日本電産 永守重信社長(写真=gettyimages/Bloomberg)

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■「赤字が当たり前」に囚われてはいけない

最初に私が再建に携わった日本電産シバウラは、エアコン用のモーターを主力製品とする会社でした。その再建期間中に、永守社長に言われた言葉の1つが「8月を黒字にせよ」です。

「1番赤字の大きい8月を黒字にしてみよ。そうしたら他の月も全部黒字になるではないか」

これが永守社長の指示するところの狙いですが、私にとっては、同社再建の最も高いハードルとなりました。

エアコン用のモーターは4月から本格生産に入り、6〜7月が生産のピーク。8月はあとひと月我慢すれば秋風が吹く季節ですから、エアコン商戦は終わりを告げて、売上はドン底。そのため、8月は毎年判で押したように赤字が確実な月になります。

だから8月が赤字になるのは当たり前。シバウラの人たちは、この月を黒字にすることなど、考えもしないことでした。しかし、「8月を黒字にせよ」という厳命です。そうなると既成概念に囚われず、どんどん新しい知恵を生み出さなければなりません。

コストダウンの徹底はもちろん、思いつくかぎりの分野に飛び込み営業をかけました。コンビニで自動ドアになっていない店があると聞けば、自動ドア用モーターの商談に出向き、新規にオープンする劇場があるという情報をキャッチすれば、舞台の緞帳(どんちょう)の開閉用モーターを売り込む。単発なので件数は少ないものの、大型商品のため比較的利益率が高く、次第に数字が好転していきました。

こうして8月を黒字化できたときの喜びはひとしおでした。困難に打ち勝った経営者としての達成感を味わうことができたのです。さらに、最大の赤字月を黒字化するための開拓を必死に行ったことで、その成果が他の月にも及び、各月の売上高がアップ。全体の黒字幅も大きく広がりました。

「最も赤字が大きい8月を単月で黒字にせよ。そうすれば、その他の月は全部黒字になるぞ」という永守社長の言葉は、まさに炯眼(けいがん)だと改めて敬服したものです。さらには、絶対不可能だと思われていたことに挑戦したことで、会社全体に「従来の常識に囚われない発想を」という変化が生まれました。これは、ある意味では数字以上に貴重な成果でした。

■物事は「徹底」してやれば成就する

「為せば成る。為さねば成らぬ、何事も。成らぬは人の為さぬなりけり」

これは江戸時代中期、藩存亡の淵にあった米沢藩を藩政改革で立て直した上杉鷹山の言葉として有名です。

米沢藩上杉家は、関ヶ原の戦いの前は会津藩120万石の大藩でした。それが西軍に味方して敗れたために、徳川家康によってわずか30 万石の米沢に減移封。家臣団5000 名はリストラせずに連れて行ったために、藩財政は初めから大赤字。度重なる債務超過で滅亡寸前。幕府に、藩返上を願い出る目前にまでいきました。

その藩を救ったのは、九州の小藩から婿養子として入った鷹山でした。藩主自らが「一汁一菜、木綿の着物」を貫き、再建に着手します。ところが、実績、経験のないよそ者で、かつ若手の藩主に対して大多数の家臣は面従腹背。それでも藩主自ら再建に取り組む真摯な姿に感動して立ち上がったのが、少数の若手武士でした。

この藩主+若手武士団の改革運動が、やがて全体を動かし、どんな小さな事柄でも全員で「徹底して」やる集団に発展します。そして積もり積もった改革で、大借金藩がいまのお金にして600億円の剰余金を生むまでになったという話です。

この永守流改革を地でいくような藩改革を、おこがましいことながら、当時私はわが身に置き換えて、自分を励ましていました。この歌は、「改革は、物事を『徹底』してやれば必ず成就するものだ、できないのは『徹底』してやらないからだ」ということを、困難な改革を通じて身にしみて感じていた鷹山が、その教訓を歌にして家臣団に伝えたのではないかと、私は勝手に解釈しています。

※本記事は書籍『日本電産永守重信社長からのファクス42枚』(川勝宣昭著)からの抜粋です。

(経営コンサルタント 川勝宣昭=文 gettyimages/Bloomberg=写真)