うつ病を脱出した人たちのエピソードをまとめた田中圭一さんによるマンガ『うつヌケ〜うつトンネルを抜けた人たち』(KADOKAWA)が発売1ヶ月半で10万部(電子版含む)を突破し、話題になっています。

『うつヌケ』は、自らも10年間うつに苦しんだ田中さんの体験談と、「うつヌケ」した17人のエピソードをまとめたマンガ。“うつヌケ”経験者としてミュージシャンの大槻ケンヂさんや思想家の内田樹さんら著名人も続々と登場します。

つらかったら逃げてもいい

--田中先生も約10年間、うつで苦しまれていたそうですね。マンガの中で「激しい気温差」がうつを重くしていたと思い当たるシーンがありました。「うつは不安が主役ではなくて外部や環境に要因がある」というのは発見でした。

うつの要因がわからなくて「俺はもうダメだ」というマイナス思考を主役に考えちゃっているからうつってこじれるのかなと思いましたね。原因がわかったらその瞬間からうつじゃなくなった。要因がわかならいからうつであって、わかれば「心の変調じゃないの?」という発想の転換ができた。医者じゃないからその解釈が本当に当たっているかわからないけれど、そうだって決めちゃえば自分の心の中で決着がつくわけですよね。

--「仕事から逃げたこと」でうつヌケした人も登場しましたね。去年ヒットしたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』ではないですが、「逃げる」ことは決して悪いことではないんですね。

僕も10年間うつ病を患っていたので、もっと早い段階で転職すればよかったというのはありますね。逃げて解決するかはわからないけれど、状況を変えてなんとかなるなら責任やしがらみよりも身の安全を優先して逃げるという選択肢もあると思います。転職も離婚も一見、マイナスの決断に思えるけれど。自分のためになるのならやるべきじゃないかな。

『うつヌケ』P23より(KADOKAWA提供)

アラサー女性にかけられている“呪い”

--「ウートピ」の読者は30代女性が多いのですが、周囲から「結婚せよ」「出産せよ」「とにかく輝け」などプレッシャーをかけられて息苦しさを感じている人も多いのではないかなと思うんです。うつまでいかなくても「なんだかわからないけれど、自分が悪いのかな」って落ち込んじゃう。

30代の女性って結婚や出産など一番周囲から“呪い”をかけられている世代なのかもしれませんね。四方から壁が迫ってくる感じというか。うつになってもおかしくないですよね。

“呪い”といえば、恋愛もそうですよね。学校で習うものではないから人によって立ち位置も熟練度も頻度も違うはずなのに、ドラマとかマンガを見ていると常に恋愛していなきゃいけない感覚に陥る。

--そんな“呪い”から抜けていくにはどうすればいいんでしょうか?

「恋人がいないのは嘆かわしい」という変な価値観を押し付けるのはまさに呪いですよね。恋愛のウキウキ感で生きがいを感じる人もいれば、そうではない部分で生きがいを感じる人がいてもいいはずなのに。

まわりにラブラブで結婚したものの、夫婦仲が冷め切っちゃっても一緒にいる人が何組かいますけれど、我慢しながらずっと一緒に生きるのは果たしていいことなのか? と思います。家族を守るためのユニットを守るために役割を演じているわけですよね。それが嫌じゃない人もいるけれど、それにうんざりしている人もたくさんいる。何かの解決手段を見つけないといけないなって思いますね。

「50歳から先はボーナスポイントで生きている」

--あと、30代といえば仕事も乗ってくる時期であると同時に、20代ほど若くはないし、上の世代からも「今が一番楽しいよ」「これからどんどん体力が落ちていくよ」とも言われる。“老い”に対して漠然とした不安を持っている人は多いのかなと思います。

僕は50歳になってからものが見えてきたんです。例えば、「今起こっている問題は過去に起こったあれとあれとの複合型だから解決法はこっちだろうな」とか。ようやく過去の経験を引き出して比べて「これだな」という的確な指示ができたり判断ができたりするようになったんです。

不安に直面したとしても過去の経験と照合できれば安心できますよね。うつの話と似ていて、原因がわかれば怖くない。20、30代の読者の方に言うのならそのあたりですかね。今は大変かもしれないけれど、50代のほうが圧倒的に楽しいよ、と。

--30代が人生のピークというわけではないんですね。希望が見えてきました。
 
20、30代って心も体も迷うんですよね。僕は、人間って50歳くらいで死ぬようにプログラムされているような気がしていて……。50歳から先はボーナスポイントで生きているのかなってなんとなく思うんです。

確かに体は衰えてくるんだけれど、50年生きてきたことの積み重ねでやっていけていることもある。しんどい時期はあるけれど、それまでの蓄積が役に立つ。いろいろキャリアを積んだことが無駄なことないですね。

10年間、仕事でドブ板営業をやらされて毎日辞めたいって思っていたんですが、その経験が今のトークや大学で教えることに役立っていますし、単行本を出すときの書店さんとのパイプの重要性もわかるんです。きっと物書き一本でやっていたら店頭の販促物の重要性とかピンとこなかったんじゃないかな。50代ってそういうことだと思うんです。20、30代の嫌なこと、しんどいことが種まきで、今やっと芽が出てきていると思うんです。

後編に続く

(聞き手:編集部・堀池沙知子、撮影:石川真魚)