ホンダは、1981年に同社が世界初の地図型カーナビゲーションとして商品化した「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」が、IEEEマイルストーン(アイトリプルイー マイルストーン)に認定されたと発表しました。

↑「IEEEマイルストーン」に認定され、ホンダに授与された銘板

 

IEEEマイルストーンは、電気、電子、通信といった分野における歴史的偉業を認定する賞として1983年に創設された。認定には開発してから25年以上が経過して世の中で高く評価されている実績が必須要件となっており、2017年2月までに「アポロ月着陸船」「東海道新幹線」「黒部川第四発電所」など174件が認定されている。意外だったのは、これまで自動車産業界での受賞は1件もなかったということ。その意味でも、「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」の認定はその第1号として記念すべき事例ともなったわけである。

↑式典ではIEEEのカレン・バートルソン会長から、認定の銘板が本田技研の八郷隆弘代表取締役社長に贈呈された

 

「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」が認定された理由は言うまでもなく「世界初の地図型カーナビゲーション」としての商品化だ。現在はスマホでも手軽にカーナビゲーションが利用できる時代となっているが、今から40年近く前はそんなことができるはずもなく、ひたすら紙地図を開いて現在地をたどっていた。「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」で実現したのは、「ガスレートジャイロセンサー」を用いることでクルマの動きを自動的に検出し、現在地として反映できるようにしたことにある。

↑「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」のディスプレイ部

 

当時、電装開発責任者として開発に携わった田上勝俊氏によれば、「もともとはガスレートジャイロセンサーをナビゲーション用として準備したわけではなかった」という。「当初はサスペンション用として使おうとしたが、あまりに精度が低く、その転用先としてコース誘導用に活用されたものだった」(田上氏)というのだ。当時、ホンダの電装開発が目標に置いていたのは、なんと“自動運転”。しかし、それが簡単にできるはずもなかったが、ナビゲーションの開発はその実現に近づく格好の目標になったというわけだ。

↑「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」の“生みの親”でもある本田技研工業株式会社基礎研究所初代所長田上勝俊氏

 

多くの企業が協力し世界初の地図型ナビを開発

しかし、いざ開発するとなるとその作業は困難を極めた。まずジャイロセンサーには停止すると勝手に滑り出す“ドリフト現象”が発生して止まらなかった。この対策のために試行錯誤を繰り返し、やがてヘリウムガスの純度を高めることでガスレートジャイロの安定性が高まることがわかる。ただ、その実現には高い真空技術が欠かせない。真空技術に長けているといえばランプメーカー。開発チームは、ランプメーカーであるスタンレー電気に白羽の矢を立てた。当初は海のものとも山のものともつかぬ開発に難色を示したスタンレー電気だったが、開発チームの熱意に根負けし、開発に協力することとなった。

 

自車位置を表示するなら地図も必要だ。しかし、当時は紙地図しかない時代。検討を重ねた結果、昭文社が紙地図で使われていたものをフィルム化して協力してくれることになった。地図上にマーキングして消せる専用ペンは三菱鉛筆が担当。ブラウン管の上に差し込んだフィルム式地図上にペンでマーキングして使用した。まさに「協力会社の知恵があったからこそ完成にこぎ着けた」(田上氏)というほど、「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」には多くのサプライヤーメーカーが関わってくれていたわけだ。

 

こうして完成された「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」であったが、それでも完全にズレを解消できたわけではなかった。真っ直ぐ行っているはずなのに、少しずつ地図上からずれていくのだ。そのため、利用者は信号待ちをしたときに、交差点と地図を照らし合わせ、ここでフィルムの地図を動かしてズレを修正する必要があった。つまり、人間が補正を加える“手動マップマッチング”は欠かせなかったのだ。“自動運転”を目指して開発が始まったが、当初はまさに人間と機械が手を携える、今から思えば微笑ましい光景が繰り広げられていたのだ。

 

受賞記念式典にはそうした協力会社も出席。式典の後で開催された祝賀会では、ホンダが認定された「IEEEマイルストーン」プレートのレプリカが授与された。その後、関係者はそれぞれに想いを語ってくれた。

↑ホンダ関係者(左から松本宜之 本田技術研究所代表取締役社長、八郷隆弘 本田技研代表取締役社長)と協力会社の代表者が集合

 

このなかで「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」の本体の開発に携わったのはアルパインだ。同社会長の宇佐美 徹氏は、「ジャイロケータを開発した当時のメンバーは私以外卒業してしまっている。今回の受賞は技術者にとって励みになるもので、今後もこの精神を継承して次の製品開発につなげていきたい」と語った。

↑開発に携わったアルパイン会長の宇佐美 徹氏

 

続いて登壇したのは同じく本体及びセンシング系に携わったアルプス電気の代表取締役社長 栗山年弘氏。「開発が始まった1970年後半から弊社は車載事業に乗り出した。この製品の開発をきっかけとして“世界初”へチャレンジしようという精神が培われた。今後もホンダとともに“世界初”“業界初”の開発を続けていきたい」と今後への抱負を述べた。

↑「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」本体及びセンシング系に関わったアルプス電気 代表取締役社長の栗山年弘氏

 

真空技術に貢献したスタンレー電気は代表取締役社長の北野隆典氏が出席。「評価された技術は、弊社創業の原点である自動車用電球のタングステンと真空技術を要素にどうガスレートを真空内で制御するのかが基本。名誉ある賞をホンダとともに受賞できたこと心より嬉しく思っている」と謝意を示した。

 

フィルム式地図で協力した昭文社からは代表取締役社長の黒田茂夫氏が出席。登壇者の中で最も若かった黒田氏は、「当時、私は中学校3年生ぐらいだった。実はその時、自宅の車庫にジャイロケータを積んだクルマが隠すように置いてあったのを憶えている。当時は凄く大きいものがクルマに乗っていて、まるで戦闘機のようだと思ったりした」と述べて会場を沸かせた。

↑昭文社が開発した「ジャイロケータ」で使われたフィルム式の地図

 

↑必要な地図をファイルから探してディスプレイ前に差し込んで使った

 

自車位置をマーキングするのに使う専用ペンを開発したのは三菱鉛筆だ。挨拶した同社取締役副社長 数畑徹郎氏は「弊社はそれまで“書く”ことは得意だったが、“消す”ことは経験がなく、市販をすることなく、専用インクを使うペンの開発には相当苦労したと聞いている」と当時を振り返った。

↑マーキング用として何度でも消せるマーカーペンを開発したのは三菱鉛筆

 

いまや、GPSによって、地球上どこでも現在地が正確に把握できる時代となったが、それもこうした先人たちの積み上げた努力があったからこそ実現できたものなのだ。ナビゲーションを使ったとき、今から36年前、フィルム式のナビゲーションで手動マップマッチングしながら使っていた「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」の存在があったことをぜひ思い浮かべてみて欲しい。

↑元インターナビ室長 今井 武氏(左)と田上勝俊氏。2人はホンダのカーナビ開発で師弟関係にある