「孤独」は伝染する ひとりぼっちの若者が増えていく理由

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私たちはますます孤独になっている――。シカゴ大学ナショナル・オピニオン・リサーチ・センターの総合的社会調査(GSS)によると、親友がいないアメリカ人の数は1985年の3倍に増加した。何でも打ち明けられる相手の数を「ゼロ」と答えた人が最も多く、調査対象者の4分の1近くを占める。「重要なこと」について相談できる相手の平均人数も、以前の3人から2人に減少した。

この孤独感はミレニアル世代において最も顕著だ。その背景には、大きく分けて二つの要因があると筆者は考える。

一つ目は、孤独は伝染するということだ。マサチューセッツ州ファーミンガムで1948年から継続的に行われている住民研究のデータを基にした2009年の調査では、人は友人、隣人、同僚、家族など直接的なコンタクトを持つ相手が孤独に陥ると、自分も孤独を感じる率が52%高くなるという結果が出た。孤独な人々のそばにいるだけで、それまで孤独ではなかった者まで孤独を感じるようになるのだ。

孤独な人々は、他者からの関心や親愛の情といったポジティブな社会的刺激を受けにくく、早い段階で人間関係から離脱し、やがて社会から孤立する傾向がある。さらに、ファーミンガムの調査によると「疑い深く、攻撃的な態度」をとる傾向があり、そのような人を遠ざける行動がますます周囲をも孤独にさせる。

調査を行ったニコラス・クリスタキス博士は、2009年のニューヨーク・タイムズの記事で「孤独な人は接する相手に孤独をうつし、やがて両者の関係が断絶します。そしてうつされた人は、別の人を相手に同じことをします。孤独の連鎖が社会的ネットワークの崩壊を引き起こすのです」と述べている。たった一人の孤独な人間が社会的ネットワーク全体を不安定にさせることもあり得るのだ。

孤独を拡散するインターネットの存在

二つ目の要因は、孤独を拡散するインターネットの存在である。孤独な人が増え始めた時期が、アップルが同社初のパーソナルコンピューターを発表した2年後、ティム・バーナーズ=リーがWorld Wide Web(WWW)を構築する5年前にあたるのは偶然ではないだろう。

皮肉にも、私たちは孤独を和らげるためにインターネットを活用している。インターネットさえあれば、車や電話を持っていなくても、事前に約束しなくても、ワンクリックで誰かとつながることができる。

オンラインゲーム「ワールド・オブ・ウォークラフト」のユーザーはプレイ中、実社会にいる時よりも社会不安や孤独を感じることが少ないという研究結果がある。インターネットは孤独な人々に一時的な充足感を与え、人々は不安や孤独を感じる時ほどインターネットに向かうようになる。だがやがて、一時的で表面的な関係に満足できなくなる。オンラインの人間関係は、リアルの人間関係の代わりにはならないのだ。

また、テクノロジーの存在そのものが、人間関係を妨害するという研究結果もある。赤の他人同士のペアをブースに入れて10分間会話をさせるエセックス大学の実験では、二人のそばの机に携帯電話を置いた場合と、小さなノートを置いた場合とで、被験者のお互いに対する印象が異なった。カジュアルな会話をする分には変わらないが、深い内容を話す時は、携帯電話がそばにあると相手に対する共感度や信頼感が低くなるという結果が出たのだ。

孤独な人々は社会から排斥される

さらに孤独を悪化させるのが、孤独な人々を排斥する社会の風潮である。1965年のある有名な調査では、群れから引き離されて何ヶ月間も一匹で檻に閉じ込められた猿は、群れに戻された後に仲間外れになるという結果がでた。前述のファーミンガムの調査も、人々は孤独な個人を遠ざける傾向があり、「孤独を感じることが、客観的にも孤立した状態を引き起こすことがある」と示す。

筆者のようにテクノロジーに囲まれて育ち、子供の頃からテクノロジーを使って自らを癒してきたミレニアル世代は特に、孤独を感じれば感じるほど、インターネットの世界に現実逃避しがちである。特にフリーランサーなどの一人で働く人が増えれば、この傾向はますます強くなるだろう。

かつて社会学者のフィリップ・エリオット・スレーターは、物議を醸した1970年の著書『孤独の追求 崩壊期のアメリカ文化』で、不快な物事は自分の視界からなくせば消滅すると思い込むことを水洗トイレにたとえて「トイレ・アサンプション」と名付けた。

スレーターはまた、アメリカの個人主義とその副産物である孤独が「人間の相互依存を否定しようとする試みに根ざしている」と述べている。現代社会において、孤独という感染物質の集合体であるインターネットへの依存は、孤独を無いものにしようとする最も不毛な試みなのだ。