今季、「26」を背負う高井和馬。2節の湘南戦で早くもプロ初ゴールを挙げた。(C) J.LEAGUE PHOTOS

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 この2年間で、群馬の背番号26は間違いなく“出世番号”になった。2014年に入団した江坂任がこの番号を背負うと1年目で13得点を記録し、翌年は大宮に移籍。さらにJ1初年度で31試合に出場し8得点を記録した。
 
 そしてその翌年の2016年に入団した瀬川祐輔がその背番号を引き継ぐと、同じく13得点を記録。江坂の後を追うように大宮へ移籍し、初戦の川崎戦で早速先発デビューを果たしたことも記憶に新しい。
 
 チームのトップスコアラーがわずか1年の在籍でいなくなるということは、J1昇格やチームの強化という点を考えると群馬にとっては決して好ましくないことかもしれない。しかし逆に言えば、この2年間で江坂と瀬川が活躍したことにより、“出場機会を得られる”という点で、新卒プレーヤーには魅力的に映っていることも事実だろう。そして、今年も1人の有望な大卒選手が「群馬の26番」を引き継いだ。
 
 それが、J2第2節の湘南戦でプロ初ゴールを記録した高井和馬だ。江坂、瀬川という先達のふたりは関東大学サッカーにおいて“良い選手”ではあったものの、目を見張るような存在感を示していた訳ではない。ただ、この高井は日本体育大で10番を背負い、昨年度の関東大学リーグ戦で得点王に輝いた実績もある。群馬にとって“過去最高の26番”となる可能性を大きく秘めている選手なのだ。
 
 ただ、彼はいわゆるエリートではない。高校時代は千葉SCという街クラブに所属していたが、県リーグ2部で戦っていたほどで全国には遠かった。そんな中、友人とともに進んだ日本体育大で転機が訪れる。
 
 もともと個の力を持ってドリブルで相手を剥がすプレーには長けており、「個人技には自信があった」と語っている。ただ、高いレベルでサッカーを教わったことはなく、持てる才能を最大限に発揮するまでには至らなかった。
 
 そこで、彼の才能に目をつけたのが日本体育大の監督であり、かつてジュビロ磐田の黄金期に監督を務めていた鈴木政一氏だった。2015年に鈴木氏が日体大監督に就き(正確には、2011年〜12年にチームを率いて一度離れたため、再就任となる)、真っ先に目をつけたのが高井の存在だったのだ。
 そして、鈴木監督は個別に高井を呼び出し、あることを伝えた。
 
「『お前は代表に入れる!』と言われたんです。そこからポジショニングから何から、サッカーを教えてもらいました。コーチにも、『政一さんは思ったことを言う人。プロに行った人に対してでも“あいつは2年で終わる“と言うし、そう言ってくれるということは本当に期待されているということ』と言われて。そこから意識は変わりました」
 
 Jリーグの歴史に名を刻んだ偉大なる指揮官からのお墨付きをもらった高井は、その後めきめきと力を付けていく。課題であったポジショニングを修正していくなか、もともと備わっていた圧巻の前への推進力に磨きをかける。特にドリブルに関しては終盤になっても衰えることはなく、武藤嘉紀を彷彿させるような爆発力を感じさせてくれることもあった。
 
 進路決定までには、磐田に練習参加をしたほか、千葉への入団がまとまりかけるなど、様々な動向があったが、結果的に彼が選んだのは群馬だった。
 
 開幕スタメンの座も掴み、先にも述べたように2節にはゴールも記録した。ただ、「理想は1試合1得点」と高みを目指す。そしてもうひとつ、自身もクラブとともにJ1の舞台へ行きたいという思いがある。毎年下位をさまよい、しかも主力がごっそり抜けて再構築を強いられたチームで昇格を掴むのは簡単ではない。ただ、高井は自身の力でチームの価値を高めようと強い決意を抱いている。
 
「この選択が間違っていたとは思っていないし、結果で見ている人に見せて、“ザスパはもっとやれるよ”いうのを見せたいです」
 
“群馬の26番“の価値をさらに高めるため、恩師の期待を現実のものとするために。高井の挑戦は始まったばかりだ。
 
取材・文:竹中玲央奈(フリーライター)