鬼才ナ・ホンジン監督

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 『チェイサー』『哀しき獣』に続き、新作『哭声/コクソン』(公開中)でもカンヌ国際映画祭に参加した鬼才ナ・ホンジン監督。國村隼の熱演も話題を呼んだ本作で、なぜ國村演じるよそ者の男を日本人に設定したのか? 来日したナ・ホンジン監督が語った。

 國村ふんする男を日本人にしたのには、新約聖書の影響があったという。「イエスがエルサレムに向かっていくんですが、その時にユダヤ人がどのように受け止めたのかというフィーリングを活かしたいと思いました。この映画は混沌や混乱、疑惑について描いていますが、イエスは歴史上最も混乱を与え、疑惑を持たれた人物の中の一人ですよね」。一見しただけでは敵なのか判断できない存在を通して「混同」というテーマを表現しようと考えた監督は、当初“見た目は似ていても異邦人”である中国人か日本人俳優の起用を想定。そして、「その中でも日頃から尊敬している日本の方と一緒に仕事をしてみたい」という思いから、よそ者は日本人に決定した。

 ナ・ホンジン監督の作品は、3作すべてがカンヌで上映されただけでなく、劇中に犬が登場するという共通点がある。なぜ、監督はそこまで犬にこだわるのだろうか。「私は犬を通して先天的な性格を発見する時があるんです」と切り出した監督は、「人間本来の、原始的な姿というのが犬の中にあるのではないかと思います。果たしてそれは後天的なものなのか、先天的なものなのかということを、自問自答するわけです」とその理由を明かした。

 それだけでなく、監督は幼い頃に父親が住んでいた村で遭遇した犬に関する衝撃的な出来事を振り返った。「村に大雨が降って、堤防が決壊するという警報が流れたんです。村人は避難したんですが、その時に犬を連れていくことができないので、みんな犬をつないでいた鎖をほどきました。結局大雨が降っても堤防は決壊することはありませんでしたが、翌日村に戻ってくるとそこに白い犬が一匹いたんです。そして、その一匹の白い犬がほかの犬を全部食い殺していたんです。だから私は犬を通して自問するんです。この事件の原因は果たして何なのだろうか? と」。

 また、今作ではチョン・ウヒや子役のキム・ファニら女優陣が強い存在感を放っている。これまでの3作は男性が主人公だったが、今後女性を主人公に映画を撮るつもりはあるのか尋ねると、今までの作品はあくまで物語の展開において男性が適していただけで「できるようなストーリーがあるのであれば当然女性も撮ると思います」という監督は、「私は素材を考えるときに、女性キャラクターをどういうものにしようかな? 何にしようかな? ということを先に考える、そういうアプローチの仕方はしないんです」と制作スタイルを明かすと、映画の中で一番重要なのは「人間の変化」だと持論を展開。「変化の中でも、善を目指していくための変化というものを表現していきたいと思っています」と彼の作品の根底に流れている思いを打ち明けた。

 さらに、「時代劇であったらいいなぁと思うんですが」とかつて考えた女性キャラクターのストーリーも少し披露。「モンゴルにいる女性が他人の子供のために、本来はそうではなかったのに、全てを後回しにして今までタブー視されていたあらゆることをやってしまうんです。フィクションではあるけれども革命をするような、そういった話があればいいなと思いました」。ナ・ホンジンの撮る時代劇、想像するだけで心が弾むその構想の実現を願うと、監督は「投資家を探してください(笑)」とお茶目に冗談を飛ばした。

 『哭声/コクソン』は、警察官ジョングが暮らす平和な田舎に正体不明のよそ者(國村)がやってきてから奇妙な事件が多発するようになり、村人たちが混沌の中に突き落とされるさまを描き出す。(編集部・吉田唯)