ファーストサーブの確率は試合を通じて77%と高く、第1セットに限れば、さらに95%まで跳ね上がる。相手に与えたブレークポイントは、わずかにひとつ。その唯一の難局も、安定のストロークで手堅くしのいだ。


サウスポーの相手を圧倒して4回戦進出を果たした錦織圭 5ヵ月前のバーゼル大会では敗戦まであと1ポイントの窮地に追い込まれたジレ・ミュラー(ルクセンブルク)を、インディアンウェルズの3回戦では6-2、6-2と圧倒。陣営に向け力強くガッツポーズを掲げた錦織圭は「内容はとってもよかったです」と、珍しく自分のプレーに満点に近い評価を与えた。

 今年1月にツアー初優勝を遂げたミュラーは、サウスポーから繰り出す切れ味鋭いサービスや、サーブ&ボレーなどのネットプレーが武器。バーゼルでの対戦時の錦織は、それら相手の持ち味の前に苦しんだ経験がある。

 その過去を踏まえてのことだろう、この日の錦織は高く弾むフォアのスピンショットを多用した。鋭い順回転のかかったボールは、表面が紙やすりのようにザラつくコートに食い込むと、イレギュラー気味に弾む。その巧みな技にバックサイドの高い位置を狙われたミュラーは、スライスからボレーにつなげる得意のパターンを封じられ、徐々に打つ手を失った。

「ここのサーフェス(コートの表面)はグリップがあるので、高いボールが効果的だったのかなと思います」

 試合後には快勝の理由をそう分析し、策の奏功を喜んだ錦織。だが「ここのサーフェス」は、実は彼が常々苦手意識を口にしてきたものだ。バウンド後にボールが跳ね上がる状況は、球の跳ね際を叩いて速い展開に持ち込みたい錦織の意思を時に妨げる。今大会初戦の勝利後には「そんなに好きじゃないここのコンディションを、無理やり好きだと考えようとしている」と言ったほどだ。その彼が、3回戦ではインディアンウェルズ特有のコンディションを味方につけ、終始主導権を握ったまま勝利まで走りきった。

「もう無理やりではなくても、ここが好きだと思えるようになったか?」

 そう問われた錦織は「そうですね。ああいう高い球をもう少し混ぜていけば、このコンディションにも対応できていくのかなと思います」と、今後の戦いへの手応えを口にする。ミュラーに快勝した錦織が次に対戦するのも、同じサウスポーのドナルド・ヤング(アメリカ)。ミュラーとはプレースタイルや武器も大きく異なる選手ではあるが、高く弾むショットの使い方はひとつのカギとなるだろう。

 ともに1989年生まれの錦織とヤングは、14歳のころから試合会場で顔を合わせ、時にライバルとして、時にはダブルスパートナーとして互いを意識してきた間柄だ。ただジュニア時代は、15歳にしてジュニアランキング1位に座したヤングが常に先を行く存在だった。当時からワイルドカード(主催者推薦枠)を得てツアーで戦うヤングの姿に錦織は刺激を受け、「ドナルドが僕のライバル」と公言することで視線を上に向けてきた。

 一方のヤングにとっても錦織は、キャリアの始まりを飾る記憶と分かちがたく結びつく存在だ。

 錦織とのもっとも印象深い思い出を問われたヤングは、考える間も要せず「2007年のフューチャーズ(下部大会)で決勝を戦ったことだよ。僕にとって、あれが初のタイトルだった。しかも、その大会で圭とダブルスを組んで優勝したんだ」と即答した。

 今から10年前の2007年4月――。ふたりはアメリカ中部の町で、ジュニアから一般レベルへ続く階段を我先に駆け上がろうとするかのように競い、このときはヤングが6-2、6-2で勝利した。

「同じ89年生まれのふたりが、またこうやって戦えるのはすばらしい。プロになってからは圭のほうが常に上だけれど、僕が目指すのは『W(winの頭文字。勝利のこと)』をスコアボードに刻むことだ」

 ヤングが笑顔でそう言えば、錦織は「今日に比べて、ヤングとの試合はラリーが長くなる。そのなかでも攻めてくる選手なので、ストローク戦ができるいい試合になるのではと思います」と、手の内を知り尽くした相手との対戦を、どこか心待ちにしている様子だ。

 試合を重ねるごとに調子を上げ、かつては苦手意識を抱いたコートでの戦い方も体得しつつあるなかで迎える、10年来のライバルとの試合――。それは今大会の錦織を占う、ひとつの試金石にもなるはずだ。

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