最後の嘘つきは真紀さんだった! 「マジか……」と別府くんならずとも呟いてしまう終わり方だった『カルテット』第8話。満島ひかりが最強に可愛くてせつなく、高橋一生がさりげなく可愛くてせつなかったメインストーリーから振り返っていこう。


30代で片思いしたっていいじゃない


『カルテット』のキャッチフレーズは「全員片思い 全員嘘つき」。そして先週放送された8話のキャッチには「全員片思い完結!?」とあった。片思いを矢印で表すと、家森(高橋一生)→すずめ(満島ひかり)→別府(松田龍平)→真紀(松たか子)となる。真紀から伸びる矢印の先には幹生(宮藤官九郎)がいる。家森には矢印が伸びていない。「ワシにもくれ!」と言いたくなる気持ちもわかる。「完結」とは片思いが成就することを意味しているのではなく、片思いそのものがそこにあるという意味だった。

「人生には三つの坂がある。上り坂、下り坂、まさか」

カルテットドーナッツホールの4人は30代半ばの“下り坂”の真っ只中にいる。家族からはぐれ、夢の沼に沈んだキリギリスたち。世の中の役に立たないブレーメンの音楽隊。世間の常識に照らし合わせるなら、片思いなんかいしている場合じゃないのかもしれない。そんなことよりちゃんとした仕事を見つけて経済的に自立するべきだ。別府の弟・圭(森岡龍)が言うとおり、「ダメ人間」だろう。

それでも、このドラマは30代半ばの男女の片思いを否定しない。むしろ大切なものだと語りかけている(圭に対する別府の「人を査定しに来たの? どういう資格で?」というセリフがすごく良い)。

片思いは「夢」そのものだ。すずめは夢を見る。別府くんと一緒にナポリタンを食べた夢。別府くんと一緒にコンサートを見に行く夢。「好きだってことを忘れるぐらい、いつも好きです」。

圭の話を聞いたすずめは、アルバイトを見つける。4人の居場所を長続きさせるためだ。かつての勤務先とは対照的なこぢんまりした職場には、彼女にチェロを教えた老人のような白い髭のおじいさん・根本(ミッキー・カーチス)がいた。すずめは根本に心を開いて心の内を語る。

すずめ「私の好きな人には好きな人がいて、その好きな人も私は好きな人で。うまくいくといいなって」
根本「君の好きはどこへ行くの? 置き場所に困らないのかね」
すずめ「私の好きはその辺にゴロゴロしてるっていうか」

すずめの「うまくいくといいなって」というのは本心だろう。家族のあたたかさにふれたことのないすずめは、別府と真紀の娘になりたいと思っているかのようだ。父親の別府に母親の真紀。仲睦まじい2人のそばでゴロゴロしている娘のすずめ。

でも、すずめにはもう一つの本心がある。バイトに受かったときにBGMとして流れているピアノ曲はエリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴ」。和訳すると「あなたが欲しい」。おじいさんからチケットをもらったピアノコンサートのタイトルは「夢」だった。

別府と真紀が行ったコンサートのことを想いながらすずめは再び夢を見る。2話とまったく同じシチュエーションでアイスを差し出されるが、夢の中のすずめは迷わず別府の手を指でふれる。2話ではおそるおそる指さすだけでアイスにさえさわれなかったのに。ベンチでも2話では近づこうとして少し離れたけれど、夢の中では迷わず近づく。そんな夢を見ながらすずめは涙を流す。BGMはフランツ・リストの「慰め」。それにしても「すずめの片思い」って童話のタイトルみたいだ。


「言葉と気持ちは違うの!」家森の片思い


家森「夢の話でしょ? 片思いって一人で見る夢でしょ?」

もう一つの“夢の話”は、家森からすずめへのものだ。涙を流した後、一人で帰ってきたすずめのためにたこ焼きを買ってくる家森。たこ焼き屋のおやじに「好きな子がお腹空かしてるから持って帰ります」と言った(らしい)家森。

ちなみに現場レポートによると、土井裕泰監督と満島ひかり、高橋一生がたこ焼きをどう食べるかディスカッションが行われたという。2パック買って1パックずつ食べるアイデアもあったそうだが、「(家森は)貧乏だし」という土井監督のジャッジで1パックを「すずめのためだけに買ってきた」ということに。さらに「すずめが半分残したとして、すずめの使った楊枝を諭高は使わないよね〜」ということで、家森は見ているだけになったというわけ。だから最後は指でつまんでたこ焼きを食べている。

「SAJ(好きです・ありがとう・冗談です)の三段活用」の話をして、すずめに「好きです」と言う家森。「ありがとう」と返されて思わずダメージを受けてしまい、「冗談です」となかなか言い返せない家森。表向きでは「人を好きにならないようにしている」と言いながら、やっぱり好きになってしまっている家森。まさに行間案件、「言葉と気持ちは違うの!」(2話)である。家森はすべてがさりげない。それが彼の人間性であり、優しさである。

家森「人の夢の話聞いても、へぇ、としか答えられないでしょ。へぇからは何も生まれませんよ。へぇを生まないで」

片思いは何も生み出さないかもしれないが、人生に潤いをもたらす。すずめの片思いの話を聞いた白い髭のおじいさん・根本は言う。「眩しいね」。“下り坂”の4人の“まさか”の出会いから生まれた片思いは、夢のようにはかなく、夢のように楽しい。

すずめ「行った旅行も思い出になるけど、行かなかった旅行も思い出になるじゃないですか」

かなわない恋だって、寒々しい人生をあたためてくれる。別荘の片隅から4人を見つめるサボテンの花言葉は「あたたかい心」「枯れない愛」だ。30代の恋愛だからといって、肉体関係ありきじゃなくてもいいし、婚活に苦しむ必要もない。さりげない片思いでも、人生は豊かになる。それにしても、たった1話足らずでこれだけの話を展開する『カルテット』は本当にすごい。


真紀は早乙女真紀じゃなかった!


「♪上り坂、フフンフン、下り坂、フフンフン、そうね、人生はまさか〜」

真紀の鼻歌のとおり、8話のラストには“まさか”の展開が待っていた。富山県警からやってきた刑事の大菅(大倉孝二)が真紀の元義母・鏡子(もたいまさこ)に衝撃の事実を告げる。

大菅「こちらの女性は、早乙女真紀さんではありません」

えーっ! 何それ? じゃ、誰なの?

大菅「誰なんでしょう? 誰でもない女ですね」

せつない片思いの話だと思っていたのに、まさかラスト数分でこんな話になるなんて……。やっぱり『カルテット』は「ラブ・サスペンス」だった!

真紀は“早乙女真紀”という何者かに入れ替わっていた。カルテットドーナッツホールの4人は家族からはぐれた人たちだと何度か書いているが、真紀だけはここまで生い立ちが語られていなかった。真紀の血縁者は一人もドラマに登場していない(家森には息子がいる)。

夫である幹生だけが真紀を必要としてくれて、家族になってくれた。しかし、夫婦はしょせん「別れられる家族」だった。幹生が必要としたのは、“早乙女真紀”なのか、今我々が見ている真紀なのかもわからない。美しいヴァイオリニストと庶民的な専業主婦という2つの像も入り混じる。

真紀は7話で幹生に「いいよ、自分の人生なんか。面白くないもん! こんな人間の人生なんかいらないもん」と言っていたが、これは言葉通りの意味だった。入れ替わる前の真紀は「自分の人生」を捨てたのだ。8話で鏡子に「自分の人生を生きてください」と言われて返事ができなかったのも、そういう理由なのだろう。

「夢」とともに8話のモチーフになっていたのが「入れ替わり」である。冒頭で真紀はコンサートの仕事が空中ブランコに入れ替わった夢の話をして、別府は4人の体が入れ替わる夢の話をする。4人は別府が茹でた蕎麦を入れ替わり立ち替わり食べる。同じ器、同じ箸で同じ蕎麦をすする。家族のようでもあり、ズボラでもあり、何より楽しげに見える。そして彼らは誰も入れ替わりを非難しない。

別府の前で、真紀がピアノで弾く曲は「メヌエット」。ピアノの練習曲として非常に有名な曲だ。長らくバッハの作曲によるものだと考えられてきたが、実は近年になってまったく別の作曲者によるものだったということが判明している。入れ替わり!

真紀「死ぬなら今かな、って思うぐらい、今が好きです」

このまま4人でいたいと切実に思う真紀は、別府の告白も拒絶し、たこ焼きも4人分買って帰る。幹生を失った今、4人は真紀にとって大切な家族なのだろう。

別府もすずめも家森も、それぞれ偶然を装って真紀に近づいた。しかし、真紀を騙したはずの3人は、いまや真紀に騙されている立場だ。はたして9話と10話で真紀について、どのような謎が解き明かされるのか? そして、そのときカルテットドーナッツホールの面々はどういう反応を示すのだろうか?


「サスペンス」ってそういうことか!


有朱役の吉岡里帆(彼女はもっとも熱心な『カルテット』の謎解き人の一人でもある)は11日に行われたイベントでラスト2話の見どころについて聞かれて、こう叫んだという。

「サスペンスの定義を家に帰って調べてみてください! また、みぞみぞします」

彼女の言うとおり、サスペンス(suspense)を辞書で引くと、「不安」という意味とともに「あやふや、どっちつかず、宙ぶらりん」という意味が出てくる。「おとなの掟」には「ああ白黒つけるのは恐ろしい・・切実に生きればこそ・・」とある。なるほど、サスペンスってそういうことか! 

いよいよ『カルテット』は本日放送の第9話を含めて残り2話。今夜10時、刮目して待つ。WBCが終わるまで待つ!
(大山くまお)