連続テレビ小説「べっぴんさん」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)第24週「光の射(さ)す方へ」第135回 3月14日(火)放送より。 
脚本:渡辺千穂 演出:中野亮平


135話はこんな話


キアリスが映画の脚本が完成。タイトルは「ようこそ赤ちゃん」に決定する。

オーマイガー!


ゆり(蓮佛美沙子)の英語教室で、明美(谷村美月)と栄輔(松下優也)が再会。
映画づくりは若さの秘訣という話から「あんたずいぶん老けたなあ」とちくり。
そう言われるわりに全然老けて見えない栄輔だが、明美は彼に脚本作りを手伝ってと頼む。
栄輔は自社のかっこいいCMなどをつくってきたから頼れそうではある。

あの素晴らしい愛を


夜を徹して作業に没頭した明美と栄輔は、朝方テーブルに突っ伏して寝ちゃっていた。
それを、店に出勤してきた龍一(森永悠希)が目撃。
「あの素晴らしい愛をもう一度」と歌っているジャストタイミングで。

起きてドギマギする明美と栄輔。明美がメガネを外していたが、さすがに外したら美少女でどっきりという少女漫画ふう意図ではないだろう。一晩突っ伏していたら顔がむくんでいるはずだし、年齢的にもその度合はキツイだろう。そんな飾らない素顔に栄輔がドキリとするパターンなのか。

のちに明美は「死んだ魚のような目をしとって思わず声をかけた」とすみれたちに報告、すみれはそれを受けて「(映画を)栄輔さんにも手伝ってもらったらどうかな」と盛り上がる。

栄輔は藍を抱かせてもらって笑顔が戻る。「素晴らしい愛」には、藍ちゃんの藍もかかっているのかもしれない。
栄輔の再生のためには映画もいい企画だと思うが、それにしてもこんな大規模な作業、紀夫たちが引退してからやることでは。幹部がそろって休んで映画をつくっているのでは、健太郎が苛立っても仕方ない。「何でも屋」扱いの中西(森優作)も、なんか、なんかなあ・・・。

映画監督という生き物


形から入る人たち。

紀夫はノーマンなんとかの「映画監督という生き物」(「園子温という生きもの」みたいだ)という本を読んで、
「映画とは答えを明示するものではない。
考えさせるものだ。
答は見るものによって違うんだ」ということを知る。

監督になろうと努力する紀夫に、すみれとさくらがハンチングをプレゼント。ちゃんと大急で買っている。が、武ちゃんとかぶってしまう。

亀田のあの指の動きがテレビマンのカメラのスイッチングのようだが、あくまでテレビのカメラマンで、映画の人ではないということを強調しているのか。映画をわかったひとが全然いない感じだが、この素人感がいいってことなのか。

「会社も住まいもいっしょって何かあったとき大変やね」
「でも家族やしね」



映画づくりで沸くキアリスファミリーのなかで、健太郎(古川雄輝)だけが家族のなかで浮いてしまっている。
君枝の台詞は、だからそろそろ村田家へ・・・とやんわり言ったもので、すみれがそれをやんわりかわす。
そもそも君枝の家が工房化したことが健太郎はいやだったことに気づいてないことも含め、人と人とはわかりあえないのだなあという本筋と関係ない部分が生き生きと描かれている。
このあとに、前述の「あの素晴らしい愛をもう一度」が歌われる。「心と心が今はもう通わない」・・・この選曲もすばらしかった。
(木俣冬)