「東日本大震災で、実家が流され、両親も職を失い、もうバレーをあきらめようと思ったこともありました。今日の優勝で、あの時にお世話になった方々へ、少しは恩返しができたのではないかと思います」

 V・プレミアリーグで8年ぶり3度目の優勝を決めた東レアローズの司令塔、藤井直伸はそう言って胸を張った。6年前は大学生だったが、大学の理事長の厚意で学費を免除してもらい、バレーを続けることができた。トス回しは助っ人外国人にも頼りながら、ミドルを多用する独特のもの。昨季はそのトスを分析され、ファイナル3のフルセットの場面で6連続ブロックを食らい、3位にとどまった。今季はジョルジェフ・ニコラとミドルをうまく使い分けて、レギュラーラウンドもファイナル6も1位で通過した。



東レの優勝に大きく貢献したセッター藤井直伸「今季この優勝があったのは、各選手・スタッフがそれぞれの役割を全うしたことが一番ですが、なかでも、藤井と米山(裕太)の成長と活躍がもっとも大きな要因だったと言えるでしょう」

 小林敦監督も藤井の功績を称えた。

 前日のグランドファイナル1戦目をストレートで勝利したあと、東レは「今日は負けたつもりで明日の試合に臨もう」と決めたという。今季から導入されたゴールデンセット方式では、連日で試合を行ない、セット率、得点率にかかわらず1勝1敗になった場合は25点制の「ゴールデンセット」で勝負が決まる。

 先週行なわれたファイナル3では、土曜日、ジェイテクトが先勝したが、日曜日は豊田合成が勝ってタイに持ち込み、その勢いでゴールデンセットも取って、ファイナルの舞台に上がってきた。

「何しろ初めてのことなので、何を参考にしたらいいのかわからない。なので、先週のファイナル3を参考にして、1日目に勝っても、とにかく2日目は『昨日は負けたんだという気持ちで臨もう』と選手たちをコートに送り出しました」という小林監督。

 1セット目は東レ、2セット目は豊田合成。3セット目も東レが取り、豊田合成は追い詰められたが、4セット目はエースのイゴール・オムルツェンのサーブが好調で、6点のリードをつけて中盤に入った。このままフルセットに入り、先週同様ゴールデンセットにもつれるのかと思ったところ、米山がブロックでイゴールを止めた。さらに、今季東レの最大の売りである「攻めるサーブ」で徐々に追い上げを図り、19-19で並ぶと、そのままセットをものにして東レが勝利。最後もミドルブロッカー富松崇彰のクイックで、藤井らしいトス回しだった。

 その富松は「藤井はサーブレシーブが崩れても、どこからでもミドルに上げてくるので、サボらずに助走に入っていれば、決めることができる。藤井に活かされていると思っています」とコメント。分析されて、短いトスの時はブロックにつかれやすくなっていたので、トスを高めに修正したという藤井。全日本への意欲について聞いてみると、「バレーボールをやっているからには、ナショナルチームでやりたいという気持ちはもちろん持っています。今度の優勝で自信はつきました。もし選ばれたら、全力でやりたいと思います」と目を輝かせた。


 全日本の現在の正セッターは深津英臣(パナソニック)だが、深津はミドルブロッカーへのトスの供給が少ないので、藤井が全日本入りすれば、カラーの違った司令塔で、試合の流れも変わるだろうし、お互い刺激にもなると思われる。

 また、富松の「サーブが突出していい、うちと合成さんが決勝に残った。これで、今のバレーボールが、サーブとサーブレシーブが大事だということが証明されたと思う」という言葉に重みを感じた。対角のミドル、李博も賛同する。

「今季は前年度の3倍くらいの時間をかけてサーブの練習をしました。サーブが強化されると、それを受けるレセプション(サーブレシーブ)の方も自然と強化されます。点差が離されても、サーブで攻めれば、全然追いつけるという自信を持ってやることができた」

 小林監督は就任5年目。自身が主将の時とコーチの時にそれぞれ優勝を経験している。サーブの強化には就任時から取り組んでいたが、なかなか思うようにいかず、「入れていけ」という指示に変えたこともあった。だが、2年前の天皇杯開催中に発覚した所属選手の窃盗事件で、天皇杯は辞退。チームは低迷し、入れ替え戦に回った。

「今だから言えるけれども、あのことがあったからこそ、少しずつ変えればいいんじゃなくて、全く新しくしようと覚悟を決められました。とはいっても選手は変えられませんから、コンセプトを変えた。サーブを強化するブレイク(サーブ権があるときに得点する)型のチームにしました。去年の3位がホップ、今年の天皇杯がステップ、そしてこのリーグ優勝がジャンプだった」


 ヒーローインタビューでは、「苦しい場面も多々ありましたが……」と言うと、そのまま言葉に詰まり、目を潤ませた。

「全日本が(外国と)戦うときに呪文のように『高さとパワーにやられた』ということが言われますが、それを払拭したかった」

 小林監督は195cmで決して大型とは言えない助っ人外国人ジョルジェフを起用し、ミドルを多用する戦術で結果を残した。「ただ、(208cmで、豊田合成の総得点の半数以上をたたき出す)イゴールがいればラクだな、とは思います」と報道陣を笑わせて去って行った。

 昨年のオリンピック最終予選では、東レから米山と富松が全日本に選出されていたが、藤井や李なども新戦力になり得るところを見せた。さらに、チームとして日本が”世界”を相手にする際のヒントを提示したファイナルだったといえるだろう。

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