元グループ社員 東海友和氏●ジャスコ創業者の岡田卓也氏の姉で、グループを支え続けた小嶋千鶴子氏の下で人事部門に携わる。2005年から卓也氏が理事長を務める岡田文化財団の事務局長兼美術館運営責任者も務めた。08年より東海コンサルティング会長。

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■どうやって規模を拡大したのか?

イオン創業家である岡田家には「大黒柱に車をつけよ」「上げに儲けるな、下げに儲けよ」という有名な家訓があります。

同時に、企業である前提としての考え方があり、7つくらいに整理できるように思います。それは、「会社は社会の機関である」「仮に人でも、社会からの預かりもの」「経営者しかできないことを厳密にきちんと理解している」「企業と家業を厳密に区分している」「店は客のためにある」「人と共に成長する会社」「利益の正当性」です。

例えば、「企業と家業を厳密に区分している」を説明すると、岡田家には「見競勘定(みくらべかんじょう)」という、今で言う貸借対照表(B/S)のようなものがありました。本来、商人が使うのは、いくら売って儲けたかという損益計算書(P/L)だけ。ところが、岡田家では資産、そして資産の源泉がどこから出てきたのかを表すB/Sを大切にしてきました。

その証拠に帳簿も店と奥使いは別に記載していました。奥というのは、個人の岡田家が使ったお金です。家業と企業のお金の使い分けができなければ、経営者は会社を成長させることはできません。岡田家は公私の区別をはっきりさせていました。

私は岡田卓也イオン名誉会長相談役と、彼を陰で支えた姉の小嶋千鶴子という創業家の2人の経営者を40〜50年間見てきました。その意味で、イオンが「人と共に成長する会社」であったことを実感します。

私が小嶋に「あそこの会社、大きくなりましたわ」と言うと、彼女は「膨脹しているだけや」という言い方をしました。膨脹というのは成長とは違います。たまたま時流に乗っただけで、人が育っていないのです。「仮に人でも、社会からの預かりもの」にあるように、岡田家には人をきちんと育てていけば、会社も育っていくという考え方が基本にあります。岡田屋時代から、昇進は年功序列ではなく、課題図書に基づいた登用試験制度をしていました。

小嶋は相続人がいなくて23歳で岡田屋の社長にならなければならなかった。そこから経営を学んで、2〜3年で管理部門を掌握したほどの勉強家です。読書家でもあって、ビジネスの本でも専門書を読む。小嶋も岡田も、朝から晩まで本当に会社のことを考えていました。

岡田家の流儀は、創業家や先代から伝わった知識を自分たちで勉強したり体験して得たこととうまくミックスして自分たちのものにしてできたのだと私は思います。

とくに企業では体験で得たものが重要な要素となってきます。創業者というのは、哲学、人間観、事業観を自分の会社の中核に据えている。そこには自分の体験も入っています。会社=自分なんです。

■なぜ、テナントを入れたのか?

イオンの前身であるジャスコには、もともと個人経営の岡田屋が、いろんな地元スーパーと一緒になって大きくなっていった合併の歴史があります。「大黒柱に車をつけよ」という家訓には、立地戦略という意味で、この合併も含んでいます。さらに言えば、社会や経済の動きに応じて革新をしていかなければいけないという意味もある。

ただ、この「大黒柱に車をつけよ」の本当の教えとは、同じところで同じことをしていたのでは駄目だということなんです。「店は客のためにある」「会社は社会の機関である」。だからこそ、「先鞭を付けること」が大事になってきます。小嶋も岡田も2番は嫌い。自分のところが先じゃないといけないんです(笑)。

実際、モール型ショッピングセンターにテナントを入れたのは、おそらくイオンが初めてです。自分の店だけでなく、専門店を入れたり、地元の商店街にあったお店も入れたりして、一緒にショッピングセンターをつくりました。

ただ、そこにはもう一つの戦略が隠されています。それがB/Sという考え方です。その当時、一つのショッピングセンターをつくろうとすると、多額の投資が必要でした。ところがテナントの入店保証金があれば、初期投資は少なくて済む。だから、いち早く多数の店舗を出店できたのです。

もう一つ「上げに儲けるな、下げに儲けよ」という家訓があります。岡田屋はもともと呉服屋です。当時の呉服屋というのは、倉庫に商品をためておきました。もし大暴落したら大損が出る。そのとき商人なら現金を持って大暴落した産地へ行って、暴落した値段で買ってきて、それをまた売る。これが「下げで儲ける」ということです。

いわゆる商品回転ですが、実はそれこそ商売の原点なのです。経営というのは回転です。100万円を年6回ほど回すのか、年に10回ほど回すのかによって全然違う。一方、「上げに儲けるな」というのは、バブルのときのように上げ相場で儲けてはいけないということ。だからこそ、イオンは余分な不動産投資をせずに、本業に専念しましたし、「利益の正当性」を主張できるのです。

イオンには「平和」「人間」「地域」という3つの理念があります。とくに岡田は「地域」に貢献するということに対する愛情が非常に強かった。創業の地である四日市というのは、近江から来る街道と東海道から来る街道にある交通の要衝で、比較的自由な雰囲気なんです。

そんな四日市には古くから見競勘定がありました。それはおそらく松坂商人に由来するものです。松坂商人というのは、蒲生氏郷が連れてきた商人ですが、もともと蒲生氏郷は滋賀県の近江の日野というところの城主で、移封されて松坂へ来たんです。そのとき取り巻きの近江商人を連れてきた。だから、近江商人の「三方よし」の考え方も含め、非常に影響を受けているのでしょう。

小嶋は自分の人生の時間と会社での職業人生を分けていました。事業というのは、与えられたものです。会社の経営は80歳や90歳でできるものではないと考え、60歳で一線を退いています。小嶋はお金にも頓着しませんでした。寄付や助成金に対しては、パッと気前よく使う人でしたが、自分の生活では月20万円しか使わないと決めています。こうしたお金の使い方も松坂商人の考え方の影響を受けていると言えるのかもしれません。

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▼岡田家家訓
・大黒柱に車をつけよ
・上げに儲けるな、下げに儲けよ

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▼イオン基本理念
平和
人間
地域

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▼7つの基本指針
・会社は社会の機関である
・仮に人でも、社会からの預かりもの
・経営者しかできないことを厳密にきちんと理解している
・企業と家業を厳密に区分している
・店は客のためにある
・人と共に成長する会社
・利益の正当性

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(ジャーナリスト 國貞文隆=構成 堀 隆弘=撮影 Getty Images=写真)