スタッフへの心配りを欠かさない イラスト/佐野文二郎

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 22年前(1995年)の3月20日、午前8時頃に発生した「地下鉄サリン事件」。オウム真理教がサリンを使用して起こしたこのバイオテロは、多数の被害者を出し、日本中を未曾有のパニックに陥れた。その大混乱は平穏な日常に様々な影響を与えた。この日、収録を予定していた『世界まる見え!テレビ特捜部』(日本テレビ系)のスタジオも例外ではなかったようだ。

 同番組を立ち上げた日本テレビ元チーフプロデューサーの吉川圭三氏(現ドワンゴ会長室・エグゼクティブプロデューサー)は、著書『たけし、さんま、所の「すごい」仕事現場』(小学館新書)の中で、その日の出来事をこう振り返っている。

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 1995年3月20日、月曜日の朝のことである。この日は、『世界まる見え』の収録が麹町の日テレGスタで予定されていた。9時頃、スタジオのサブコン(副調整室)で作業をしていたら、ニュースで「地下鉄で何か事故が起こっているらしい」ということが報じられる。

 そして、いつもはいるはずのスタッフが3人ほどスタジオに来ていない。やがて、局の報道セクションから、「地下鉄の霞ケ関駅で毒ガスによるテロが発生した」との情報が入った。

 テレビの前に張り付くと、霞ケ関駅付近に救急車が集まり、騒然としている空撮映像に切り替わった。オウム真理教による「地下鉄サリン事件」である。前代未聞の事件を前に、収録現場も騒然となったが、番組収録には大変な準備と膨大な予算がかかっている。簡単に中止するわけにもいかない。

 そうこうしているうちに、ビートたけしが衣装室に入ってきた。いつも、たけしのそばでこまめに気を遣っている衣装担当のスタッフがひとりいない。たけしは、いつもと違う現場の気配を敏感に察知した。衣装を着替えた後、私にこう聞いてきた。

「なんかあった〜?」

「地下鉄で毒ガスが」

「……。毒ガス?」

「おそらくオウム真理教がやったようです」

 たけしは、衣装室の白い壁を見ながら、感情の窺えない表情でたばこをくわえていた。目だけがやたら神経質に動いていたと記憶している。

「スタッフが3人ほど、まだ来てないんです」

 私がそう告げると、たけしはうつむき、無言で自らの頭を撫で始めた。そうこうしていると、フロアディレクターがドアを叩いた。

「たけしさん、本番です」

 こんな最悪の事態でも、スタジオに入った200人の客の前に出て、笑わせなければならない。芸人とは、過酷な商売だとつくづく思った。もちろん客は全員、地下鉄サリン事件が発生したことを知っている。

 1本目の本番が終わった後、大混乱の地下鉄駅から無事、日テレに歩いてやって来たスタッフが2人いた。

 もう1人のスタッフは、2本目の本番の収録が終わった夕方頃、ようやくやってきた。一時、救急車で付近の聖路加病院に搬送されていたという。ビートたけしと一番近しい衣装担当スタッフだった。幸い無事だったようで、医師の許可を得て病院からスタジオに駆けつけたのだ。

 私はそのスタッフに「たけしさんに顔を見せてあげろよ」と伝えた。

 たけしは、ちょうど迎えの車に乗るところであった。恥ずかしそうにスタッフが近づくと、たけしも彼に気が付いた。ビートたけしは、声を上げるわけでもなく、彼の顔を見てニヤリと笑った。そして、車に乗り込んだ。

 後日、たけしの付き人兼運転手に聞いたところ、たけしは「本番中でもいつでも、彼が着いたら手で合図をして知らせてくれ」と言っていたらしい。

※吉川圭三/著『たけし、さんま、所の「すごい」仕事現場』(小学館新書)より