昨季受けた怪我の影響はないと話す中村。「磐田で勝ちたい」と意欲を見せた。写真:滝川敏之(サッカーダイジェスト写真部)

写真拡大 (全2枚)

――昨季は常に足の状態を気にしながらプレーしていたそうですが、現在は?
 
「内側(内側側副靭帯)はもう大丈夫。心理的な影響で、治る期間が変わってくるんだと実感しました。セルティックで内側を傷めた時は、テーピングを巻いて2週間経てば、もう大丈夫でした。それが昨季は6週間ぐらいかかった。ただ、今はもうまったく問題ありません」
 
――オフからこうした取材などピッチ外で忙しくなることはある程度覚悟していたと思いますが、予想以上だったのでは?
 
「クラブにとってはそれも狙いのひとつだったはずで、磐田をアピールするチャンスだと承知しています。すべては磐田が上位に躍進し、名波体制がずっと続くために。僕はその架け橋になれればいい」
 
――ところで、横浜FCの三浦知良選手が50歳でJ2の開幕戦に出場しました。大先輩でもあるキングの背中に何を感じますか?
 
「まさにキング。選手間でも話しますけど、50歳でプロフェッショナルのトレーニングなんて普通できませんから。奥大介さんの追悼チャリティマッチで一緒にプレーした時、カ ズさんの走るフォームからは年齢なんて微塵も感じなかった。 50歳の妖精。その意味するところは、会うだけで途轍もないパワーをもらえるから。代表に初めて呼ばれた時、たまたまカズさんの隣でストレッチをしていたら、『普通にプレーしていれば通用するよ。大丈夫だ』って声をかけてくれました。きっと、僕がかなり緊張していたんでしょうね。でもそのひと言で吹っ切れた。その時から変わらず、今なお刺激を受け続けている。永遠のサッカー小僧であり、唯一無二の存在」
 
――中村俊輔選手も、永遠のファンタジスタですね。
 
「ただ、やっぱり僕は磐田で勝ちたい。サッカーが少しずつ分かってきたからこそ、あ、これは戻ったほうが良いのかなと自陣に引くと、その判断が当たったりする。若い時は自分のことばかり考えていたけど、それでは今は勝てない。もちろん、ちょっと前目の位置で残ってみようかなというシーンも出てくるはずです。そういった変化を付けられるのもトップ下の面白さ。だから綺麗なプレーや、誰にもできないプレーを追い求めつつも、実はあの時、5メートル戻っていたからカウンターを食らわず済んだんだよ、5メートル前にいたから速攻を仕掛けられたんだよと、そういう貢献をしていきたい」
――自己犠牲のプレー。それは苦になりませんか?
 
「現代サッカーでは、当然の役割でもあるから。それはすべてのカテゴリーに共通して言えること。今も時間があればヨーロッパのリーグ戦やCLからJ3まで試合を観ています。そこから新たな発見ができたり、様々なことが学べたりする。その根幹には、もっと上手くなりたいという願望がある」
 
――サッカーへの変わらぬ情熱が伝わってきます。トップ下として、こだわっていきたいこととは?
 
「自分だけ輝こうと思えば、輝けるポジションですからね。日本代表や海外のリーグでプレーしたいと思っていた若い頃は、それで良かったのかもしれません。ただ年齢を重ね、自分なんかより、人の面倒を見たくなってきた。手助けしたくなる。だから、その使い分けが肝心。ここは任せよう、だったら俺はもう少し前の位置にいようかな、といった感じで。勝つためにさらに上手くなって、そういったゲームを読む力をもっと身に付けていきたいですね」
 
取材・文:塚越 始(サッカーダイジェスト編集部)
※『サッカーダイジェスト』3月23日号(3月9日発売)より転載。