「自動販売機ってなんでみんなイライラしないんだろう。飲み物は下からじゃなくてお金を入れる横から出てくればもっと便利じゃないですか? こういうちょっとしたことで、人の幸福度って上がると思います」。

今まで、誰もがそれを当たり前だと思っていたことに疑問を抱き、「世の中の当たり前を変えていきたい」と話すのは、ソフトバンク社が誇る世界初の感情認識パーソナルロボット「Pepper」の会話エンジンの開発や、バーチャルリアリティー(VR)ゲームの世界観を再現した「ソードアート・オンラインザ・ビギニングSponsored by IBM」など、さまざまなクリエイティブを手掛けている「ワントゥーテンホールディングス」(以下、ワントゥーテン)CEO 澤邊芳明氏(以下、澤邊氏)だ。

ワントゥーテンホールディングス CEO 澤邊芳明氏


広告クリエイティブからプロトタイピング、ロボティクス、空間まで総合的にプロデュースする9社からなる企業グループ、ワントゥーテンを率いる澤邊氏とはいったいどんな人なのだろうか。今回はその素顔をのぞいてみた。

世界初のパラスポーツVRエンターテイメントを開発

2017年1月27日、ワントゥーテンとスポーツイズグッド※1が共同開発した世界初のパラスポーツVRエンターテイメントである車椅子型VRレーサー「CYBER WHEEL(サイバーウィール)」がお披露目された。

※1 テー・オー・ダブリュー、ギークピクチュアズ、ワントゥーテンの共同出資により設立した、『スポーツ』をテーマに日本を盛り上げる企画&プロデュース会社

CYBER WHEELは、西暦2100年の東京をイメージしたCG世界を最高速度60キロで疾走するパラスポーツVRエンターテインメントだ。

プレイヤーは車体に乗り、ヘッドマウントディスプレイを装着。車輪についたハンドリムを回転させるとVR内の画面を進んでいくことができる。

「2020年のオリンピック・パラリンピック開催に向けて、どんどんスポーツ分野は盛り上がりを見せているのに、パラスポーツがいまいち普及しないのは、“自分ごと化”ができないという課題を抱えているからです。体験会の実施も少ないしインスタラクターも足りていない。そもそも身近ではないスポーツに対して興味自体持てないですよ」(澤邊氏)

オリンピック・パラリンピック関係団体の理事や顧問などを務める 澤邊氏。この課題を解決するためパラスポーツをエンターテインメントというかたちで伝え、体験会などを日本中で容易に実施したいという思いからこの商品を開発したという。

本来パラスポーツは激しく、大変エキサイティングなものと言われている。


パラスポーツVRエンターテインメントである「CYBER WHEEL」は最高時速60キロにもなる車椅子ロードレースの世界を再現。その体感スピードは世界のロードレースと同じ速さとなっており、トップ選手のスピードを追体験できる。

顔出ししなかったのは、勝手にストーリーをつくられたくなかったから

澤邊氏の人生を大きく変える転機が訪れたのは1992年、18歳当時のこと。バイク事故が原因で首から下が麻痺し車椅子の生活を余儀なくされた。

「身体が動かなくなり自分には何ができるんだろうと、毎日そのことばかり考えていました。ですが、1995年に初めてインターネットに触れて衝撃を受けるとともに、その悩みは解消されました」と澤邊氏は話す。

「私の境遇は会社を経営するうえで、どうしてもポジティブにはならない。車椅子であることに対して、勝手にストーリーをつくられるのがイヤだったんです」(澤邊氏)仕事は実力で勝負したかったという澤邊氏にとって、誰とも直接会わずデジタル上で仕事が完結するインターネットは、本来の実力で勝負できる場所だったのだそう。

「クライアントの中には10年以上会わなかった人もいます。もちろん、電話やメールではやり取りするんですけど、営業やプレゼンには他のスタッフが行き、私自身は決して会おうとしないので存在を疑問に思われたりしましたよ(笑)」

現在は自身の境遇を公表し、メディアにも顔を出すようになった澤邊氏。
「これはもうバランスです。創業当時は何の実績もなく、社のイメージとして私の境遇が勝ってしまっていた。でも現在は会社としての実績もでき、多くのスタッフを抱えるようになりました。ここまでくるのに15年以上経ちましたが、今なら私の境遇が前に出てくることはありません」と心境の変化について語った。

これからのビジネス課題は20%の不満を埋めること

Web制作からスタートしたワントゥーテンだが、そのデザイン領域は広告や映像、空間のほか、IoTやAI、VR/ARなど、幅広いものになっている。創業から今まで、さまざまな仕事を手掛けてきた澤邊氏だが、最近の仕事で一番印象に残っているのは、東京2020パラリンピックに向けて発足した日本財団パラリンピックサポートセンターのプロジェクトなのだそう。

澤邊氏は2015年に、「 i enjoy ! 」(楽しむ人は、強い)というキーメッセージを掲げた、日本財団パラリンピックサポートセンター(以下、パラサポ)のオフィスデザイン、キーメッセージ、グラフィック展開を手掛けている。

「もともと依頼を受けていたのはオフィスデザインだけだったんです。キーメッセージやグラフィックについては、うちで勝手につくったんですよ」(澤邊氏)
強いメッセージ性で2020年のパラリンピックを表す「 i enjoy ! 」誕生のきっかけは意外なものだった。

「入れ物としてのオフィスをつくっただけでは『キレイなオフィスができたね』とか、『使いやすそうだね』で終わってしまいます。そうではなく、2020年のパラリンピックに向けて行動を起こせる場所をつくることが課題なんだと考えました」そんな熱い思いを込めつつ、勝手にキーメッセージとグラフィックもつくったところ、パラサポを運営する日本財団側も澤邊氏の思いに共感し喜んでくれたという。

「これは私の持論ですが、日本人に『あなたは幸せですか?』と訊ねると80%はそこそこ幸せと答えます。でも、残り 20%の部分でちょっとした不満を感じているんです。でもみんな、自分自身はその20%に何を求めているのかわからない、ある種の先進国病ともいえる状態ですよね。そこを埋めていくのがこれからのビジネスの課題だと思います」(澤邊氏)

パラサポの仕事も、この20%部分に当てはまっていたという澤邊氏。オフィスをつくっただけなら80%の部分で満足され、仕事はそこで終わってしまっていた。クライアントが気づかなかった20%部分の課題をこちらから浮き上がらせ、解決することで本当に満足してもらえるものが出来上がったという。

作用点を見つけて世の中の「当たり前」を変えていく

「日本はモノづくりが得意なのに、ビジネスにおいてストーリーやコンセプトをつくれる人が少ないんです。でも、人ってわかりやすいコンセプトがないと動かないんですよ」と話す澤邊氏は、自身の肩書についてクリエイティブディレクターやコンサルタントではなく、コンセプトをつくる “コンセプター”にしているのだとか。

「人が動くのは圧倒的な何かがあったときだとか、心が動いたとき。私の場合、体が動かないため仕事をする上でスタッフに動いてもらわないといけません。彼ら、彼女らが気持ちよく動いてくれる原動力となる心のスイッチはどこにあるんだろうって常に考えています。このスイッチのことを私は“ポジティブスイッチ”と呼んでいるのですが、こういった部分でコンセプターとして必要な要素を自然と鍛えられているんではないでしょうか」(澤邊氏)

日本はここ10数年間、大きく発展していくようなきっかけがなかったと話す澤邊氏は、オリンピック・パラリンピックが今後の発展に向けた大きなきっかけになると考えているのだそう。
「2020年の祭典は、日本そのものが発展していくことはもちろん、私たちの満たされない20%の部分についても考えるまたとない機会です。そして、チャンスをつかむため、みんなの意識や行動を少しずつ変えていく“ソーシャルチェンジ”を目指していかなければいけない。そうしていかなければ世の中は何も変わらないし、新しいものも生まれてきません」(澤邊氏)

ワントゥーテンを起業したきっかけは、もともと街づくりに関するNPO団体の理事をしていたときに、人を集めたりイベントをしたり、コミュニケーションの力でさまざまなことを解決していくのがすごく面白かったからという澤邊氏。最後に今後やっていきたいことを聞いてみた。「NPO時代から今後も変わらず私が目指しているのはソーシャルチェンジです。ワントゥーテンはデジタルテクノロジーに軸足を置いていますが、特定の分野にとらわれず人々のポジティブスイッチがオンになる作用点を見つけて、いろんな“当たり前”を変えていきたいですね」

既成概念にとらわれない自由な発想をもつイノベーターは、未来に向けてあらゆることをアップデートする体験を提供していく。

<プロフィール>

澤邊 芳明

ワントゥーテンホールディングス 代表取締役社長

1973年、東京生まれ。京都工芸繊維大学卒業後、1997年にワントゥーテンデザインを創業。現在は、広告クリエイティブからプロトタイピング、ロボティクス、空間まで総合的にプロデュースする9社からなる企業グループ、クリエイティブスタジオ「ワントゥーテンホールディングス」を率いる。リオ2016パラリンピック閉会式フラッグハンドオーバーセレモニーでは、コンセプターとして「POSITIVE SWITCH」を佐々木宏氏と共に発案した。ソフトバンク社が誇る、世界初の感情認識パーソナルロボット「Pepper」の人工知能・感情認識と連携した会話エンジンの開発なども行う。
公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 アドバイザー
日本財団パラリンピックサポートセンター 顧問等

ワントゥーテンホールディングス
http://www.1-10.com/

筆者:Sayaka Shimizu