1996年のアトランタ五輪でブラジルを撃破して世界中を驚かせた、いわゆる『マイアミの奇跡』。そのとき、決勝点を叩き込んだ元日本代表MFの伊東輝悦(42歳)が、今季J3に昇格したアスルクラロ沼津でプレーする。


今季からJ3のアスルクラロ沼津でプレーする伊東輝悦 全国制覇を果たした清水FC(静岡県)の得点源として、小学生の頃から注目を浴びてきた伊東。名門・東海大一高(現東海大翔洋高)を卒業後、地元のJ1清水エスパルスに入団し、18年間チームの主力として活躍してきた。その後、2011年にJ1ヴァンフォーレ甲府に移籍。以降は、 J3のAC長野パルセイロ、同ブラウブリッツ秋田と渡り歩いて、今季から再び生まれ育った静岡のクラブに戻ってきた。

 かつては「鉄人」と呼ばれ、2011年には当時史上初となるJ1通算500試合出場を達成した。しかし、40歳に近づいてきた数年前から出場機会は徐々に減少。そして40歳となって、長野で2年目の2015年は3試合、秋田でプレーした昨季は2試合しかピッチに立っていない。

 そうした厳しい状況にあって、周囲からは「引退」という声も囁かれていたが、そんな雑音など気にすることなく、伊東は今季も現役続行を決めた。

「サッカーをするのが面白い。もちろん、好きだしね。年齢とともに衰えはあるし、それは受け入れないといけないことだけど、もう少し(現役で)やれるんじゃないかと思った。今は、ベストなコンディションでやっていこう、という意識しかない」

 本人も語っているように、一瞬のスピードやスタミナなど、往年と比べれば衰えている部分は多々あるだろう。それでも、経験豊富な伊東に対するチームの評価は極めて高く、吉田謙監督はこう絶賛する。

「(伊東が)すごいと思うのは判断力。ここはパス、ここはドリブル、ここは(攻撃の)スピードを上げるところ、という判断ですね。それは感性だと思うけど、(伊東がプロとして)長い時間の中で築き上げてきたものであって、そこに間違いはない」

 今季のリーグ初戦(3月18日。第2節vs福島ユナイテッド)を控えた練習の紅白戦においても、伊東は監督が言う優れた判断力でボールを散らし、チームのスムーズなパス回しの中で存在感を放っていた。

 しかし、だからといって開幕戦出場やレギュラーポジションが保証されているわけではない。豊富な経験や実績があっても、それが試合出場へのアドバンテージにはならない。吉田監督が語る。

「選手としては、あくまでもフラットな目で見ている。サービスした目で見たら、本人にも失礼だと思うから」

 伊東自身、その辺りはよく自覚している。

「コンディションは上がっているので、このままいい状態を作っていければと思っている。もちろん、試合に出たい気持ちは強いけど、出られるかどうかは、自分のプレーや動きを見て、チームがどう判断するか、だね」

 現役にこだわり、試合出場への思いも強い伊東だが、年齢を重ねるごとに、考え方には若干の変化が出てきている。

「今は、試合出場がすべてではない。別の形でチームに貢献することも重要だって思いもある。長野や秋田でもそうだったけど、今はJ3に上がった沼津がクラブとして発展していくために、何かしら力になれればいいと思っている」

 実際のところ、すでに伊東の存在はチームメイトに好影響を与えている。MF菅井拓也(25歳)が言う。

「(42歳の)テルさんががんばっているのは、すごく刺激になっている。その分、若い自分たちもポジション争いで負けるわけにはいかない、という気持ちになる」

 さらに、MF前澤甲気(23歳)はこう語る。

「(伊東の)いい部分はどんどん盗んでいきたい。また、テルさんを見ようと少しでも観客が増えれば、沼津にはこんな選手もいるんだ、と自分の存在を知ってもらうチャンスになると思っている」

 そうした若手の反応を歓迎しつつ、伊東自身、独特の言い回しで戦闘モードに入った。

「この年齢にならないとわからないと思うけど、周りの選手がそういう気持ちを持ってくれれば、それもクラブへの貢献のひとつ。だいたい、こんな年寄りが試合に出ているようじゃあ、問題があるしね(笑)」

 伊東は4月から、午前練習後の時間を利用して、クラブが運営するサッカースクールで子どもたちの指導も予定している。

「(スクールでの指導が)地元への貢献になればうれしいし、(指導する立場は)経験がないことなので楽しみ」

 プロ生活25年目。今年43歳を迎える大ベテランが、新たな挑戦へのスタートを切った。

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