柴田保之・國學院大學人間開発部初等教育学科教授

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今、重度障害児の教育の専門家が、言葉も意志もないと考えられていた重度の障害を持つ子供たちから直接言葉を引き出すことに成功しています。従来の常識を根底から覆す説を唱える國學院大學の柴田保之先生は、人生の途中で病気や事故などで意識障害となった大人も同じで、彼らにも意識や言葉があって、そこから新しい会話が生まれるのだといいます。

■「重度障害者に言葉はない」常識のウソ

意外に思う人もいるでしょうが、どんなに重い障害を持った人でも、彼らの中には言葉が存在します。その障害が後天性のものでなく、先天性のものであってもです。このことは、今まで研究を積み重ねてきた私の中で決して揺らぐことのない確信になっています。ただ、私のような考えは医学や教育の世界ではまだまだ少数であることも事実です。

医学の世界では、今でも「重度障害者の世界に言葉はない」という考え方が“常識”です。実際、そう信じて見ていると、そのように見えるでしょう。しかし、もっと微細な、ミクロの世界を観察するように注意を払うと、たとえば指先のかすかな動きや体のわずかな動きから、彼らの中には広い広い世界が展開されていることがわかってきます。

とはいえ、私も初めから彼らの世界をきちんと理解していた訳ではありません。大学時代の恩師である中島昭美先生にいろいろと教えていただいことが、いい意味で大きく影響しています。中島先生は障害者教育の分野ではアウトローな方でしたが、ある時、「柴田君、子供というのは、もっと堂々とした存在だよ」とおっしゃりました。

他にも「彼らは人間として素晴らしい」とか「奥行きが深い」といったことを 常々おっしゃっていました。「重度障害者に意識なんてない、ましてや言葉の可能性は厳しい」という考え方が当たり前だった時代にです。中島先生に教えてもらえたのは本当に幸運でした。中島先生のおかげで、私は障害を持つ子供たちに対して、先入観を持つことなく接することができるようになったのだと思っています。

しかし、それでもなお私は、重度障害の子供たちから言葉を引き出すことまでは考えていませんでした。そんな自分の価値観を根底から覆された大きな出来事が2つあったのです。

■「かあさんがすきめいわくばかり」の真実

ひとつは2004年のこと。少しでも手が動くお子さんには、パソコンを使って50音を選択する方法で、言葉を綴ってもらっていたのですが、重度障害で体を動かすことがほとんどできない9歳の女の子にもパソコンに触れてもらいました。すると、しばらくしたら、「か」「あ」「さ」と打ち出したのです。私は「えっ?」と驚きました。しかし、「か・あ・さ」はすべてあ行です。偶然なのかもしれません。でも、次の文字で「ん」を選択したら、それはもう偶然ではありません。あ行は触れることはあっても「ん」は探して選択しないといけないからです。次の文字を選ぶまでの1分程の間、心の中で私は「これで『ん』を選んだらすごいことになる」と息をのんでいました。

果たして、次に選ばれた文字は「ん」でした。

この瞬間、私の頭の中では大音量でガラガラと何かが崩れてゆく音が響き渡りました。「どうやら自分の考えが間違っていたらしい……」。まさに自分の固定観念が崩壊していく瞬間でした。

それまでの常識が覆ったことは決定的でした。

彼女が打った文字は、
「かあさんがすきめいわくばかり」(母さんが好き 迷惑ばかり)
彼女は幼いなりに、自分の境遇を理解し、人生で初めての言葉を、最も身近で愛情を注いでくれている母親へ綴ったのでした。

以来、私は「障害の程度がどれほどであれ、すべての人に言葉がある」ことを強く信じて接するようになりました。そうすると、ますます多くの子供たちから言葉を引き出せるようになったのです。

もうひとつの出来事は、2008年12月のある日のことでした。いわゆる自閉症と診断される成人の方に聞いたことがあります。彼らはある程度言葉が使えるのに、手を出したり、紙を破ってしまったり、言っても通じないときがあるのです。「なぜそういう行動をとるのですか」と聞いたところ、即座に「体が勝手に動く」と返ってきました。「ああ、そうなのか」と、こちらもすんなり納得しました。

すでに、自閉症の東田直樹さんが自ら綴った書著『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』(エスコアール)も出版されており、彼らの無意識な行動の理由が裏付けられました。彼らはコントロールできる部分もあるが、できない部分もある。勝手に動く口や体のために、自分たちも苦しんでいたことがわかったのです。

■植物状態になった人にも言葉がある

大人になってから、脳卒中や事故やなどで遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)になって言葉を失う人たちもいます。いわゆる“植物状態”と言われる人たちです。今から10年ほど前、私は事故で植物状態になった30代の女性に会う機会がありました。意識もなく、言葉も出ないようにも見えましたが、その方にパソコンでのコミュニケーションを試みたところ、しっかりと言葉を綴られ、会話ができました。

その後、2013年の1月にお会いした20代と30代の男性に、筆談(ペンや鉛筆を持った本人の手に手を添えて、文字を書くのを支える方法。介添者は力の入らない手を添える程度に手を支える)を試み、その場で会話ができるということがありました。筆談や指談(介添者が指先を支えて指の腹で文字を書く方法)は、重度障害者にもよく使う手法です。

途中から障害を抱える中途障害の方は、元々文字を書いていた経験もあるし、手の筋肉もしっかりしているので、理解しやすい文字をしっかり書けるという特徴があります。その後も何人かの中途障害の方に筆談をする機会がありましたが、ほとんど全員 から言葉が出ます。

筆談や指談は、特殊能力のように思われますが、そんなことはありません。練習をすれば誰でもできるようになるものです。私が受け持っている学生も練習を重ねてできるようになっています。ただ、介添者が恣意的に力を添えないよう、注意深い練習が必要となることは確かですが。

「彼らにも意識があるのだ」ということを理解するのとしないのとでは、大きな違いがあります。事故や病気のため、人生の途中から「何もわからなくなります」と宣言され、家族は絶望の淵に突き落とされます。そうした患者さんから言葉を引き出すと、「意識があるのに『ない』と思わされて、肉親が嘆いている姿が最も辛かった」と皆さん一様に訴えてこられます。

生まれつきの重度障害を持つ子供さんたちの親御さんたちは、それこそ言葉があろうがなかろうが、子どもの存在自体を丸ごと受け入れています。わが子はかけがえのない子供で、その愛情と「(何もわかっていないと思われているが)この子はわかっている」という確信は揺るぎのないものなのです。

いま改めて昨年起こった津久井やまゆり園の事件について考えてみると、「あの人たちは可哀そうな存在」ではなかったのだということがわかります。意志もなく、ただ生きているだけの存在ではなかったのです。

彼らには一人ひとり、豊かな言葉の世界があって、人生についても深い思いを抱えて生きています。そのことを、ひとりでも多くの人に理解していただきたいと願っています。そして、障害を持つ人たちが孤立せず、社会の一員として認めてもらえる世界を私たちは作っていかなければなりません。

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柴田保之(しばた・やすゆき)
1958年大分県生まれ。東京大学教育学部教育心理学科を卒業後、同大学大学院を経て、1987年より國學院大學に勤務、現在に至る。専門は重度・重複障害児の教育の実践的研究。著書に『みんな言葉を持っていた』(オクムラ書店)、『沈黙を越えて』(萬書房)などがある。

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(國學院大學 人間開発部初等教育学科教授 柴田保之 田中響子=取材・構成)