J3の藤枝に加入したJリーグ初のカンボジア人選手、チャン・ワタナカ【写真:Getty Images】

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カンボジアで無名だった藤枝がSNSで一躍有名に。ワタナカに期待されること

 Jリーグ史上初のカンボジア人選手となったチャン・ワタナカ。日本代表とも対戦したこともある国民的スターがJ3の藤枝MYFCに加わったことで、カンボジア国内でのクラブの知名度は向上した。クラブの東南アジア戦略において、ワタナカは重要な存在となりそうだ。(文:宇佐美淳【ホーチミン】)

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 今年1月、カンボジア代表FWチャン・ワタナカ(23歳)がJ3の藤枝MYFCに加入した。これを受けて、カンボジアでは当初全く知られていなかったであろう藤枝の知名度が急上昇。同クラブのクメール語版Facebookページの「いいね!」件数は、開設から約1ヶ月が経過した現在で約3万3000件に達しており、日本語版の約9500件を大きく上回っている。

 カンボジアリーグ王者ボーウング・ケット・アンコールFCから期限付き移籍したワタナカは、同国初のJリーガーとして日本・カンボジア両国で注目を集める存在だ。ワールドカップ・アジア2次予選で両国が対戦した際、第2戦目で途中出場したため既に日本のサッカーファンの間でも名前が知られていたかと思うが、国内では“カンボジアの至宝”と称される程の国民的スター。ワタナカ本人のFacebookページは、フォロワー数が21万人を超えるという凄まじい人気ぶりだ。

 国内での実績をみてみると、2015年にリーグ得点王、2014年と2015年には年間MVPを連続受賞するなど非の打ちどころがない。まだ23歳だが、東南アジア域内でもその決定力は高く評価されており、対戦国から厳しいマークを受けるようになっている。

 これまで東南アジアでも格下扱いだったカンボジアが、ワールドカップ・アジア1次予選を初突破。さらに4大会ぶりとなるAFFスズキカップ本戦の出場を決めたのは、ワタナカの存在なくして成し得ないことだった。

 ワタナカは昨年末に藤枝の練習に参加。このときは契約前提のトライアウトではなかったが、練習中に見せたゴール前でのセンスや左足のテクニックが評価され、晴れて正式に契約する運びとなった。

 もちろん、今回の移籍にはアジア戦略も絡んでいるため、ワタナカにはピッチ外での貢献も期待される。ワタナカは開幕に先立ち行われたJリーグキックオフカンファレンスにクラブを代表して出席。こうした動きからも今後の東南アジア市場開拓を見据え、クラブの広告塔にしようという藤枝の狙いがうかがえる。

東南アジア戦略において欠かせないピッチでの輝き

 昨年、J2水戸ホーリーホックが“ベトナムのメッシ”こと同国代表FWグエン・コン・フオンを期限付き移籍で獲得したときは、国営ベトナム航空(VNA)が新たにスポンサーにつき、商業面での成功が話題となった。このほか、スタジアムに在日ベトナム人を招待したり、VNAが運航したチャーター便でベトナムからツアー客を呼び込んだりするなど、インバウンド需要を狙ったマーケティングを展開した水戸はアジア戦略を次なるステップに進めた。

 藤枝の場合、水戸と同様の戦略を採ることは難しいだろう。2015年末の統計によると、在日カンボジア人は約6100人で、在日ベトナム人の14万7000人を大きく下回る。ASEAN諸国の中でも経済後進国であるカンボジアからツアー客を連れてくることも現実的ではないため、当面はカンボジアにおけるクラブ知名度の向上とファン獲得に努め、将来的な現地でのサッカースクール事業展開に向けて準備を進めていくことになりそうだ。

 カンボジアは、1970年代後半の旧ポル・ポト政権下による弾圧で医師や教師などの知識階級がことごとく虐殺されたという歴史背景がある。日本のクラブによるサッカーを通じた人間形成・教育は、カンボジアの未来を担う子供たちを育てることにもつながり、社会貢献としての意味も大きい。

 大きな可能性を秘めているアジア戦略だが、Jリーグが目標に掲げるような“アジアのプレミアリーグ化”を現実にするためには、やはり彼らがJのピッチで輝きを放つ必要がある。これまでにJクラブに在籍した東南アジア選手のうち、ピッチである程度の結果を残したのは、元ベトナム代表レ・コン・ビン(元札幌)ぐらいで、その後に続いたインドネシアやベトナムの選手たちは殆ど試合に出場することなく帰国していった。

 先日行われたJ3の開幕戦で、藤枝は奇しくもタイ人初のJリーガーであるU-19同国代表FWシティチョーク・パソ(通称ヤー)がいる鹿児島ユナイテッドと激突。この試合はFacebookを通じて海外向けに生中継されたが、ワタナカはベンチ外、シティチョークはベンチ入りしたものの出場はなく、残念ながら両選手のデビュー戦は次節以降にお預けとなった。

 百戦錬磨の英雄レ・コン・ビンは、以前のインタビューで海外で成功する秘訣に「2倍の努力と強い精神力」を挙げた。若手にそれらを望むのはやや酷かもしれないが、2人のJ挑戦はまだ始まったばかり。焦らずに、じっくりと調子を上げて、やがて巡ってくるであろうチャンスに備えてほしい。

(文:宇佐美淳【ホーチミン】)

text by 宇佐美淳