『メキシコ 地獄の抗争』

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 メキシコ麻薬戦争……今、最にアメリカのエンタメ界に影響を与えている時事問題の一つである。ドラマ『ブレイキング・バッド』や映画でいうと『ボーダーライン』(15年)など、麻薬戦争を題材にした作品はここ数年で爆発的に増えた。しかし、その多くは前述の通りアメリカから、つまり外から見たものが殆どだ。ではメキシコ内部から見たとき、この戦争はどう見えるのか? その答えの一つが『メキシコ 地獄の抗争』(10年)にある。本作は2013年に日本でもDVDスルー公開されたものの、ソフトの流通数自体が少なく、現在は中古DVDも高騰。なかなか見ることのできない状態になっていたが、ありがたいもので、この度Netflixの配信ラインナップに加わった(担当者の仕事っぷりに感謝だ)。これを機会に、今回は本作について書いていきたいと思う。

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 正直、『メキシコ 地獄の抗争』と聞いたとき、多くの人は『地獄の抗争』という言葉にある種の安っぽさを覚えるだろう。だが見終わったときには、この邦題しかないと思うはずだ。それ位この映画は地獄である。絶望的な状況に堕ちて行く主人公、情け容赦がない暴力に次ぐ暴力、そして鑑賞後の暗澹たる気分……この手の映画の定番はしっかり押さえられている。――が、真に恐ろしい点は、それでいながら本作が笑えるコメディであることだ。メキシコ麻薬戦争と聞けば、私たちは完全武装の特殊部隊や、残虐でキレ者の麻薬王、凄腕の麻薬捜査官などを想像するが、本作にはそんなものは一切出て来ない。全編通して陽気なメキシコ音楽が流れ、主人公のダメな中年男性の行動はユーモアたっぷりに描かれるし、それ以外のキャラクターも何処か間の抜けた、ちょっとダメな人たちばかりだ(つまり普通の人たちと言い換えてもいい)。

 特に前半はその傾向が顕著で、完全にコメディとして作られている。アメリカからメキシコに数十年ぶりに帰ってきた男が主人公なのだが、死んだ弟が人を数十人殺した悪党になっていたことを聞かされ、さらにその恋人と速攻で出来てしまう。絵に書いたようなメキシコ美女である彼女と、甥っ子に当たるその息子を助けるべく、麻薬ビジネスに足を踏み入れ、あとはもう転がり落ちるように成り上がっていく。ただ、いっぱしのギャングになっても、中身は完全な小市民(きっとある程度は「ああ、こういうことあるよね……」と、感情移入できるだろう)。自分は麻薬ビジネスで大成功し、調子に乗ってコテコテのギャング・ファッションに身を包んでいるのに、大事な甥っ子が不良に走ると「不良になんかなっちゃダメだ!」と叱りつける。そんな「どの口が言う」の見本のような快シーンもある。

 しかし、これが中盤以降からドンドン様子が変わっていく。それまで呑気にやっていた主人公だが、まず頼れる相棒に不幸が。そこから暴力はより激しく、映画のトーンもシリアスなものに変わっていく。前半と同じ映画とは思えないほどだ。このとき観客は悟る。主人公が最初から地獄に来ていたこと、更にもう引き返せないことを。主人公の相棒のセリフが脳裏をよぎる「ここが地獄なんだ!」人は呑気に地獄へ落ち、かくして中盤からは血なまぐさく、絶望的な展開が続くが……ここからクライマックスにかけて、更にとんでもないウルトラCが待っている。コメディからヴァイオレンス・ドラマを経て、もはやジャンル分けでないところに着地してしまう。詳しくは書かないが、是非その目で目撃してほしい。恐らく度肝を抜かれるはずだ。

 シャレにならない話をシャレっ気たっぷりに描きながら、最後は強烈なメッセージをぶつけてくる。麻薬戦争という題材で、ここまで変幻自在な物語を紡いだ映画はそうそうない。本作は地獄のような麻薬戦争を戦う者たちではなく、その真っただ中、地獄の中で生きる者たちの視点で作られている。アメリカ産の麻薬戦争映画とは一線を画す、奇妙で強烈な大怪作だ。(加藤よしき)