なぜ公務員の「天下り」はここまで批判されるのか

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■官僚バッシングは過激化するばかり

わたしの古巣である文部科学省天下り問題で揺れている。官僚トップの前川喜平事務次官が引責辞任し、計7人が懲戒処分となる展開は極めて重大なことであり、省内には激震が走った。ことに、前川次官の辞任は衝撃だったろう。リーダーとして職員の信望が厚いだけでなく、全国各地を回って積極的に教職員や高校生、大学生に語りかけ、子どもたちの学習環境を守るため先頭に立って活動していた。辞任の日に全職員に向け発信したメールは「気は優しくて力持ち、そんな文部科学省をつくっていってください」と結ばれており、一部で報道されると教育関係者を中心に好意的な反響を呼んでいる。

ただし、国家公務員法が定める再就職規制に違反したという厳然たる事実は消えない。求職に省庁が直接関与すること、現職の公務員が求職活動を行うことの禁止事項2点に明らかに抵触しただけでなく、再就職等監視委員会に対して虚偽の説明を捏造した行為まであっては、悪質との誹りを受けても仕方ないところである。先輩のわたしから見ても敬愛に値する次官を失う結果になったのは痛恨の思いだろうが、甘んじてそれに服さねばなるまい。

しかしその一方で、すべてを「天下り=悪」と決めつける考え方には異議を唱えておきたい。

「天下り」とは、退職した公務員が関連する民間企業、団体に再就職することを指す俗語である。神が天界から地上に降りる「天降り」をもじったものだ。あまりにも広く用いられる言葉となり、民間企業の本社から子会社への転職の場合などにも使われたりする。

元来、官庁を「お上」と称した頃の国民意識が前提になっており、主権在民の現在、ことに官僚バッシングが常態化してきた昨今には比喩として必ずしも馴染まないのだが、そもそもが批判的な文脈の上のものなのだから今後も生き残るだろう。

ただ、この問題をきちんと議論するためには定義を正確に「公務員の再就職」として考えたい。なぜなら、政治家の唱える「天下り禁止」は実に乱暴な用法だからだ。公務員の再就職自体は禁じられていない。そのやり方にいくつか規制がかけられているのである。

大きくは、(1)官庁が再就職に関与すること、(2)本人が在職中に求職活動をすること、(3)再就職した者が離職後2年間の期間に元勤務した官庁に働きかけをすること、という3点だ。今回、文部科学省は(1)と(2)について再就職等監視委員会から違反の判定を受けている(※1)。

逆に言えば、この3点さえ守れば再就職は許されているわけだ。にもかかわらず、許されている範囲に対してまで論難が及ぶのは明らかに行き過ぎだろう。今回の事件は国会でも取り上げられ、野党のみならず与党の議員からも厳しい指摘が続いている。自民党の河野太郎衆議院議員は衆院予算委員会で文部科学省の行おうとしている内部調査を「泥棒に泥棒の見張りをさせても意味がない」と批判した。それはいいとしても、国立大学法人(元の国立大学)への現役職員の出向人事まで天下り呼ばわりし、やめるべきだと主張するのは全く筋が通らない。国立大学法人を含む独立行政法人への現役出向は合法と認められているからである。こんな調子だから、政治家やマスコミの論調に乗り、安倍首相は現行法で再就職仲介が許されている省庁OBに対し、省庁が職員の退職時期などの個人情報を提供することも禁止すると明言した。再就職に関する規制はいっそう厳しくなりそうだ。

■働き方は「ブラック」将来設計も困難に

公務員は憲法に定める全体の奉仕者として扱われるために労働者を守る労働法の適用も受けず、特に20代、30代までは民間の大企業より相当に低い給与水準に甘んじる。勤務実態は「日本一のブラック企業」と揶揄される通り過酷で、3ケタも珍しくない残業時間に対し予算上の制約でその何分の1かの残業手当しか出ない。それが霞ヶ関の労働環境なのである。

そうした働き方の根本を改革しようとせず、国民の耳に心地良い「天下り禁止」のスローガンで再就職の部分だけを締め上げていくやり方にはどう考えても無理がある。就職時から退職後までの長い期間を視野に入れて公務員の処遇を抜本的に見直す時期に来ているのではないだろうか。そうでなければ公務員志望者の確保も難しくなろう。

「1億総活躍社会」を掲げる安倍内閣は、長時間労働是正や女性活躍など民間で働く人たちの「一人ひとりのニーズにあった、納得のいく働き方を実現するため」(政府広報より)の働き方改革を目指している。ならば、公務員についても同じような視点で臨んでほしい。今までより厳しくするべき部分もあるだろうし、改善してやるべき部分もあろう。その両方をバランス良く組み合わせて「霞ヶ関働き方改革」を議論してほしいものである。

わたしが現役だった時代の先輩たちの再就職は、どの省庁でも役所が差配していた。他省庁のように民間企業・企業団体への道をほとんど持たない文部省(当時)であっても、特殊法人をはじめ関係団体の数も多くて何の支障もなかった。ところが1990年代に入って行政改革により団体の統廃合が行われ、再就職先が急減する。そして2007年の再就職規制、09年の民主党政権による特殊法人からの元公務員排除方策と続く中、再就職の条件はどんどん厳しくなってきた。

現在では、OBの紹介でルートをつなぐのが一般的な形になっていると思われる。それをさらに今回の安倍首相発言のようにOBと役所の間まで分断するならば、全員が退職後に個人の力で再就職先を確保しなければならなくなる。有力OBと個人的関係がある者はなんとかしてもらえるかもしれないが、それ以外は自力でやるしかない。

内閣府に置かれた官民人材交流センターが13年秋から再就職支援を行っている(※2)といっても、局長級以上は対象外で、それ以外の者についても実際は民間経営の再就職支援会社を紹介してくれるだけだから、結局個人での就職活動になる。

わたし自身のケースでは、キャリア公務員の「早期退職慣行」があった頃なので54歳で退職し、役所の世話になることも断った。幸いすぐにさまざまな単発仕事のお誘いがあり日々忙しく過ごすことができたものの、現在の京都造形芸術大学に就職が決まるまでは個人営業する心細さを感じていたのは否めない。まして退職後なすべき仕事もなく新しい職を探さなければならないのなら、そんな段ではないだろう。

これでは退職後の将来に不安を感じざるを得ないではないか。年金は減額される一方で75歳まで働けと言わんばかりの状況になる社会にあって、職の保障がないまま放り出されるも同然なのだから。こんな仕打ちが待っている中、公務員が国民のために心を込めて粉骨砕身努力することができるだろうか。

もちろん、受け入れ先から見て能力の低い人間を雇用する必要などない。個々の力量に応じて、その力を発揮できる場が用意されればいいのである。そうした仕組みができて初めて、政治と行政、国民と官庁の間に信頼関係が確立されると信じる。

なお、わたし個人が考える公務員改革案は10年に出した『「官僚」がよくわかる本』(アスコム)に具体的に示している。ご興味ある方は、本稿と併せてこちらもご一読いただければ幸いである。

注1:再就職等監視委員会「文部科学省職員及び元職員による再就職等規制違反行為が疑われた事案に関する調査結果について」(平成29年1月20日) http://www5.cao.go.jp/kanshi/pdf/houdou/290120/tyosakekka.pdf
注2:内閣府官民人材交流センターの発表によると、同センターを通じて再就職したのは2015年度は32人、14年度は16人だった。

(京都造形芸術大学芸術学部 教授 寺脇 研=答える人 宇佐見利明=撮影)