『騎士団長殺し』は村上春樹秘宝館だ。
発売されて、もうすぐ一ヶ月がたつ。
書店ではカウントダウンイベントも開かれ、初版と事前増刷を併せて130万部も出し、脱線事故の影響で北海道では発売が一日遅れることがニュースになり、と話題はことかかない。


総集編だと言われたり、セルフパロディっぽいっと言われたり、なんだったんだと怒る人もいれば、期待通り、新境地という人もいる。
賛否両論である。
どんな物語なんだ? さっぱり判らないではないか。
とお嘆きのみなさん。
『騎士団長殺し』は「村上春樹秘宝館だ」という補助線を引くとバッチリと落ち着く。
変珍で、ごった煮で、おっぱいで、訳の分からなさも突破しエロ満載なのだ。

そもそも装幀が「秘宝館ですよ」っていうメッセージをビンビンに示している。
サブタイトルが、袋文字でドロップシャドウで下線!
デザインの先生がやっちゃダメっていう3大ギミックを全部使ってしまうダサさ。
帯の下の「K i l l i n g C o m m e n d a t o r e」の字詰めの間の抜けよう。

もちろんこれらは秘宝館っぽさを出したいがゆえの「ちょいダサ戦略」でしょう。
ちょいダサ・ギークファッションが逆にカッコイイとか、シーパンク的なのとか、そういうの。

「村上春樹の『騎士団長殺し』をネタバレ全開で語り尽くす会」(米光一成×鴻巣友季子)というトークイベントをやるので、読み返しているが、
いつもの村上春樹作品に較べて変珍なエロが多め、「エロと怪異ときどきごはん」の連続なのだ。

始まってすぐ17ページ、
“妻と別れてその谷間に住んでいる八ヶ月ほどのあいだに、私は二人の女性と肉体関係を持った。どちらも人妻だった。”
と不倫を宣誓する突っ走り具合も爽快だ。
“どちらも私が教えていた絵画教室の生徒だった”。
しかも人妻で生徒。
さらに、“私は機会をつかまえて、彼女たちに声をかけて誘い”。
“彼女たちと肉体関係を持つことは、道路でたまたますれ違った人に時刻を尋ねるのと同じくらい普通のことに思えたのだ”。
と、酷い男である。
女性は怒っていいのではないか。
入っていきなり、でっかいチンポの像が置いてある感じ。

今回、いつにもまして、主人公が、ダメ男だ。
重ねられるモチーフのひとつが「ドン・ジョバンニ」だから、当然かもしれない。

「ドン・ジョバンニ」はモーツァルトのオペラ。
自称「愛の運び手」女たらしの貴族ドン・ジョバンニが主人公だ。
騎士団長の娘ドンナ・アンナの部屋に忍び込むが、見つかり、駆けつけた騎士団長(父)を殺してしまう。
女たらしだし、お父さん殺しだし、まあ、悪いヤツなんである。

もうひとつ重ねられるモチーフが上田秋成「春雨物語」の「二世の縁」だ。
禅定の姿で生きたまま葬られた僧を掘り起こしてしまい、しかもその干からびた僧は生きており、
生き返ってしまい、ゾンビのようにぬーぼーとして、仏の教えもろくなもんじゃねぇなと周囲に思わせ、
寺のお布施はもうやめてあちこち遊び回って楽しく生きる。
浅ましく生き残った入定の定助(そう呼ばれるようになるのだ)は、まあ言われた仕事はできるんでせっせとやるが、
妻になった女に、「何でまた、こんな甲斐性なしの男と再婚なんぞしてしまったのだろう」と愚痴られる。
っていうまあトンデモない馬鹿話なのである。

そういうわけもあって、今回は、女たらしでダメな男が主人公で、さまざまなエロシーンが多発する。
(おっと、物語全体のネタバレはしないが、エロシーンはガンガン紹介していくので、まったく知らずに読みたい人は、ここまで!)

まず最初の女は、二十代後半。
“黒目の大きな女性だった。乳房は小さく、腰は細かった。”

次は、四十一歳の人妻。赤いミニ・クーパーの女だ(今作、車種がキャラ立ちに使われる)。

二人目の女とのベッドシーンが繰り返し描かれる。
(一人目の女は、わりと忘れられてる感じ)
人妻とのエッチなシーンを絵に描いて(主人公は画家だ)、人妻の顔を赤らめさせたりする。

テレフォンセックスのシーンもある。
この会話が村上春樹のセルフパロディみたいですごい。
引用しよう。
“「どう、十分硬くなったかしら?」と彼女は尋ねた。
「金槌みたいに」と私は言った。
「釘だって打てる?」
「もちろん」”
打てるかーい!とツッコミ待ちの文章だろう。
さらに、こう続く。
“世の中には釘を打つべき金槌があり、金槌に打たれるべき釘がある、と言ったのは誰だったろう? ニーチェだったか、ショーペンハウエルだったか、あるいはそんなこと誰も言ってないかもしれない”。
言ってないわーい。

突然やってきた恋人に、オフィスのソファでいきなりやられる(精子収集が目的か!)シーンもあり。
レストランで飯食ってたら「知り合いのような顔をして」とやってきた女と、そのまま行きずりでってシーンもあり。
「私を打って」「ねえ、私の首を少し絞めてくれない」白い紐を取り出してSMもあり。
完璧すぎたセックスもあり。

ベッドシーンではないが、十三歳の少女の肖像画を描きながら、おっぱいとおちんちんトークをするシーンもある。

さらに、少女は、肖像画を描いてもらいながら、こう言う。
“わたしは先生の中に入り込みたい。わたしの絵を描いているときの先生の中に”
もちろん、この後に、先生の目からわたしを見たら、わたしはわたしのことをもっと深く理解できるかも、ということを言うのだが。
全体がエロく秘宝館なので、肖像画を描くシーンもエロティックな妄想が炸裂してしまう。

と、エロ妄想全開になるのは、読者だけじゃなく、主人公も、である。
石塚の下から現れた穴を、絵に描いているうちに、穴が女性器に、ススキの茂みは陰毛に見えてくる。
中学生か。

そして、本作のクライマックスが、怒涛の激しい夢精である。

村上春樹の小説を、「やれやれ」とか言ってる孤独な青年が主人公のオシャレな恋愛小説だといまだに思ってる人がいたら、大間違いだ。
傑作というのは、いろんな角度から読み取ることができる。
『騎士団長殺し』は、めくるめく性とワンダー村上秘宝館として読むこともできるし、創作をめぐる冒険譚としても読めるし、長い怪異譚としても読めるし、恋愛と幻想で奔走するコメディ(イデアくんとメタファーくん!)にも読めるし、物語は(いや人生は)こうあらねばならないという因果律の罠から逃走する話にも読める。
ようこそ、村上春樹秘宝館へ。

【関連本等、紹介】
『村上春樹『騎士団長殺し』メッタ斬り!』大森望×豊崎由美 2017/4/17発売。
『フィガロの結婚─魔笛/ドン・ジョバンニ/セビリアの理髪師』里中満智子のマンガ名作オペラシリーズ。
『ドン・ジョヴァンニ』福山庸冶が、日本を舞台に描くドン・ジョヴァンニ。
『春雨物語』「二世の縁」を含む一〇の短編集。現代語訳つき。
トークイベント「本当の翻訳の話をしよう」村上春樹×柴田元幸で、『村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事』刊行記念トークイベント。
「村上春樹の『騎士団長殺し』をネタバレ全開で語り尽くす会」米光一成×鴻巣友季子で、04/02下北沢B&Bのトークイベント。「秘宝館だ」以外のことも喋るよ。
(米光一成)