バンド結成後、高校の学園祭で初ライブを披露/(c)風夏 瀬尾公治/講談社

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【連載】聖地巡礼さんぽ〜あの作品の街へ〜Vol.31

【写真を見る】主人公・優と、ヒロイン・風夏の恋の行方も見所の一つ/(c)風夏 瀬尾公治/講談社

漫画や映画、ドラマなど、人気作品の舞台となった街を散策し、“住みたい街”としての魅力を深堀していく本連載。ここからみんなの“住みたい街”が見つかるかも?

第31回は週刊少年マガジンで連載中の漫画「風夏(ふうか)」(瀬尾公治/講談社、1〜14巻※15巻は3/17発売)。バンドを結成した高校生5人の音楽活動や恋愛などを描いた青春漫画だ。17年1月からは、オリジナルストーリーも盛り込んだアニメを放送中(MBSほか)。

主人公の高校生・榛名優は、親の都合で秋月風夏のいる高校に転校。風夏の強引な誘いでバンドを結成することになり、同じ高校の三笠真琴、那智一矢、石見(いわみ)沙羅らと一緒に、音楽活動を始める。優と幼馴染で久しぶりに再会したアイドル・氷無(ひなし)小雪、風夏との三角関係なども織り交ぜながら物語は進んでいく。

著者の瀬尾公治さんが「僕自身が成増に10年間住んでいたこともあり、よく知っていて思い入れのある街だったので、ぜひ作品の舞台にしたいと思っていました」と語る成増は、「風夏」だけでなく、瀬尾公治作品の「涼風」や「君のいる町」でも度々登場する。

作品の序盤(1〜4巻)で登場した成増の商店街や神社などのスポットを巡りながら、街の魅力を紹介する。

■ 「なりますスキップ村商店街」&「田中屋本店」

東武東上線の成増駅を降りてすぐのところにあるのが、アーチが印象的な「なりますスキップ村商店街」。著者の瀬尾公治さんが「よく商店街のダイエーで買い物をしていました。あと、僕の前作『君のいる町』のアニメ化コラボの際には、やなせ庭さんにお世話になりました。関西風のお好み焼き、おいしいです!」と語る商店街は、スーパーのダイエーや便利なチェーン店と、個人経営の店がほどよいバランスで共存している。

商店街の中で161年の歴史を誇るのが和菓子屋「田中屋本店」。昔は宿場町「白子宿」が近かったことから、創業当時は農家をやりながら団子を売っていたという。現在の店舗の形になったのは5代目の時で、現在は7代目の田中宏信さんが店を構える。

「田中屋本店」では春は桜もちや柏餅などの季節の和菓子はもちろん、“街”にちなんだお菓子も販売。商店街の名前からとったパイ菓子「すきっぷ通り」170円のほか、「板橋お伝え最中」145円は、周辺の8店舗と共同で開発したという。

「最近は新しいマンションが増えており、若いファミリーをよく見かけます。子供の1歳の誕生日に贈る『誕生餅』というのがあり、ここ数年で注文が増えていることからもそれが伺えますね」(店主の田中宏信さん)。

また、生まれも育ちも成増の田中さんは商店街の理事も務めており、街のイベントにも携わっている。「正月は子供たちに餅を配り、夏は夜店を出したり、8月は阿波踊りなどを行っています」と笑顔で語る田中さん。この和菓子屋さんが街の歴史と共にあるのが、ちょっと分かったような気がした。

■ 「出世稲荷神社」

風夏たちが音楽を始めるきっかけになったのが「出世稲荷神社」。風夏は父親が日本代表の陸上選手だったことから、のちにバンドメンバーとなる陸上部の那智先輩からしつこく勧誘されていた。過去に陸上をやったことがあるものの、自分のやりたいことを見つけられず悩んでいた風夏。そんなある時、彼女は好きなバンドのライブチケットが当たるよう、出世稲荷神社でお祈りをする。その様子を見た優は「自分でやればいいじゃん、音楽」と声をかけたことで、風夏は音楽に目覚めていく。

作品でバンド結成の起点となった場所が「出世稲荷神社」。創建は明らかになっていないが1804年に記された資料にその名が残っている。昔、川越城主が江戸を往復する時に川越街道の道中にあるこの神社にお参りし、出世を祈願したことから名づけられたという。実際に政府の要職に就いた松平信綱や柳沢吉保がお参りしたという資料も残っている。

そしてご利益の効果は、著者・瀬尾公治さんが「まだ駆け出しだった頃に『漫画家として成功しますように』『出世しますように』とお願いをした神社です。その後、実際にマガジンで連載ができたので、ご利益アリだと思います! もちろん、お礼参りも行きました。ファンの方が聖地として訪れてくれているようでうれしいです」と語る通り。

また、「出世稲荷神社」は風夏だけでなく、前作の「涼風」「君のいる町」でも登場するなど、瀬尾公治ファンおなじみの場所でもある。

■ 「川越街道」

学園祭のライブが終わり、優と風夏が歩いたのが「川越街道」。優がバンドメンバーとの演奏が楽しかったことから、風夏に「これからもずっと…一緒にいたいなァって思う」と語ったのを、彼女は男女関係のことだと勘違い。二人はなんとなくいいムードになるが、優に思いを寄せる幼馴染の氷無小雪が現れ、自分の思いを優に告白する。

前出の出世稲荷神社の時代にあったことからも、昔から主要な道路だったことが分かる「川越街道」。太田道灌が川越と江戸を結ぶ道路を作ったのが始まりで、その後、松平信綱が整備を進め、昔は「川越道中」と呼ばれていた。

「川越街道を使って当時のアシスタント先に通っていました。まだ僕が20代の頃の話です」と著者の瀬尾公治さんが語る通りは、地元民にはおなじみの道路。この通り沿いに地下鉄成増駅、東武東上線の成増駅も通りから徒歩4分のところにあり、車なら都心へ行く時に利用する交通の要所でもある。

■ 「ニューヤマザキ デイリーストア 練馬旭町店」

川越街道での三角関係のもつれから、先に帰るものの家の前で思いにふけっていた風夏。その後、追いかけてきた優が自分の思いを彼女に伝え、二人の距離は一気に縮まる。そのやりとりの背景として描かれたのが「ニューヤマザキ デイリーストア 練馬旭町店」だ。

「初めての月刊連載の時に、ここで原稿をコピーしていたのですが、一度原稿を置き忘れてしまったことがありました。しかも、ちょっとエロいシーンの(笑)。原稿は無事だったのですがとても恥ずかしかったです」(著者・瀬尾公治)。

著者にとってもいろいろな思い入れのある「ニューヤマザキ デイリーストア 練馬旭町店」は、いわゆる一般的なコンビニ。約60年前は量り売りのせんべいなどを売るお菓子屋さんで、今の形態になったのは36年前。店長の岩崎さんの父親は、近くで肉やお惣菜を販売する精肉店を営んでいたが、区画整理で閉店することになったことから、今の店で肉やオリジナル惣菜の販売を始めたという。

著者の瀬尾公治さんが「ここのコロッケがおいしくて『涼風』にも登場させました!」と語る出世コロッケは、現在も販売中。岩崎店長のお父さんが手作りする揚げ物は、串カツ(1本110円)やハンバーグフライ(120円)などもあり、お得で種類も豊富だ。※不定期販売

「出世コロッケは、お菓子屋さんをやっていた母が出世稲荷神社にちなんで名付けました。私も七五三などでお世話になっている思い出の神社で、父は毎日参拝していますよ」(店長の岩崎さん)。

著者の瀬尾公治さんが「成増の街の雑多な感じがとても落ち着きますし、おいしいお店も多いので、すごく気に入っている街です」と語る成増は、商店街へ行けば何でもそろい、夜は多彩な飲食店が並び、池袋へは電車で15分と都心へのアクセスも抜群だ。

今回の取材を通して感じたのは“人と街とのつながり”。昔からある川越街道沿いには、和菓子屋の「田中屋本店」があり、その店主さんは街のイベントにも携わっている。出世稲荷神社から名をとった出世コロッケを販売する「ニューヤマザキ デイリーストア 練馬旭町店」の店長さんは、子供の頃に七五三を行い、父親は毎日参拝しているなど、日常の中で当たり前のように神社の存在がある。

そして「風夏」を読んで感じたのも“人とのつながり”。転校する前の優は、現実の世界の人間関係を疎ましく感じ、ネットの世界にいる時だけが唯一の幸せだった。しかし、転校してからは一変。成増の商店街で風夏と出会い、「ニューヤマザキ デイリーストア 練馬旭店」の近くで風夏に恋の告白。さらには、バンド仲間との絆、ベースの練習に夢中になる優を応援する家族の優しさに触れ、徐々に現実の世界で居場所を見つけていく。

そんな“つながり”に満ちた街・成増で、もう一つの“つながり”を発見。取材合間の休憩で、成増駅前にあるモスバーガー発祥の1号店に入ると、漫画のネームを猛烈な勢いで書いている人を見かけました。「風夏」の瀬尾公治さんに続き、この人の漫画もヒットしたら……、出世したい人は成増への引っ越しをオススメします。【東京ウォーカー/嶌村優】

第32弾は3月下旬配信予定