相対性理論も移動都市も! 「ありえない仮説」がイノベーションを生む

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日本でも有名になった建築家の故ザハ・ハディド。彼女がなぜ世界的な建築家になったのか? 彼女の発想を辿っていくと、実は物理学にも共通することがわかる。ありえない仮説を立てることで、思考停止を打ち破る。イノベーションも同じだ。ビッグアイデアは荒唐無稽な仮説から生まれるのだ。

2013年に国立競技場の建て替え関連ニュースが話題になっていた頃、アンビルトという言葉をよく耳にした。コンペ勝者の建築家ザハ・ハディドが”アンビルトの女王”と呼ばれていたからだ。

私は、アンビルトとは予算や技術の問題、あるいはコンペで敗退したなど何らかの後ろ向きな理由によって実現しなかった、残念な結果としての建築のことだと思っていた。しかし実はもっと深い意味があると知人に聞き、ガーンと来てしてまった。アンビルトには”実際に建つことを想定していない建築”も含まれるそうだ。”建てられなかった”のではなく、”建てなくてもよい”とする概念。アンビルトで生み出された建築ドローイングや模型は、果たして自由な発想にあふれている。

たとえばイギリスの建築家集団アーキグラムは、1964年に”ウォーキング・シティ”という、足の付いた巨大な移動都市のドローイングを発表した。都市がまるごと移動するのである。異常だ。彼らは保守的だったイギリス建築に風穴を開けるアンビルトを次々と発表していった。物質としての建築ではなく、概念や思想を拡張していく今日の建築学の教育方針に一役買っていると言えるだろう。

建てられることを目指さない、という一見常識はずれな建築が、現実に建っている建築に大きな影響を与えている。同じように、めちゃくちゃな仮説が有用な例は物理学でもよく見られる。

有名なのはアルバート・アインシュタインが理論付けを行った光速度不変の原理。光源や観測者の速度によらず光速度は一定、という尋常ならざる原理だ(原理とは証明無しでそうと認める仮説)。言ってしまえばアインシュタインはただもう「光速度は一定!」と決めつけてみて、辻褄が合うように、これまで常識とされていた宇宙の法則を変形させていったのだ。そして1905年に特殊相対性理論の論文を世に出した。人類への貢献は甚大だ。

もしも悪魔がいたら。物理学にはこんなとんでもない仮説もある。ジェームズ・マクスウェルが1867年に考え出した”マクスウェルの悪魔”という思考実験だ。仕切りで区分けされた箱の中、悪魔が門番となり、箱内の気体分子の速いのはこっち、遅いのはこっち、と仕分けていく。すると箱内に温度差が生まれる。箱をそのへんに置いておいて、しばらくしてから触ったら、アツアツの部分とヒエヒエの部分があるのは、おかしい。マクスウェルは悪魔というぶっ飛んだ仮説を持ち出して、熱力学第二法則の破れを科学者たちに突き付けた。

「いや、そんな悪魔いないだろ」と誰もが思う。しかし科学者たちは思考停止せずに”もしもいたら”と仮定して、それこそ1世紀以上も悩み抜いた。研究が進められ、悪魔の働きをつぶさに調べていくうちに、悪魔が”分子の速度という情報”をやりとりする際のエネルギー増減を勘定に入れれば、熱力学第二法則が破れないことがわかった。つまり、なんと、情報はエネルギーに変換できるということだ! 

こうして情報を物理的に扱う情報熱力学という新たな学問分野が確立された。2010年には中央大と東大のチームがマクスウェルの悪魔の実験に成功。情報を媒介して駆動する極小なデバイスの実現も夢ではない。

その他にも荒唐無稽な仮説はいくらでもある。万物が火、風、水、土の四元素からできているとする”四性質説”。真空が負のエネルギー電子で埋め尽くされているとする”ディラックの海”。万物が1次元のひもからできているとする”超ひも理論”。これらは多様な議論を生み、結果として科学を大きく前進させてきた。

世紀の大発見となるとなかなかに難しい。しかしパラダイムをぶっ壊すためのとっかかりとして、無理やり異常な仮説を立ててみるのは稀代の天才でなくても真似ができる。仮説は笑われるほど荒唐無稽でいい。

ボルボ社が立てた仮説は良い例だ。2020年までに、新しいボルボ車での交通事故による死亡者・重傷者をゼロにするという。世界で年間120万人以上が事故死していることを考えると、ゼロは途方もないゴールだ。製造する車の安全性能を高めるだけでは足りないと判断したボルボは、LifePaintという車のライトにだけ反応する蛍光塗料スプレーを発明してしまった。歩行者の服や自転車に塗ってもらえれば、夜間の交通事故を減らせるというわけ。素晴らしい発想のジャンプである。

もちろん、あまりにも無意味な仮説を立てても仕方ないが、つまらない仮説を立ててもありきたりな発想しか出てこない。巷にはいわゆる未来予測があふれている。皆が同じ方向を向いて対策を立てても似たり寄ったり。売り上げを伸ばしたいのではなく、本気でイノベーションを起こすつもりならば、とんでもないところから始めた方が早い。

最後にいくつか仮説を。先日アルバート・アインシュタイン医科大学の研究で人類の寿命の限界が115歳だとわかった。むしろ平均寿命が200歳だとしたらどのような商品やサービスが必要だろうか? かつて地球には大陸が一つしかなかった。いま、すべての大陸が地続きになったら? 量子コンピュータが完成すると暗号通信ができなくなる。世界を平和にするために何をするか? 脳に汗をかかせていると、パッとひらめくかもしれない。

福岡郷介◎電通総研Bチーム「サイエンス」担当。理学修士。電通2CRP局所属コピーライター/CMプランナー。量子テレポーテーションの研究でPhysical Review Lettersに論文を掲載。arXiv漁りが趣味。