カート・コバーンが残した12の名言

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天国で50歳の誕生日を迎えたカート・コバーン、その人生哲学を表す12の名言とは?性差別、同性愛、クラシックロックまで、その素顔を浮かび上がらせる名台詞の数々を紹介する。

カート・コバーンが生きていたとしたら、彼は先月50歳の誕生日を迎えるはずだった。ニルヴァーナのギターヴォーカル、そしてソングライターだった彼は1994年4月、自身に向けた銃の引き金を引き、27年間の生涯に幕を下ろした。シアトルのグランジシーンを飛び出して世界的スターとなった彼は、疎外感を抱えた10代の若者たちの代弁者として崇められた。手にした名声を忌み嫌い、フェミニズムとゲイの人々の権利を声高に訴え、オールドスクールのパンクを愛した彼は、それまでの典型的なロックスターとは正反対の存在だった。

その死から20年以上が過ぎた現在でも、カート・コバーンが残した音楽は輝きを増す一方だ。その功績を称え、彼の叡智と信条を滲ませた12の名言を紹介する。

「俺は時々、すごくニヒリスティックで嫌なやつになるんだ。皮肉ばかり口にしているかと思えば、脆く危ういほどに素直になることもある。俺の書く曲のほとんどはそのギャップから生まれていて、自分の2つの面が同居しているんだ。俺と同じくらいの年の人はみんなそう感じているだろうね。数年前にとことんムカついたことに、俺は今でもすごくムカついてる。俺は基本的に何にでもムカつくタチだから、俺の曲はほぼ全部何かに対する苛立ちを表現しているんだ」
ー マイケル・アゼラッド著『Come as You Are: The Story of Nirvana』

「俺が経験したことと、そこから生まれた感情を反映しているっていう点では、俺の曲はすごくパーソナルだ。でも曲のテーマは必ずしもそうじゃない。そのストーリーの多くはテレビや本、映画、友人の経験なんかに基づいてる。それでも、曲に宿っている感情が俺自身のものであることは確かだ」
ー ローリングストーン誌 1992年

「俺たちのファンに伝えたいことがあるんだ。もし君がホモセクシャルの人々、肌の色が異なる人々、そして女性に対して嫌悪感を抱いているなら、俺たちのショーには来ないで欲しい。レコードも買わないでくれ」
ー『インセスティサイド』のライナーノーツ

「エアロスミスとレッド・ツェッペリンのメロディーが好きでよく聴いていたけど、彼らの曲の多くが性差別的だって何年も経ってから気づいたんだ。自分のペニス自慢とセックスについてばかりで本当にウンザリした。俺は当時、過去数年間の高校生活で自分がいつも苛立っていた理由を少しずつ理解し始めてた。そんな頃にパンクロックと出会って、何もかも変わった。欠けていたパズルのピースがやっと見つかった気がしたんだ。パンクのアティテュードは、世の中に対する俺の思いと完全にシンクロした。パンクと出会って初めて、俺は自分が抱えていた怒りと疎外感に気づいたんだ」
ー Blank on Blank 1993年

「俺は自分が男性よりも女性に近いと感じる。少なくとも典型的なアメリカ人男性像よりはずっとね。ビールのコマーシャルを見れば、俺の言わんとしていることがわかるはずだよ」
ー ローリングストーン誌 1992年

「共感できる男の友達がまるでいなかったから、俺はいつも女の子と遊んでた。だからかもしれないけど、俺は女性が不当に扱われていて、社会的に抑圧されてると感じてた。ビッチとかヤリマンとか、そういう言葉が当たり前のように使われていることに違和感を覚えていたんだ」
ー Blank on Blank 1993年

「善と悪、男と女、その間に軋轢が生まれるのは、何の理由もなく他者を傷つけるような人間がいるせいだ。そういうやつらを死ぬほど痛めつけてやりたい、俺を突き動かすのはそういう思いだ。だから俺はマイクに向かって叫ぶ。俺にはそれしかできないから」
ー マイケル・アゼラッド著『Come as You Are: The Story of Nirvana』

「ラップミュージックは、パンク以降に誕生した最も革新的な音楽だと思う。手を出すつもりはないよ、俺にそんな才能はないから。優れたラッパーはいくらでもいるしね。でもヴァニラ・アイスみたいなやつには正直ムカつくよ。白人が黒人の文化をパクるっていう悪しき習慣は終わりにすべきだ。ラップミュージックはアフリカン・アメリカンのものであるべきだよ。彼らの方が何枚も上手だし、自分たちのものだと感じてるはずだからね」
ー ビルボード誌 1991年

「俺とコートニーはみんなが思ってるより普通さ。俺も彼女も親の愛情を知らずに育ったから、フランシスにはありったけの愛情を注いでやりたいし、できる限りのことをしてやりたいと思ってる。少なくともその思いが悪い方向に転がることはないはずだよ」
ー ローリングストーン誌 1994年

「酷い言い方だけど、最近は昔ほどバンドに夢中になれないんだ。昔は何よりもバンドが大切だったけど、今の俺には妻と子供がいる。今でもバンドのことは気にかけているけど、今は他にも守るべきものがあるんだ」
ー スピン誌 1992年

「自分はゲイなのかもって思ったこともある。敢えて確かめようとはしなかったけど、そう考えると全部つじつまが合うような気がしたんだ。俺にはゲイの友達がいたけど、俺の母親は同性愛者を嫌悪していて、彼と親しくすることを許さなかった。やっと分かり合える男友達ができたと感じていた俺は、文字どおり身を引き裂かれる思いだった。俺たちは何でも話せる間柄だったんだ」
ー Blank on Blank 1993年

「幸せボケするのは怖いね。でも俺は根っからのノイローゼ体質だから、これからも人が眉をひそめるようなことをやり続けるだろうな」
ー ローリングストーン誌 1994年