏能力を持ったジャズミュージシャンたちがジャズのパブリックイメージでもある即興演奏に特化せずに、音楽を作ることで、ヒップホップやインディーロックを意識した新しいポップミュージックを生み出していたのが印象的だった。だが、それから5年経って、状況は大きく変わった。そのロバート・グラスパーがRobert Glasper Experiment名義で2016年にリリースした『ArtScience』は80年代的リバイバル的な表層を纏いながら、その実は自分たちの演奏能力を抑えずにジャズミュージシャンらしいソロやインタープレイを絶妙に織り込んだ新たなサウンドだった。そういえば、ここ最近は、その即興演奏を発動させながらも、既存のジャズリスナー以外にもアピールしている作品が増えている。その発端は、グラミー賞を受賞したSnarky Puppyだったり、近年大きな話題になったカマシ・ワシントン『The Epic』だったりもするのかもしれない。

 例えば、カマシ・ワシントンも所属するLAのコレクティブの「ウエスト・コースト・ゲット・ダウン」のメンバーたちはそんな状況を反映した作品を立て続けにリリースしている。鍵盤奏者のキャメロン・グレイブスはストレートアヘッドなジャズもリリースしている<マック・アヴェニュー>から新作『Planetary Prince』 を発表した。カマシをはじめ、Thundercat、ロナルド・ブルーナー・ジュニア、ライアン・ポーターが集結した本作は、カマシたちがやっていたようなホットな即興演奏を軸にしながら、キャメロン・グレイブスの音楽性が絶妙に反映されている。もともとYoung Jazz GiantsやThe Next Stepなど、若き日のカマシやThundercatが結成していたジャズグループにも所属していて、『The Epic』にも参加したキャメロンはマッコイ・タイナーなどを敬愛するジャズピアニストだが、それと同時にプログレッシブ・メタルを愛聴している変わり種。例えば、ティグラン・ハマシアンやアリ・ホーニグなどジャズミュージシャンにもファンが多いスウェーデンの変拍子メタルバンドのMeshuggahの大ファンだという。そんな志向が反映された楽曲がキャメロンの持ち味で、「El Diablo」などを聴くとプログレッシブ・メタル経由のジャズを聴くことが出来るが、これが意外とファンキーでライブで聴いたら踊りだしたくなるような極上のグルーヴミュージックにもなっている。

 そして、キャメロンの作品にも参加しているドラマーのロナルド・ブルーナー・ジュニアの新作『Triumph』 がこれまた強烈だ。ロナルドの特徴はドラマーとしての圧倒的なフィジカルの力。彼のライブを生で見たことがある人にはわかるかもしれないが、まずパワーがすごく一打一打が重い。ハイハットを連打するときは、金属が悲鳴を上げているような音がする。そのパワーを持ちつつも、スピードも尋常ではない。とにかく早くて、おそらく現役のジャズドラマーの中では最速のドラミングを見せると言ってもいい。つまり早くて重い。その上、ジャズから、スタンリー・クラークやジョージ・デュークのようなフュージョンの巨匠、更にはFlying Lotusの作品、そして、ハードコアバンドのSuicidal Tendenciesまでをもやってしまう器用さも併せ持つ。ハッキリ言ってバケモノな彼の作品ではそのドラミングを全力で発動していて、そこにバンドメンバーがついていくような演奏者のテクニックを誇示しまくりの超絶的な演奏が入っているにもかかわらず、曲調はポップで、ロナルドのボーカルも素晴らしくて、なぜだかさらっと聴けてしまう怪盤。

 その流れでもう一枚紹介するとすれば、カマシ・ワシントンのバンドのベーシスト、マイルス・モーズリーの『Uprising』 。彼の特徴は、エレキベースを弾き倒すThundercatに対抗してか、楽器はアップライトベースを弾く。その代わり、彼のアップライトベースはエフェクター繋ぎまくり、しかも、ボリュームペダルなどを駆使して、エレクトリック・ベース以上に重く激しい音色を奏でる。元々グランジが好きだったという彼は、NirvanaやSoundgarden的なエレキギターの音色をベースで表現するために、エフェクターを駆使し、更にそれを弓で弾くことで、エッジの効いたノイジーなサウンドを奏でることに成功している。そのプレイはカマシ・ワシントンのライブでも最大の魅せ場のひとつになっているほど。そして、楽曲はというと、Soundgardenのクリス・コーネルから、ローリン・ヒル、Gnarls Barkleyまで幅広いサポート経験をもち、特に音楽監督をも務めるだけあって、ジャズだけでなく、ロック、ファンクやネオソウルなど、多彩な音楽性の中に、ブランドン・コールマンのキーボードと、キャメロン・グレイブスのピアノを並走させたり、そこにクワイアやストリングスを織り込んだりとアレンジャーとしても実に魅力的。とはいえ、最大の聴きどころはマイルスの圧巻のベースソロだろう。

 この流れで紹介したいのが、Kneebody『Anti-Hero』。カマシ・ワシントンの人脈ではないけど、LAを代表するバンドのひとつで、前作をプロデューサーのDaedelusとのコラボで<ブレインフィーダー>から『Kneedelus』としてリリースしているような個性派でもある。今やUSを代表するサックス奏者でもあるベン・ウェンデル、De La Soulの復活作『And The Anonymous Nobody…』にも起用されたカーヴェー・ラステガー、そして、ベーシストとしてもドラマーとしても活動しつつ、更にエンジニアとしてもダニー・マッキャスリンやティグラン・ハマシアンの作品にも関わる現代ジャズシーン最大の謎にして鬼才ネイト・ウッドなど、敏腕揃いのバンドだが、その活動は2001年からと長い。バンドとしてのコンビネーションやコンセプトの共有具合はもはや異次元で、どこまでが即興でどこまでが楽曲なのかもわからない。敏腕たちが自身の楽器を最大限にコントロールすることで、エレクトリックなサウンドとアコースティックなサウンドとの境界線どころか、時に各楽器の境界線までもが曖昧になる瞬間さえ生み出してしまう、そのテクスチャーへのこだわりも驚きに満ちている。

 そして、最後に一つ加えておくとしたら、黒田卓也など日本人のミュージシャンにより結成されたMEGAPTERASの『フル・スロットル』だ。2016年にリリースされた黒田卓也『ジグザガー』も即興要素を大幅に増やし、黒田のトランぺッターとしての魅力が全快になった傑作だったが、このMEGAPTERASもまた彼らの即興演奏の魅力に満ちている。その音の厚みやテクスチャーなどが素晴らしく、ジャズのアルバムにありがちな薄さや細さを全く感じさせないのは、NYで録音し、鍵盤奏者のジェシー・フィッシャーがミックスしたというこだわりゆえか。そして、ドラムにかけた大胆なディレイなどもツボを押さえた鳴りで、しかもそれが作曲やアレンジに絶妙に組み込まれていて、更にそこに各メンバーの緊張感のある即興演奏も堪能できるという意味で、こういう作品を待っていたリスナーは多いのではないだろうか。そして、今や国内のジャズシーンのみならず、音楽シーンで注目を集める鍵盤奏者の宮川純の技術やセンスが最大限に発揮されたレコーディング作品としても聴くべきかもしれない。「BOJO」での彼のソロは一聴の価値はある。

 ここで紹介したものはすべて、ジャズミュージシャンの即興演奏が発揮された作品でありながら、それぞれにジャンルの境界領域にも踏み込んでいて、ジャズを聴く耳以外にこそ引っかかる音楽性を持っている。にもかかわらず、ジャズのリスナーを満足させるだけでの強力な演奏をも同時に聴くことが出来る。おそらく、このような流れは今後も続き、更なる刺激的な作品が生まれるだろう。(柳樂光隆)