北朝鮮が試射した弾道ミサイルが日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下した。北朝鮮当局によると、ミサイル発射は日本国内の米軍施設を攻撃する訓練であったという。そのため、トランプ政権周辺からは、現在韓国で実施されている米韓合同軍事演習にB-52爆撃機やB-1ステルス爆撃機を派遣して北朝鮮を威圧すべきだといった声まで上がっている。

 そして、日本でも北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に対抗するため、いわゆる「敵基地攻撃論」が浮上してきた。

攻撃対象は基地ではなく「発射装置」

 敵基地攻撃能力保有に関する議論(いわゆる敵基地攻撃論)は1956年に国会で論じられて以来、弾道ミサイルの脅威が取り沙汰されるたびに浮上してきた。

 ただし、弾道ミサイルの性能やシステムそのものが60年前と現在では大幅に変化しているため、「敵基地攻撃能力」という表現自体が時代遅れとなっている。

 北朝鮮による対日弾道攻撃という文脈に限定して、敵基地攻撃論を考えてみよう。現時点において北朝鮮が日本を攻撃する際に用いる弾道ミサイルは、基本的には「TEL」と呼ばれる地上移動式発射装置から発射される。そのため、ミサイル発射基地から弾道ミサイルが発射されていた60年前と違い、北朝鮮の弾道ミサイルを破壊するには、ミサイルが装填された地上移動式発射装置を破壊しなければならない。すなわち、“敵基地”ではなく“敵発射装置”を攻撃する能力が必要となるのだ。

 ミサイル発射基地の場合、強固な防御が施されている半地下サイロ式ミサイル発射装置から弾道ミサイルが発射されることになる。そのため、発射装置そのものを破壊するには強力な破壊力が必要である。とはいうものの、ミサイル発射基地は移動することがないので、その位置を特定できれば、攻撃すること自体は可能である。

 一方、大型トレーラーのような車両にミサイル発射装置が搭載されているTELは、地上を動き回ることができる。大型トレーラーといっても、ミサイル基地に比べれば攻撃目標としては極めて小さい。したがって、地上を移動してさまざまな場所に隠れるTELを偵察衛星や偵察機などで発見することは至難の業とされている。

先制攻撃の厚い壁

 敵基地攻撃論(現代的には敵発射装置攻撃論)の難点は、TELの発見が困難だという点だけではない。北朝鮮が弾道ミサイルを発射する以前に、攻撃準備を開始した北朝鮮軍のTELをことごとく破壊してしまわなければならない。すなわち、自衛隊による先制攻撃が不可欠となるのだ。

 先制攻撃ができなければ、抑止能力としては機能しない。したがって、いわゆる“専守防衛”を基本原則とする国防方針は根本的に変更しなければならない。さらには国防システム全体を抜本的に一変しなければならないことになる。

 いわゆる敵基地攻撃論は強力な先制攻撃能力を手にすることが前提であり、それだけの覚悟の上で主張しているものと思慮されるが、憲法9条を巡る議論同様に、永きにわたる神学的論争に陥りかねない。

 そして、軍事技術的にも解決しなければならないハードルは高いし、北朝鮮の弾道ミサイル攻撃を抑止する先制攻撃能力を手に入れるだけでも天文学的数字にのぼる国防費が必要となる。

抑止力として機能している「報復攻撃力」

 だが、日本としては悠長に言葉遊びにも似た論争を繰り返している余裕はない。日本は、北朝鮮とは比較にならないほど強力な対日ミサイル攻撃能力を保持する中国やロシアといった軍事的脅威に取り囲まれている。可及的速やかに、先制攻撃能力よりも着実に手にできる、そして先制攻撃能力同様に抑止力として機能することが期待できる軍事力を手にすることが必要だ。それは報復攻撃力である。

 いわゆる専守防衛という枠組みで構築されてきた自衛隊の戦力では、先制的(敵の攻撃に先立って)にせよ、報復的(敵の攻撃を被った後)にせよ、北朝鮮や中国の領域を攻撃することはほとんど不可能な状態である。

 したがって北朝鮮にとってみれば、対日軍事攻撃の計画が日本側に漏れても自衛隊が先制攻撃を仕掛けてくる恐れもないし、攻撃開始後に自衛隊が北朝鮮領内に反撃してくることも考えなくてよい。北朝鮮指導部にとって怖いのは、日米安保条約が発動されてアメリカが日本に代わって報復攻撃を仕掛けてくることだけである。

 日米安保条約では、いくら北朝鮮が日本攻撃準備を整えているといっても、アメリカが日本に代わってTELを片っ端から破壊して対日ミサイル攻撃を事前に阻止することはできない。あくまでも、日本にミサイルが飛来してきた段階で日米安保条約発動が検討されるのだ。

 北朝鮮にしろ中国にしろ、そしてロシアにしろ、このようなメカニズムは百も承知だ。そのうえで、日米同盟は、それら日本に対する軍事的脅威国に対する抑止機能を(少なくともこれまでのところは)果たしてきた。

 ということは、アメリカの先制攻撃能力ではなく、日本に代わるアメリカの報復攻撃能力が抑止機能を果たしているということになる。

 したがって日本は、いつになったら埒が明くか分からない先制攻撃力の構築を目指すよりも、その一段階前の国防努力として日本独自の報復攻撃力を手にするべきなのだ。

報復攻撃力の比較的安価な構築方法

 ただし、「核」報復力に関しては、国際条約の制約や日本の国内事情を鑑みれば、日米同盟におけるアメリカの切り札的存在としてアメリカの核抑止力を利用するのが当面は得策である。そこで日本がまず着手すべきは、非核戦力における報復攻撃力である。

 たとえば北朝鮮の対日弾道ミサイル攻撃(非核)に対する報復攻撃力として考えられるのは、北朝鮮の特権的指導部を徹底攻撃できるだけの破壊力を持った長距離巡航ミサイル、引き続いて弾道ミサイル(いずれも非核高性能爆薬弾頭搭載)を手にすることである。

 日本から北朝鮮を報復攻撃するには射程圏800〜1800kmのミサイルが必要である。だが現在のところ日本はそうした長距離巡航ミサイルは保有していない。この種のミサイルを国産で製造する技術力は持っていても、実際の製造には時間がかかるため、とりあえずは同盟国アメリカからトマホーク巡航ミサイルを調達するのが現実的だ。

 トマホーク巡航ミサイルの最新鋭機種は1基およそ1億7000万円程度である。300基を購入しても500億円ほどであり、日本がアメリカから購入するF-35戦闘機3機分ほどの投資ですむ。

 アメリカから調達したそれらのトマホーク巡航ミサイルは、海自駆逐艦の垂直発射装置や潜水艦の魚雷発射管から発射することができ、北朝鮮指導部にとっては極めて深刻な脅威となる。そして、これまでアメリカの報復攻撃力しかなかったところに日本自身の報復攻撃力が加われば、北朝鮮に対する抑止力は著しく強化されることになるのだ。

 実現への道のりが遠い敵基地攻撃論を議論する前に、実現可能性が高い報復攻撃力の構築へ取りかかるのが日本の防衛にとり急務である。

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筆者:北村 淳