「自分が食べたいと思えるようなステーキ店を作りたい」。


 その情熱だけで突き進んできた男がいる。一瀬邦夫、現在74歳。「ペッパーランチ」などの肉を中心に飲食店を手がけ、2013年には焼きたての肉をその場で切ってステーキにし、立って食べる「いきなりステーキ」をオープンさせた。


 この豪快な発想が受け、「いきなりステーキ」は大ブレイク。今や全国に100店舗を出店、2017年2月にはステーキの本場、アメリカ・ニューヨークに出店するほど”攻め”の経営を続けてきた。


 今もステーキ300gを軽く平らげ、2日に1回は2キロを走るという一瀬の経営哲学とは。


■常識では考えられない70%の原価率

 「ペッパーランチ」なども含めると、一瀬の率いる「ペッパーフードサービス」は年間161億円を売上げ、社員数349名、アルバイト数2358名(2015年12月末現在)を数える一大グループだ。


 高校卒業後、山王ホテルでコックとして修行した後、独立した一瀬。ステーキチェーン「キッチンくに」を立ち上げ、カジュアルステーキチェーン「ペッパーランチ」を創業した。そんな”肉一筋”の男が理想としたのが「いきなりステーキ」だった。


 「前菜とかサラダとかじゃなくて、”いきなり”肉を食べてお腹いっぱいになる店があったら、僕は行きたい」。


 2013年に銀座で産声を上げた「いきなりステーキ」は文字通り、入店してからすぐにステーキを食べる店を作りたいという思いから始まった。


 店舗を訪れると、平日の昼間から大人数が列をなす。立ったまま肉にかぶりつく客に話を聞くと、「(立ち食いのスタイルは)早くていいと思う」「自分で量が選べるところがいいですね」と大好評だ。

 

 飲食業界で一瀬の経営方針が常識破りと言われるのは、「原価率」にも表れている。


 一般的に飲食業は原価率、約30%が目安とされる。だが、いきなりステーキの肉の原価率は実に「70%」にものぼる。「肉だけじゃなくて(利益率のいい)ワインやビール、ご飯も食べてもらったらきっと利益は出るはず。1人が1時間滞在して3000円は使うだろう」と見込んでいた。


 だが、商売はやってみなければわからない。蓋を開けてみると「誤算だらけだった」という。結局、客は肉以外をほとんど注文せず、客単価は利益率の低い肉を中心に2000円程度にとどまった。


 だが、嬉しい誤算もあった。それは客の滞在時間が30分程度と短かったことだ。これなら1時間で2人が4000円使うことになる。客の回転率が良ければ、行列ができても、すぐに入れる。常識では考えられない70%の原価率でも十分に運営できることがわかった。


■狂牛病対策は「助けてください このままでは本当に困ります」の張り紙

 これまで順風満帆に拡大してきたように見えるが、決してそうではない。


 最大のピンチが、2001年に発生したBSE(狂牛病)騒動だ。「ペッパーランチ」を中心に会社を拡大させようとしていた矢先のこと。「牛が足腰立たなくなって転んでる映像見たら、誰もステーキなんて食べたくないでしょ?そりゃピンチだった」。


 同じ業界の仲間たちが困っている姿を見て、一瀬は立ち上がった。


 店頭に「助けてください このままでは本当に困ります 美味しく安心な米国産のお肉です 食べに来て下さい 頑張ります 店長」という紙を貼ることを計画したのだ。


 当時の専務やFCのオーナーも「そこまでやりたくない」「やめましょう」と口々に反対したが、一瀬が押し切り、全店で実施された。


 翌日、「飲食店が初めて声を上げた」と注目を集め、翌日朝日新聞が取材に訪れた。一瀬の取り組みは東京版に報じられ、数日後には武部農水相(当時)による”安心安全宣言”が出された。これが「政治をも動かした」と言われる一瀬の行動力だ。


 ちなみにその年、「狂牛病」は「ブロードバンド(孫正義)」「感動した(小泉純一郎)」などと並んで「流行語大賞」にノミネートされ、授賞式では代表者として一瀬が登壇した。「一歩前に出る努力がその人の人生を拓いてくれる」という教訓を得たという。


■ 「辞めたくても辞められない会社をつくる」

 一瀬は、きちんとサービスが行き届いているかにも気を遣う。


 愛用するタブレット端末では、いきなりステーキ全店舗の様子がリアルタイムで見られるようになっている。


 「うちは肉をカットして塩コショウをふりかけるところが見せ所。そこできちんとコックが腕を振るっているか。そしてホールスタッフはお客さんの要求に応えているか」。


 元々コックだった一瀬は、墨田区内本社の研修施設兼店舗で率先して肉を焼くところを見せるのだという。


 そんな一瀬の経営のモットーに「厳しいときこそ強気でいる」がある。


 かつて経営状況が厳しくなった時、税理士が「本当にこの会社、つぶれますよ」と指摘される。だが、社員の反抗が予想されるため、一瀬は社員に減給を切り出せないでいた。


 しかし、「来月倒産するなら、今切り出して社員が去るのも同じだ」と腹を括り、減給を告げた。すると案の定、反一瀬派の急先鋒の1人が「全員辞めますよ。社長、困るでしょ?」と発言した。


 しかし一瀬が「(店が潰れる)覚悟はできている」と言い返すと、誰も会社を辞めることはなかったという。


 「人っていうのは、そこまで言うと逆に気が利くんですよ。叱られて辞める人はいない。弱い社長を見て、この社長のところにいても将来成長しないといって辞めていくんです」。


 それ以降、強気を崩さなくなった。どんなピンチでも泰然としていることを心がける。反対した従業員に対しては「会社が大きくなることで彼らが結婚して子どもができても安定していられるような会社を作る。5年、10年、20年たって会社が繁盛して従業員に子どもができる、給料が上がる。辞めたくても辞められない会社をつくること。それが僕の“美しい仕返し”なんです」と豪快に笑う。


 そんな一瀬が20年以上前から続けていることがある。それは大学ノートに思いついたことを記すこと。これが一瀬のアイディアの源泉だ。執務机の上に膨大に積まれた大学ノートの山を見て、こう語る。「僕は読み直すことはしない。過去に残すためにやっているんじゃない。明日のためにやっているんだ」。


 “肉一筋”で74年。次はどんな肉の世界を見せてくれるのだろうか。(AbemaTV/『 偉大なる創業バカ一代 』より)