焼き鳥は、串から外しちゃダメですか?

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■美女たちが突きつける焼鳥界騒然の難問

「焼鳥を串から外すやつとは一緒に飲みたくない」

酒場ツウを自任する人にこのタイプは多い。彼らのマッチョ酒場思想からすると「串から外すやつ=軟弱」と分類されてしまうらしい。実際に串から外して食べると主人に睨まれる老舗焼鳥屋もある、なんて話も聞く。飲み会にて何気なくそんな話をしていたところ「女性は結構な確率で外してますよね」と男性編集S。「だって串に食らいつく女の人って歯がムキ出しで、オニババ感が出ちゃうじゃないですか」。

筆者、今まさにねぎまのセカンドねぎを食いちぎり中。

「あ、でも、個性ですよね個性」

オニババの個性などいらんわ!! まぁ確かに美女が串に食らいつく姿は想像しづらいかも。しかし言うほど巷の女性たちは串から外してんの?

半信半疑の筆者に「広尾とか恵比寿の焼鳥屋さんにいる美女は絶対に串から外してます」と譲らないS。じゃあ行こうじゃないのさ。と半ばノリだけで、われわれは恵比寿に向かった――。

「キホン、外しますよねー」

ワイングラスを傾けて笑う会社員Aさん(25歳くらい?)。若さ&鳥コラーゲンで肌ぷりぷりである。

「いろんな種類を食べたいですし」。連れの美女も口を揃える。

「飲み会で串から食べたらワイルドかも(笑)。でも歯がむき出しになるのって女としてどう?」

ニヤつく編集S。まさかのオニババデジャブに気が遠くなる筆者。しかし薄れゆく意識の中、筆者は考えていた。「合コン」をあえて「飲み会」と呼び、清純ぶっておしゃべりに興じる彼女たちにとって食べづらく、量も多くなる「串」は不自由の象徴なのかもしれない。焼鳥は串から外されて初めて「自由」を手にするのか――。

そのときである。彼女たちの無邪気な逆質問でわれに返った。

「そもそも、焼鳥って串から外しちゃダメなんですか?」

■串を外した肉の冷め方が酷い

「味は変わると思いますよ」

恵比寿美女たちから突きつけられた難問を解決せんとやってきたこちら銀座。「和味(なごみ)」店主の種田和範さんが苦笑いしながら答える。

「外せば温度は下がっちゃうし、肉汁は出ちゃうし」

やっぱり串から食いちぎったほうが美味しく食べられるんじゃん! これはオニババ実質勝利。

「唇で直に温度を感じるのもそうだし、串から甘噛みすることでジューシー感も味わえますからね」

甘噛み……なんという官能的な響き……。熱を唇で感じながら、弾力を前歯で受け止め、すべての旨味を口に運ぶ。これはエロい。エロ旨い。

「西澤さんのは甘噛みというよりマジ噛みですけどね」

「(ねぎと交互に刺したろか)」

と、ここで編集Sがバッグからこそこそと何やら取り出す。

「レーザー温度計〜」

四次元ポケットから出てきた温度計で焼鳥の表面温度をピコピコ計りまくるS。串から外したもの、そのままのもの、それぞれの時間経過と温度変化をチェック。ひたすら記録する筆者。するととんでもない事実が判明したのだ。

「串を外した肉の冷め方が酷い」

これがもう、グラフにするとリーマンショックばりのストップ安。外した瞬間にガクッと温度が落ち、そのまま低温真っ逆さま。

■串を外す飲み会は盛り上がらない!?

一方串のままだと、温度はゆるゆる〜と落ちていく感じ。しかも先ほどの唇効果により、実際の温度より体感温度は高い印象だ。しかしどちらも5分後にはほぼ同じ温度に落ち着いた。ということは「串から外すか外さないかで、仏さんの死亡推定時刻を操作したということか……」

「5分の間にどう食べるか、ここに事件を解く鍵がありそうです」

すっかり2時間刑事ドラマモードになったわれわれに「そういえば」と情報をタレ込む種田氏。

「一番顕著なのは、串を外す飲み会ってあんまり盛り上がってないんですよね。お通夜みたいで」

うわーーーーーーーーー。

過去の“飲み会”がフラッシュバックする2人。「心当たりある!」「あれはメンツが悪いんじゃなかったのか!」「待って! つまりそういう他人行儀なメンバーの飲み会はダメってこと?」。

串なのか、場の人間関係なのか。恵比寿の疑問を銀座で解決するどころか、銀座で新たな命題に遭遇してしまった……。

こんなにも現代人を悩ませたり試したりする焼鳥の「串」。そもそもなぜ焼鳥は串で供されるようになったのか。後日、われわれがコンタクトをとった焼鳥研究家の土井中照(あきら)さんによると、そのルーツは大まかに分けて2つ。

一つは「田楽説」。かつて日本ではあらゆる食材を串に刺して調理しては「田楽」と呼んでいた。焼鳥の起こりは「神社の境内で雀などの野鳥を焼いたもの」「鳥料理屋で裏メニュー的に肉や臓物を焼いたもの」「食肉処理場で出る豚や牛の内臓を食べやすく焼いたもの」の3系統があると言われているが、いずれにせよ田楽方式だと、出す側は食材が一本の串に収まることで調理がしやすく、買う側もまた食べやすい。

もう一つは「勘定説」。一貫いくらの立ち食い寿司同様、手軽な食べ歩きフードである焼鳥もまた「一串いくら」の明朗会計が求められた。一串、二串、三串……おっと今なん時かい? なんてゴマカしがあったりなかったり。

さすれば土井中先生、焼鳥の串とはこれいかに……。

「もともとたいした意味はなし」

串をこじらせたわれわれは、そのあまりにもシンプルな回答に深く癒されたのだった。だって串は、串だもの。みつを。

■愛深きゆえに、串から外す男たち

「……俺たちだって、外したくて外してるわけじゃないんです」

「串から外しちゃダメですか」の答えを探し求め、恵比寿、銀座、焼鳥研究家とさまよい続けた私たち。そして最後に訪れたお父さん安息の地、新橋で、男たちの哀しみの声を耳にした。

「みんなが遠慮して手を出さず、上司の手前勝手に食べるわけにもいかない空気の中、ただ冷えていく焼鳥を救うには『串、外しますね』って言うしかないでしょ」

「あ、わかる! わかります!」

一応会社員の編集S、共感。

中央官庁にお勤めというBさん(30代後半くらい?)は続ける。

「焼鳥が好きだからこそ、目の前の串が冷めるのに耐えられない。だったら自分がピエロになりますよ。『アイツわかってないな』と思われても、温かいうちにみんなが手を伸ばすにはそれしかない」

「まさに愛深きゆえに、串を捨てた男、サウザー!!」

北斗の拳世代のS、興奮。

オニババで始まり、サウザーで終わる。焼鳥の串、外すも地獄、外さぬも地獄。しかしいつの日か人類が同じ串の焼鳥を外すことなくシェアできるようになったとき、そこには真の平和があるのでは。

「アンタ漢(おとこ)だ!」と叫びながら初対面で同じ串をシェアしている目の前のサラリーマンたちは、とりあえず盛り上がっていた。

(文・西澤千央)