金正恩氏

写真拡大

北朝鮮の金正恩党委員長は少し前、秘密警察である国家保衛省(保衛省)に対し、捜査や取り調べの過程で人民の人権を侵害するな、との指示を下したとの情報が伝えられている。

公開処刑や政治犯収容所の運営を担う保衛省は、北朝鮮国民にとって恐怖の象徴である。そしてその暴力性は、人を人とも思わない無慈悲な冷血さに由来している。

そんな組織に対して「人権に配慮せよ」などと命じたら、恐怖政治が骨抜きになり、金正恩体制は土台から揺らいでしまうのではないか。正恩氏は本気で、人権問題と向き合う気でいるのか。

もしそうなら歓迎すべきことだが、やっぱりそうではないらしい。

両江道(リャンガンド)在住のデイリーNK内部情報筋によれば、正恩氏は最近、治安機関に対して「中国の携帯電話を使う連中に目にもの見せてやれ」との指示を下したという。

「国境地帯で中国キャリアの携帯電話を使い、国際電話をかけて摘発された者たちについては、主犯格を見つけ出し、拷問を加えて徹底的に痛めつけろというのが指示の内容だ」

これが事実だとすると、自分が出したばかりの「人権を侵害するな」との指示と、大きく矛盾してしまうのではないか。

と、筆者も最初はそう思ったのだが、どうやら正恩氏の頭の中では、このふたつの指示は整合性が取れているようだ。理解するためのカギは、正恩氏がこれらに先立って下したとされる、次のような指示にある。

「中国の携帯電話を使うやつらは、南朝鮮(韓国)のかいらいと結託した反逆者として処理せよ」

ここで言われている「処理」とは司法処理のことだ。そして、北朝鮮において「反逆者」は死刑である。つまり、中国の携帯電話を使う者は反逆者であり、反逆者に対しては人権侵害など気にする必要はないということなのである。

こうした携帯電話をめぐる一連の指示は、「脱北を試みる者は発見次第、射殺せよ」との指示と脈絡を同じくするものだ。

北朝鮮において、脱北は必ずしも死刑とされる罪ではない。中国当局に捕まり強制送還されれば、われわれには想像が及ばないほどの虐待が待っている。

(参考記事:刑務所の幹部に強姦され、中絶手術を受けさせられた北朝鮮女性の証言

それでも死刑になるわけではなく、虐待に耐え抜くことができれば、刑務所などでの一定期間の服役の後に釈放される。それなのにどうして、脱北の現場においては「即時射殺」を命じているのか。その裏には、「中国に逃げられたら、現地公安にも捕まらず韓国へ行ってしまうかもしれない。絶対にそうならないように、その場で殺せ」という意図がうかがえるのだ。

つまり正恩氏は、自国民が脱北や携帯電話を通じ、外部世界とつながるのを徹底的に防ごうとしているのだ。国内と国外のアクセスを完全に遮断し、自国民を完全に孤立させ、自らの意のままに操ろうというのだろう。

筆者のこの分析が当たっているとすれば、正恩氏はなかなかに恐ろしいことを考える人物である。しかし果たして、このような施策を完全に実行することができるのだろうか。

北朝鮮の国民は、すでに密かに流入した韓流ドラマなどを通じ、外部世界の自由について相当な知識を持っている。そのようにして生まれた「心の自由」は、どのような手段によっても取り上げることはできないだろう。